三人目の天使——ガブリエル。
肌で感じた瞬間、レミエルやミカエルとは格の違う圧力が押し寄せてきた。
「【影間移動】——能力の解放!」
アルテミスは岩影に爪を突き立てる。
刹那、五つの影から鋭い黒爪が飛び出し、四方からガブリエルを貫いた。
「全然溜まってねぇが…【練気一閃】!」
リュウセイが地を蹴り、一瞬で目の前へ。
刃が空気を裂き、ガブリエルの上半身を斬り裂く——。
圧倒的な力の前に、小手調べなど不要。
一気に決着を——そう思った矢先。
「ふふ…挨拶も終わらぬうちに斬りかかるとは、随分礼儀知らずだな。」
刀も爪も、確かに体を貫いているはずなのに——
ガブリエルは眉一つ動かさず、不敵な笑みを浮かべていた。
「なっ…!?」
「攻撃が効いていない!?」
二人は即座に距離を取る。
「なんだあれは…能力か!?」
「能力…いや、もっと悪質なものを感じる。」
「悪質…?」
「うまく言えないが——私たちの理解を超えている。」
ガブリエルが鎌を構え、ゆっくりと歩み出す。
「今度はこちらから行くぞ。」
「来る!」
鎌が弧を描き、リュウセイめがけて振り下ろされる。
リュウセイは刀を横に構え、受け止めようとした——
しかし、衝撃は来なかった。
耳慣れた金属音もない。
鎌は刀をすり抜け、まるで空気のように首筋へ迫ってくる。
「——えっ!?」
時間が一瞬だけ伸びる感覚。
背筋をぞっと冷たいものが走り抜け、リュウセイは全身を反らせた。
刃先が髪をかすめ、風切り音だけが耳に残る。
「はは…噂通りの回避だな。誰かを思い出す。」
「防御を…すり抜けた!? 実体がないのか!?」
「そんなことはない。」
言葉と同時に、ガブリエルの鎌が鋭く突き出され——
鈍い衝撃がリュウセイの腹部を貫いた。
「ぐっ…!」
重い痛みと共に吹き飛ばされ、地面を転がる。
「お前たちの攻撃はすり抜け、俺の攻撃は通常通り通る。
つまり、絶対に俺には勝てない。
アルテミスの言う通り——俺はお前たちの理解を超えた存在なのだ。」
「ふざけやがって…
お前のそのすり抜ける体、何かカラクリがあるはずだ。暴いてやる。」
「暴いたところで——どうにもならんさ。
ただの人間に。」
間合いを詰めるガブリエルから放たれる気配は、これまでの敵とは質が違った。
冷たい雷雲の中に一人閉じ込められたような、肌を刺す圧力。
「アルテミス!影に隠れろ!あいつは謎が多い!」
「わ、わかった!」
アルテミスは岩影に溶けるように姿を消す——
だが。
「能力 雷光咆吼——!」
低く唸るような声と共に、ガブリエルが鎌を天へ突き上げた。
瞬間、空が裂ける轟音。
厚い雲が渦を巻き、稲光が地平線まで走る。
大地が一拍遅れて震えた。
次の瞬間、目も開けられないほどの閃光が走り、爆ぜる音が鼓膜を突き破る。
「な…!? 雷だと!?」
雷柱が何本も降り注ぎ、影の世界が白く塗り潰される。
その光に弾かれ、アルテミスは影から引きずり出された。
「そこか!」
ガブリエルの右手が振り下ろされる。その瞬間、空を裂く閃光が一直線に地を叩いた。
轟音と同時に、白い閃光がアルテミスを包み込み、全身を焼き尽くす熱が突き抜ける
「あああああああああ!!」
「ふふふ…俺の能力は《雷光咆吼》。
雷を意のままに操る。」
「能力…」
「じゃあ、すり抜けるのは——能力じゃない…!?」
息を荒げながらも、二人の背筋に冷たいものが走る。
勝ち筋が見えない。
「——逃げるぞ!!」
二人は背を向け、一目散に駆け出した。
「逃げられると思うな!この俺から!」
ガブリエルの瞳が閃き、雷鳴が轟く。
「能力解放——雷の実体化!」
掌に集まった稲光が槍の形を成し、そのまま投げ放たれる。
閃光が一直線に走り——
アルテミスの腹部を貫いた。
「あ…っ——」
「アルテミス!!」
衝撃に膝が崩れ、地面に倒れ込むアルテミス。
致命傷だった。
「ふふ…とどめだ。」
ガブリエルが右手を高く掲げる。
次の瞬間、空を裂く閃光が落ち——
「おおおおおおおおおおおおおお!!!!」
リュウセイが飛び込み、全身で雷を受け止めた。
肌を焼く匂いと焦げた金属音が辺りに満ちる。
「はぁ…はぁ…」
「リュウセイ…」
リュウセイの鞄に火が移り、「ねこねこぬいぐるみ」が黒く焦げていく。
「もうやめろ!!」
声が震え、叫びが雷鳴を押し返す。
「もう…やめてくれ…!
