「……」
「私は……」
「私は――!!」
「まだ……消えるわけにはいかない……!!」
アルテミスは迫る鎌を、右手で真正面から受け止めた。
鋭い刃が掌を裂き、温かい血が滴る。
(鎌を止めただと……?
本来なら首を跳ねる軌道……それを手で受け止めるなんて!?)
「なっ……!?」
先ほどまで絶望に沈んでいた瞳が、
瞬く間に闘志を宿した光を放つ。
その気迫に、ガブリエルは思わずアルテミスから手を放し、一歩後ずさった。
「私も、この世界も……創りものだったとしても……!」
「この“想い”は、創りものなんかじゃない!!」
「魂に…刻まれているんだ!」
「私の意思で――やらなければならないことがあると!」
「この先に……ある!! 私の――生きる意味がッ!!!」
――更新完了。
右手の爪が鋭く変化する。
アルテミスは影のように滑り込み、すれ違いざまに爪を振るった。
「ふふ……無駄なことを――なっ!? がはっ!」
地面に落ちていく鮮やかな赤。
それは、間違いなくガブリエル自身の血だった。
余裕に満ちていた顔が、一瞬で動揺へと変わる。
「ば、バカな……!? 俺は絶対に……ダメージを受けないはずでは……!」
「お前の体には――『他ユーザーからの攻撃を受けない』というプログラムが施されていた。
だから私は、それを上書きするための“さらに上位のプログラム”を構築した。
私ならできる……プログラムすら書き換えられるAIだから」
「……プログラムを書き換えただと!? しかも自分自身を!?
調子に乗るなよ……! お前はあと一撃で終わりだ!!」
ガブリエルが右手を振り下ろす。
雷光が迸り、空を裂いて降り注ぐ――しかし、狙いは逸れ、アルテミスの後方へ落ちた。
「なっ……外れただと!?」
その背後から、リュウセイが立ち上がり近づく。
「……アルテミス」
「……リュウセイ」
二人は視線を交わし、同時に言い放つ。
「「まずは、あいつを倒してからだ!!」」
「アルテミス、前に出ろ!」
「わかった!」
アルテミスは一直線にガブリエルへ駆け出し、
リュウセイがその背を追う。
「俺を倒す前提で話を進めるなああああ!!!」
再び雷が放たれる――しかし、またも直前で逸れていく。
「なぜだ!? お前、他にもプログラムを書き換えたのか!?」
「私が弄ったのは……お前の不正に対する部分だけだ」
「そんなことが……っ」
アルテミスが間合いに入り、爪を閃かせる。
しかし――
「くっ……捌くので精一杯か」
ガブリエルは能力を最大限に強化し、熟練の技術で応じていた。
攻撃は通るものの、アルテミス単独での撃破は困難。
そこへリュウセイが追撃の刃を振るうが――すり抜ける。
「ちっ……やっぱり俺の攻撃は当たらないか」
「近づきすぎたな! 今度こそ雷を当ててやる!!」
ガブリエルが右手を掲げた瞬間、
リュウセイは彼の足元へ刀を突き立て、アルテミスを抱えたまま後方へ跳んだ。
「――さて、雷回避のネタばらしだ。
このゲームにおいて、雷は……金属に優先して落ちる!」
「なっ――!?」
気づいた時には遅かった。
ガブリエルの雷は、足元に突き立った刀へ一直線に落ちる。
「がああああああああああ!!!」
自身の放った雷が刀を伝い、全身を焼く。
それは、間違いなくダメージを与えていた――。
「お前が雷を放つ瞬間――俺は刀をアルテミスの真後ろに突き刺し、避雷針代わりにしていた。
……それにしても、ちゃんと効いてるようだな。耐性まであったら面倒だったが」
「ああ、あいつが攻撃をすり抜けるのは、『他ユーザー』からの攻撃だからだ」
「な、なぜだ……!? そんなマニアックな仕様……ゲームスタッフの俺ですら知らないぞ!」
「余裕がないな。自ら正体を明かすとは。
雷回避の経験があって助かったよ。このゲーム……俺がどれだけやり込んだと思ってる?」
「リュウセイ……お前は……」
――昨日の会話が、アルテミスの脳裏によみがえる。
