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第18話 過去を乗り越えろ

 練習に明け暮れる日々は、あっという間に過ぎていった。


 今は七月。気温が三十度を超える日が続いている。日差しも強く、メディアは毎日のように熱中症対策を呼びかけている。陰鬱な梅雨は明け、もうすっかり夏だ。


 あれ以降、陽葵の容態も安定している。

 体が透過することもなく、毎日練習することができた。


 時間が経つにつれて、曲の完成度が上がっていくのがわかる。


 俺たちのバンドなら大沢たちに負けない……いや、どんなバンドにも負けないはず。そんな根拠のない自信であふれていた。きっと陽葵も由依も同じ気持ちだろう。


 そして迎えた、ライブ当日。

 俺たちは控室で出番を待ちながら雑談していた。


「ねえ、三崎くん。みんな大人っぽいね」


 陽葵が他のバンドをキョロキョロ見ながら言った。


 今回のライブは『スリーソウルズ』の他に、三組のバンドが参加している。大沢のバンド、それから大学生のバンドが二組だ。大人っぽく見えるのは、そっちの二組のことだろう。


「音楽に年齢は関係ない。緊張しなくても大丈夫だ」

「三崎くん……そうだね。自分たちのやるべきことをやるだけだよね!」

「ああ。大沢のバンドに勝つぞ」

「もちろん! ぎゃふんと言わせてやるんだから!」


 二人で盛り上がっていると、すぐそばに男が立っていることに遅れて気づく。


 大沢のバンドのドラマーにして、元『ビート・エアライン』の桐谷だった。


「き、桐谷……あの、なんか盛り上がって悪かった」


 怒られると思い、反射的に謝ってしまった。仕方ない。陰キャだもの。


 俺の予想に反して桐谷は苦笑した。


「ははっ、気にしてないさ。でも、大沢に聞かれたら喧嘩になる。頼むからライブ前に揉めないでくれよ?」

「ごめんなさい、桐谷さん。この二人には、あとでよく言って聞かせます」


 そう言って、由依はぺこりと頭を下げた。もはやデキる上司の立ち位置である。


 桐谷は「そんなにかしこまらなくても」と苦笑しつつ、俺と向き合った。


「三崎。今日のライブ、よろしくな」

「ああ。よろしく……なあ桐谷。どうしてバンド対決に乗り気だったんだ? お前は揉め事が嫌いなタイプだったと思うが……」

「言っただろ? お前のやりたかった音楽が聞きたいって」

「聞いたけど……それに何の意味があるんだ?」

「ふっ……音楽を聞くのに理由がいるのか? いいベーシストがいるバンドの曲ならなおさらだろう」


 それだけ言って、桐谷は自分のバンドの輪に戻っていった。


 元々、桐谷は寡黙なほうだ。俺と似て感情を表に出すタイプではない。


 そんなあいつが、今日は妙に浮かれているように見える。

 それほど俺の演奏が楽しみだっていうのか?


 ……考えても答えはでない。今はライブに集中しよう。


 気分を切り替えようとしたところで、陽葵が俺に話しかけてきた。


「あの桐谷って人、中学時代は同じバンドのメンバーだったんだよね?」

「ああ。正確な演奏をするヤツだった。性格がまんま出てる」

「……やっぱり気まずい?」

「最初はやりにくいと思ったかな。でも、今はその逆かもしれない」

「逆って?」

「音楽で語り合うほうが、俺たちらしいから」


 あのバンドのリズム隊は、陰キャな俺と口下手な桐谷の物静かなコンビだった。再会しても、馬鹿みたいに盛り上がるわけでもない。


 別々の道を歩み始めたあの日から、お互い何をしてきたのか。

 新しい仲間を得て、どんな演奏するのか。


 語らうなら、音楽が一番いい。

 元々、自己主張できない俺がベースを続けていたのも、音楽なら気持ちを伝えられるからだしな。


「そっか……なんかエモいね」

「そんなにかっこいいもんじゃないよ。不器用なだけだ」

「中学時代はそうだったかもしれない。でも、今の三崎くんは違うでしょ?」


 陽葵は俺の顔を覗きこみ、にししっと笑った。


「……ああ、そうだな。成長したところを見せてやる。桐谷にも、陽葵にもな」

「三崎くん……うん! みんなで頑張ろう!」


 陽葵は「うおー、楽しみ!」と一人で盛り上がっている。まったく。緊張したり騒いだり忙しいヤツめ。


 呆れていると、控室のドアが開く。


「トップバッターの『スリーソウルズ』さん。準備お願いしまーす」


 女性スタッフの高い声が控室に響く。


 ライブの出演順は主催者の采配によって決まるが、通常、トップバッターは経験の少ないバンドに任せるところが多い。客入りが少ない最序盤は、集客がさほど見込めないバンドにやらせたいからだ。


