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第20話 最後みたいな、気がしちゃうんだ

 ライブ後の控え室。

 俺は椅子に座り、陽葵と大沢のやり取りをぼんやりと眺めていた。


「おい。テメェら」

「あっ、大沢くん! 私たちの演奏、ちゃんと聞いてくれた?」

「ボーカルのお前……空町陽葵だっけ?」

「そ、そうだけど……なに? また文句言うつもり?」

「……この前は馬鹿にして悪かったな」

「えっ?」


 陽葵は目を丸くしている。

 気持ちはわかるよ。正直、あの大沢が謝るなんて俺も思わなかったから。


 大沢は陽葵から離れ、俺のほうへ大股でやってきた。

 しかも、何故か睨んでいる。いや目が怖いんですけど!?


「おいコラ三崎ぃ!」

「な、なんでございましょうか……?」

「今日のところは引き分けだ! 次はボコボコにしてやるから覚悟しておけ!」


 大沢はそれだけ言い残して、控室から出ていってしまった。


 引き分けでいいのか……?


 すまない、大沢。

 俺はお前らのバンドの演奏、よく聞いてなかったからわからんのよ……。


 戸惑っていると、


「三崎。お疲れ」


 桐谷がニヤニヤしながら声をかけてきた。


「おう。お疲れ様、桐谷」

「大沢のヤツ、悔しがってたぜ? 三崎があんなに上手いわけねぇだろうがーって」

「なんで怒られてるんだ、俺は……」

「ははっ。お前のこと、認めてるだけだよ。だからこそ、悔しいんだろ」

「……よくわからないけど、ツンデレってことでいい?」


 大沢の考えていることなんて理解できっこない。だってあいつ、ゴリラだし。まあ音楽で殴り合った結果、わかり合えたってことにしておこう。


「三崎。俺たちのバンドはどうだった……てかお前、ぼーっとしていて聞いてなかっただろ?」

「うぐっ」


 どうやら桐谷にはお見通しだったらしい。

 対決を楽しみにしていただろうに、悪いことしちゃったな……。


「申し訳ない。俺、完全燃焼しちゃったみたいで……」

「ははっ。三崎らしいな。ま、俺としてはお前の音楽が聞けて満足したよ」


 そう言って、桐谷は笑った。どうやら怒っていないらしい。大沢だったら、こうはいかないだろう。


「……三崎。お前、変わったな」

「え? そうか?」

「ああ。昔は自分の考えを表に出すタイプじゃなかったから」

「それは……そうかもな」

「でも『ビート・エアライン』が解散したあの日、お前は自分の意見を主張して、絶対に曲げなかった。それがずっと気になっていたんだ。そこまでして、三崎の本気でやりたかった音楽ってヤツを」

「桐谷……」

「同時に心配もしていてさ。あの一件以来、三崎は音楽を続けているのか。続けていたとしても、昔以上にクールな音が出せているのかってな」


 そこまで気にかけてくれていたのか……俺は昔も今も友達ができないかわりに、バンドメンバーには恵まれているんだな。


「そういうこともあって、今日は熱い演奏が聞けて嬉しかったよ。中学のお前とは別人みたいで、すごくエモかった」

「……そっか。だったら、俺も嬉しいよ」


 もし桐谷が「三崎は変わった」と思うなら、それはきっと陽葵のおかげだ。


 ちらりと陽葵を見る。


 瞬間、血の気が引く。

 陽葵が胸を押さえて、苦しそうにしているのだ。


「陽葵!? おい、大丈夫か……?」


 俺は目を疑った。

 陽葵の顔が透けていて、奥にいる由依の驚いた顔が見えたから。


 ライブという大仕事を終えた今、消えてしまうんじゃないか。

 まるで浮遊霊が現世の「やり残したこと」を解消し、あの世へ還るみたいに。


 そんな漠然とした不安に押し潰されそうになり、俺は声を失った。


 やや間があって、陽葵は倒れた。


「陽葵!」


 叫びながら、陽葵のもとへ駆ける。


 いつのまにか顔の透過現象を治まっていた。


 しかし、完全に回復したわけではない。陽葵の額には脂汗が浮かんでいる。とても辛そうで見ていられない。


 そうだ……手足は? 透けてないよな!?


 陽葵の頭のてっぺんから爪先まで視線を走らせる。


「えっ――」


 両肘から指先まで透過していた。


 いや。手だけじゃない。


 そんな、足まで透けて……!


「誰か救急車を! お願い、早くッ!」


 由依の泣き叫ぶ声が聞こえる。他のバンドが慌てふためく中、桐谷がスマホで電話をかけてくれた。


 俺はそっと陽葵の頬に手を添えた。


「陽葵……こんなところで消えたら嫌だよ!」


 君の夢をこんなところで終わらせたくない。まだキラキラした青春を送っている途中だろ。これからも支えさせてくれよ。そのための応援歌だったんだぞ。


 陽葵はわずかに口角を持ち上げて笑った。


「大丈夫。消えてなんかやらないんだから……せめて、もう一回ライブをするまでは」

「馬鹿! 次が最後みたいな言い方するな!」

「ごめん。でも、なんかさ。わかんないんだけどね」



 ――最後みたいな、気がしちゃうんだ。



 陽葵の寂しそうな声が、鼓膜より深いところで重たく響く。


 そんな弱気な言葉、聞きたくなかった。

 信じたくなくて、俺は首を左右に振った。


「もういいから! 安静にしていろ!」

「三崎くん。またライブしよ? 私、もっと演奏したい」

「わかった、俺がその夢を叶える! だから今はしゃべるな!」

「えへへ。ありがとう、三崎くん」


 陽葵の手が俺の頬に伸びてくる。


 しかし、透明な手は俺の顔をすり抜けてしまう。

 触れていないはずなのに、不思議と陽葵の温もりを感じた気がした。


 陽葵は言った。もう一回ライブをするまでは消えてなんかやらないと。

 頑張れ、陽葵。俺が支えるから、幽霊病なんかに負けるな。


 そう思う一方で、臆病な俺は考えてしまう。

 あと一回ライブをしたら、もう一生会えないのかもって。


 俺は「大丈夫だから」と何度も繰り返し、救急隊員が到着するまで陽葵のそばにいることしかできなかった。


 さよならのときは、すぐそこまできている。


 残酷な未来がちらついて、心臓がうるさく鳴るのだった。

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