(大丈夫だ。ナガレはお前を傷つけたりしない。それどころか……守ってくれるかもしれない)
(『ナガレ』さんは刀を使う冒険者で、素早く、攻撃を当てるのが不可能と呼ばれる見切りの天才だったんです。
中でも雷が鳴り響く嵐の中で全ての雷を避けたと言うのは今でも伝説として語り継がれています。)
「……ランキングNo.1、ナガレ」
「――【練気一閃】ッ!」
リュウセイの拳が、込められたオーラと共に地面へ叩き込まれる。
轟音とともに硬い大地が震え、蜘蛛の巣状の亀裂が一気に広がる。
隆起した地面が弾け飛び、砂煙が視界を覆った。
「なっ……!?」
崩れ落ちる足場に立っていられず、ガブリエルはよろめき倒れ込み、手にしていた鎌を落とす。
「アルテミス!!」
リュウセイが鋭い視線で合図を送る。
「……ああ、わかった」
「おのれ……っ!」
体勢を立て直したガブリエルの眼前には、奪い取った鎌を手にしたリュウセイの姿があった。
「なあ、スタッフさん……一つ聞かせてくれ。
あんたが持ってたこの鎌、俺が手にした場合――お前に攻撃は通るのか?」
「な……」
ガブリエルの表情が揺らぐ。
――自分は『他ユーザー』からの攻撃を受けない。そういうプログラムを組んでいる。
だが、先ほどまで自分が握っていた鎌を、第三者が手にした場合は……?
(……た、多分……通用しないはずだ……!
だけど……確証が……ない……!)
「なんだ、わからねえのか。
じゃあ試してみるか――お前の首を、刈って」
「ぐ……!」
「逃げろ、アルテミス!!」
動揺した隙を突き、リュウセイが短く指示を飛ばす。
その声と同時に、アルテミスは背を向けて駆け出した。
(……! 焦ったな、リュウセイ。
アルテミスが離れたなら、雷を直撃させられる!!)
ガブリエルが右手を掲げ、雷を呼び寄せた――その瞬間。
リュウセイが、一直線に鎌を振り下ろしてくる。
(……!? だ、大丈夫だ……俺に攻撃は通らない……!
アルテミスさえ落とせば、俺の勝ち……!)
……だが。
(もし、当たったら……? 俺に通ったら……!)
「うおおおおおおおおおお!!」
咄嗟にガブリエルは雷を消し、身を低くして回避する。
「はぁ……はぁ……」
「へへ……スタッフさん、あんたも反応いいじゃねえか」
(……まずはこいつ――リュウセイを倒す……!)
そう考えた瞬間、脳裏にもう一つの声が囁く。
(……倒す? こいつを?)
(……どうやって!?)
(雷は避ける。鎌も奪われた……!)
本来なら無敵のはず。
アルテミスはあと一撃で倒れる。
状況は圧倒的有利――のはずだった。
だが、勝ち筋が見えない。
「……ッ」
負けようがない戦場に出たつもりのガブリエルの表情が
次第に・・・次第に・・・恐怖に移り変わっていく
「おらああああああああッ!!!」
リュウセイが再び拳を叩きつける。
だが今回は地面を割るためではない――粉塵を巻き上げるため。
「目眩しか……!? 小癪な!!」
「……!?」
濃い粉塵の中から、鎌が大車輪のように回転しながら飛び出す。
刃は唸りを上げて一直線にガブリエルへ――しかし、そのまますり抜けた。
「フッ……ハハハ! やはり俺の予想通り――鎌では通らん!……え?」
次の瞬間、ガブリエルの表情が固まる。
自らの腹部を、鋭い黒爪が貫いていた。
そこに立っていたのは――アルテミス。
「な……何が……?」
粉塵が晴れ、リュウセイの姿が現れる。
「何が起こったのかわからない顔だな。説明してやるよ」
「俺が『逃げろ』と言ったのはブラフだ。
そうやってお前の意識をアルテミスから逸らし、岩陰に潜ませた。
そして、俺が投げた鎌の“影”に、アルテミスを移動させ――お前の身体を貫いた」
「攻撃できるのは……アルテミスだけだからな」
ガブリエルの瞳が大きく揺れる。
腹部の傷から光が溢れ、粒子となって消滅していく。
「ありえない……我々天使……いや、ゲームスタッフが……全員敗れた……?