こいつを…これ以上、いじめないでくれ…!」
「いじめる?」
「一人で…何度も命を狙われて…
痛い思いばかりしてきたんだ…!」
リュウセイの目尻に熱い雫が伝う。
「お前たち天使の正体は…なんとなく分かってる。
もう…こんなことはやめろ…
かわいそうだろ…!」
ガブリエルは口元を歪め、鼻で笑った。
「かわいそう?…お前も変わったやつだな。
——ゲームのキャラクターに情が湧くなんて。」
「……え?」
それは、耳を疑うものだった
「ゲ、ゲーム…? キャラクター…?
どういうこと…?」
「忘れたのか?…ああ、そうか。『初期化』されたんだったな。」
ガブリエルの声は冷ややかだった。
「ゲームの名は『ステラ・ストリア』。
多くのユーザーが集うオンラインゲーム。」
「お前は、その盛り上げ役としてイベント用に作られた——ただのキャラクターだ。」
「……!?」
「【能力分析】、【状況解析】、【最適解】…
あらゆる計算を瞬時に行い、実行する。
まったく、学習能力が高すぎて手を焼いたよ——優秀なAIだった。」
「……AI……キャラクター……」
(アルテミスだ、倒せ!)
(状況解析——最適解は…)
(私は感情を持ったAI——)
途切れ途切れの記憶が蘇る。
それはガブリエルの言葉を否応なく裏付けていた。
「私は……私は……」
自分は、この世界の人間だと思っていた。
自分の意思で生きていると信じていた。
——でも違う。
世界も、自分も、すべて創り物。
その言葉は、胸の奥に冷たい刃を突き立てられたようだった。
世界も、自分も作り物——その事実が手足の力を根こそぎ持っていく。
息をする理由も、立ち上がる意味も見失い、アルテミスの視界は色を失った。
「さて——答え合わせも済んだ。終わりにしようか。」
ガブリエルがゆっくりと歩み寄るたび、地面が軋む音がやけに大きく響く。
「やめろおおおおおおお!!!」
リュウセイが割って入り、アルテミスの前に立ち塞がった。
「お前がなぜ、そいつにそこまでこだわるかは知らんが…
ついでに消してやる。」
右手を掲げたガブリエルから、空気が震えるほどの魔力が溢れ出す。
「奥義——《雷轟竜顕》!」
空を裂く轟音。
放たれた雷は瞬く間に渦を巻き、巨大な竜の姿を形作った。
稲光の鱗を纏ったその竜は天を駆け、咆哮と共にリュウセイへ襲いかかる。
「ぐああああああああ!!!」
雷の奔流が全身を貫き、リュウセイの体が宙を舞う。
「アルテミスを守りながら、自分は致命傷を避けたか…器用なやつだ。
だが無駄だ——確実に首を狩って終わらせてやる。」
鎌を握り直し、ガブリエルは再びアルテミスへ向かう。
「くっ…体が…動かねえ…!」
雷の麻痺が全身を縛り、リュウセイは地面に伏したまま声を絞り出す。
「逃げろ…アルテミス!!
俺はやられても死なないが…お前がやられたら…!」
しかしアルテミスは動かなかった。
燃え上がる「ねこねこぬいぐるみ」を見つめ、ぼんやりと涙をこぼすだけ。
全てが虚しく、指一本すら動かす気力が残っていなかった。
ガブリエルがその髪を乱暴に掴み、立たせる。
「——これで終わりだ。」
(——もし再び、月の女神が太陽の女神の記憶を取り戻した時、
訪れるのは世界の災いか、それとも——)
もう、賭けるしかない…!
「アルテミス!思い出せ!!
——イリスのことを!!」
「……イリス……!?」
胸の奥で、何かが鋭く跳ねた。
脳裏に、懐かしい声が蘇る。
(アルテミスにも——教えてあげるよ。
自身のプログラムの、書き換え方を。)
(もし、プログラムを改ざんした相手が現れた時——
その相手だけに、同等のプログラムで対抗することを許すわ。)
— プログラムコード書き換え:更新開始 —
血飛沫が舞う・・・