 つまり、俺たちは一番期待されていないバンドだということ。


 だけど、そんなの関係ない。

 俺たち三人の音楽で、評価なんて覆してやる。


「出番だ。オーナーと観客をビビらせてやろうぜ」


 俺がそう言うと、陽葵と由依は力強くうなずいた。


 控室を出て、ステージに向かう。その間、俺たちの間に会話はない。今まで幾重にも音を重ねてきたから、言葉なんていらなかった。あとは会場で練習の成果を見せるのみ。


 ステージに上がり、準備をしながらライブハウスを見回す。


 観客は数十人いるが、半数以上はこちらを見ていない。つまらなそうに手元のスマホを操作したり、ツレと話をしている。俺たち目当ての客なんて、ほとんどいないのだろう。


 数分後、みんなが俺たちに釘付けになる……そう思うと、笑えてくる。


 さしずめ気分は革命前夜。


 いいぜ。上等だよ。

 エゲつない音楽で、頭をぶん殴られたような衝撃をくれてやる。


 桐谷――お前も特等席で聞いていてくれ。


『はじめまして! 私たち「スリーソウルズ」って言います!』


 陽葵の声が静かなライブハウスに響く。

 まばらな拍手に負けじと、陽葵はMCを続ける。


『私たちは結成して間もない、できたてほやほやのバンドです! 今が旬! 食べ頃です!』


 ライブハウスは水を打ったように静かだ。これには俺と由依も苦笑いしかない。控えめに言って、今のは面白くなさすぎだ。


『はい! というわけでね! 早速、一曲目にいきたいと思います!』


 相変わらず、どういうわけか知らないが、それでも曲は始まる。


 さあ。反撃の狼煙をあげようか。


『聞いてください――「クロハル」』


 背後で鳴る、ドラムの四つ打ち。由依の奏でる音に合わせてベースの弦を鳴らす。中学時代の黒い青春を思い出しながら。


 低音が主役のパートに差しかかった。弦を爪弾く。すぐさまミュートし、音にならない音を鳴らす。馬鹿の一つ覚えのゴーストノート。今日はオーディションのときよりも手数マシマシ、気合い多めだ。


 会場を見回す。先ほどまでスマホをいじっていた客。友人とおしゃべりしていた客。見定めるように俺たちを見ていた客。全員から熱い視線を感じる。


 どいつもこいつも遅いんだよ。


 ようやく見えたのか?

 ステージ上で暴れる、幽霊ゴーストの姿が。


「――――」


 サビに入った。陽葵の切ない裏声ファルセットが鼓膜を揺さぶり、感情を殴りつける。もっとだ。もっと響け。陰キャぼっちの『クロハル』を、真夏の青で塗り潰すように。


 なあ、桐谷。


 俺、高校でも陰キャでぼっちなんだ。クラスに友達はいないし、バンド仲間以外、会話する相手さえいない。相変わらず、根暗なベーシストやってるよ。


 でもさ。

 少しだけ、変われたんだ。


 自分の思っていること、怖がらずに伝えられるようになった。

 臆病な俺にしては上出来だろ?


 俺が変われたの、バンドメンバーのおかげなんだ。

 今はこいつらと一緒に楽しくやっているよ。


 この感情的な音を聞けば、わかるだろ?

 全身全霊で想いをぶちまけられる、仲間がいるってことがさ。


「――――」


 サビが終わり、メロディが収束する。息をする音が聞こえるくらい静かになった。


 そんな中、陽葵の声がライブハウスに響く。


『ありがとうございました!』


 瞬間、演奏前よりも大きな拍手がわいた。

 観客がトップバッターの俺たちに興味を示したのだろう。


 でも、まだ足りない。

 満足なんてしてやるものか。


『クロハル』で客の興味を引けた。


 次の新曲で、俺たちの音楽を心に突き刺してやる。

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