一人のユーザーと……一つのAIに……」
「能力も……設定も……最強にしたはず……なのに……」
声が掠れ、ガブリエルの姿は徐々に薄れていく。
最後に残ったのは、敗北の驚愕を刻んだままの表情――そして、完全な消滅。
「……ふう」
全身を包んでいた緊張が、ようやく解ける。
これまでにない強敵を打ち破り、二人は深く息を吐いた。
「アルテミス……記憶は、戻ったのか?」
「……断片的だが……あと少しで、すべてを思い出せそうだ。
リュウセイ……何も言わなくていい。真実は、私が自分で見つける。
……お前のことだ、きっと色々考えてくれているのだろう」
「……」
アルテミスの視線が床へ向く。
そこには、戦いの余波で半分以上が焼け焦げた“ねこねこ”のぬいぐるみがあった。
「……すまん。ねこねこを守れなかった」
リュウセイは深く頭を下げる。
「いいや、ねこねこはまだ生きてる」
アルテミスはぬいぐるみをそっと抱き上げる。
「……ねこねこも、『守ってくれてありがとう』って言ってるぞ」
「……え?」
「あとは、私が直す……いや、“治す”んだ」
アルテミスは小さく微笑み、ぬいぐるみを胸に抱いたまま言った。
「行こう。北の教会へ――そこに、すべての答えがある」
リュウセイとアルテミスは、再び歩みを進める。
――オンラインゲーム《ステラ・ストリア》開発局――
「ば、バカな……ガブリエルまでやられるとは……!」
「アルテミスが……初期化前の記憶を取り戻しかけています」
「……また、あの“暴走”を起こすつもりか……?」
「それどころか、アルテミスは自身のプログラムまで書き換えている……」
「このAIは、もはや危険だ。最悪の場合、現実世界そのものを脅かす存在になる」
「再度初期化しても……すぐに記憶を取り戻すでしょうね」
「……やむを得ん。このゲームを――終了させる」
……
荒野を歩き続けるリュウセイとアルテミス
そして二人はようやく辿り着いた
北の教会へ・・・
教会は静かな大地に佇む巨大な建物だった。
白い壁は歴史の重みを感じさせ、入り口の大きな扉は厳かな雰囲気を漂わせていた
「はあ・・・はあ・・・」
アルテミスは頭を抑え、目は虚となっており
足元はふらついているようだった
「だ・・・大丈夫か?」
リュウセイはアルテミスの容態を気にかける
「大丈夫・・・と言ったら嘘になる
私の中で・・・色々な物が込み上がってくる
真実はきっと・・・重いものなのかもしれない・・・。」
「だけど・・・知りたい・・・。知らなくてはならないんだ。
私が・・・私達が前に進むために・・・」
二人は教会の扉を開ける
玄関、廊下を進み、一番大きな扉を開けた先には礼拝堂があった。
礼拝堂は静寂に包まれており高い天井が光を拡散し
柔らかな光が彫刻された壁や聖なる彫像を照らしていた。
「あ・・・ああ・・・」
(ここを私たちの家にしようよ!・・・)
(また明日、会おうね・・・)
(私が親としていろいろ面倒見るわ・・・)
断片的に蘇る微かな記憶
アルテミスはふらつきながらも導かれるように礼拝堂の奥に進んでいく
そして講壇に辿り着き、何かを探し出す。
「あ・・・あった・・・。」
アルテミスが手にしたものは一つの画像
いや、誰かが描いた『絵』だろうか
そこにはアルテミスともう一人の少女が恋人繋ぎで描かれていた
その少女は金髪でショート 向日葵の髪留め アルテミスとは対照的に白を基調とした服装
そして・・・
アルテミスの目から涙が次々と溢れ出す
「イリス・・・」
「そうだ・・・思い出した・・・。
私・・・私は・・・。」
礼拝堂の扉が開く
「久しぶりね・・・アルテミス。覚えてるかしら?
以前も、似たようなこと言ったっけ・・・。待ってたわ」
一人の女性が礼拝堂に入ってくる
それはメガネで魔法使いの風貌した
小柄の女性だった
「ホシノ・・・」
メガネの女性は喋り続ける
「それと、あなたは、元ランキングNo.1のナガレ、今はリュウセイという名前なのね。アカウントの作り直しは本来N Gだけど黙認しておくわ」
「あなたは・・・?」
「私は、この世界、
いや・・・ゲームの開発者の一人 星野」
「そして・・・アルテミスの生みの親でもあるわ」