『私のMCの評判があまりよくないようなので、ちゃっちゃと次の曲に行きたいと思いまーす!』
陽葵が自虐ボケを挟むと、客のくすくすという笑い声が聞こえてきた。
演奏前は無反応だったのに……客もノッてきている証拠だろう。
陽葵が俺と由依に目で合図を送ってきた。
とっくに準備はできている。俺たちは力強く頷いた。
いよいよだ――陽葵を想って作った応援歌。
『この日のために作った新曲です。聞いてください――「
チッ、チッ、チッ、チッ。
演奏開始の四分打ちカウントが鳴った。
一気に腕を振り下ろし、汗ばんだ指を弦に叩きつける。会心の一撃だった。剛速球をキャッチャーミットで完璧に受け止めたような、抜群の手応えに震える。
いきなり走るギターに言い聞かせるように、俺と由依は正確なリズムを主張した。落ち着け、陽葵。まだ曲は始まったばかりなんだから。
軽快なサウンドとは裏腹に、言の葉は暗く重たい。
陽葵は言った。死にたくないって。前を向いて明るく振舞うのも、笑顔も、すべては弱い自分を奮い立たせる魔法だって。
俺は陽葵のことを強い人だと思っていたけど、それは大きな間違いだった。
君は俺と同じで、臆病で弱虫な幽霊……泣きながら、そう語ってくれたんだ。
だけどさ……君が俺に教えてくれたこと、自分で忘れるなって。
言いたいこと言えよ。人生は一度きりなんだから。死にたくないって……なんで私ばかりこんなに辛いのって、声にしていいんだ。それで涙があふれてもいいじゃないか。全部、俺たちが受け止めるからさ。
サビ前のパート。ここにも幽霊の音符がある。音にならない音。届かない音。まるで、遊園地のゴンドラで気の利いた言葉をかけられなかった俺みたいだ。
『――――』
そして、サビに入った。
力強い
体が熱い。制御不能だ。音も鼓動も鳴り止まない。
醜い本音が指先からあふれ出し、弦を通して声になる。
綺麗なものが憎いんだ。流行りのラブソングなんて滅んでしまえ。『亡くなった恋人に捧げる歌』なんて、美化された歌は聞きたくもない。人の命で儲けようとする曲に価値なんてないよ。陽葵もそう思うだろ?
必死に命に食らいつき、最後まで病気と闘う……俺は、そんな泥臭い人を支える曲が好きだ。
なあ、陽葵。ライブするって夢は叶ったぞ。次は何をやろうか。限りある青春よ、汚れた夜に咲け。心配しなくていい。このまま君の人生を悲しみで終わらせたりしないから。青春したいって夢は、人生を幸せで終わらせるためにあるんだろ?
大丈夫だ。俺がそばにいて支えるよ。
頼りないかもしれないけど、応援させてくれ。
この幽霊音符とともに、エールよ届け。
他の誰でもない、必死に生きる君へ。
弦を押さえると、音の嵐が止んだ。
演奏が終わった。
目の前には、目を大きく見開いた観客たちがいる。
誰かが拍手した。それにつられて、また誰かが拍手する。よく見ると、泣いている人もいた。俺たちの音楽が届いた気がして、俺も無性に泣きたくなる。
陽葵が大声で何か言っているが、頭の中に入ってこない。「ありがとう!」とか、たぶんそんな感じの定型句だろう。
その後、どうやって控室に戻ったのか。他のバンドがどんな演奏をしていたのか。仲間とどんな言葉を交わし、喜びを分かち合ったのか。うわの空で、よく覚えていない。
俺の歌詞、陽葵に届いたかな。
……全力を出し切ったんだ。尋ねるまでもないか。
胸を満たす充足感が、問いの答えでいい。そう思った。