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第22話 さよならの瞬間まで

 翌日。俺は由依とファミレスに集合した。


 昨日、陽葵と交わした約束を報告するためである。


「えっ……ライブやるの?」


 説明すると、由依は目を丸くした。

 彼女の目元が腫れぼったく見えるのは、泣き過ぎたせいかもしれない。


「ああ。陽葵が最後にやりたいって」

「私は反対。そんな縁起でもないこと、やりたくないわ」

「由依……」

「それに三崎くんもそばで見てきたでしょう? ライブをするたびに陽葵の命が削られていくのを」

「……俺も陽葵も、辛いのは承知の上だ」


 俺だってわかっている。ライブ後、陽葵が決まって体調を崩していたことくらい。


 心臓に負担がかかり、ゴーストリノ原子が透過して、人間を構成する原子が結合崩壊を起こす……その症状はどんどん悪化している。


 俺も完全に覚悟が決まったと胸を張って言えるわけじゃないんだ。

 陽葵には消えてほしくない。当たり前だ。


 でも、陽葵は音楽をやることが夢だという。

 長い時間、死と向き合って出した結論なのだろう。


 好きな人が望む、最後の願い……叶えてあげたいって思うこの気持ちは本物だ。


 陽葵の最期を看取るとき、「つまんない人生だったな」なんて言ってほしくないから。


「頼む。由依はずっと陽葵を応援してくれていたじゃないか」

「それは……でも、陽葵の容態は確実に悪化しているわ。今までとは状況が全然違う」

「だからこそ、なんだ」


 残された時間はわずかなら、なおさら『キラキラした青春』を送ってほしい。


 それが、あの子の『ソウル』だったはずだろ。


 俺は席を立ち、頭を下げた。


「お願いだ、由依」

「ちょ、三崎くん!?」

「陽葵のおかげで俺は変われた。たくさんの希望をもらったんだ。でも、俺はまだ何も返せていない……最後の瞬間まであいつに寄り添うことが、俺にできる恩返しなんだよ」

「三崎くん……」

「俺のことを恨んでもいい。だけど、最後に一回だけ、俺と陽葵のワガママに付き合ってくれ」


 由依は返事をしなかった。俺は無言で彼女の反応を待つ。


 しばらくして、由依のため息が漏れる。


「はぁ……顔をあげなさい。あと恥ずかしいから座って」

「ああ……わかった」


 言われたとおり、顔をあげて席に座り直す。


 由依は真剣な顔で俺を見た。


「それ、陽葵のお願いなのよね?」

「ああ。お願いというか、陽葵との約束だ」

「……私の知らない間に、そんな関係になっていたのね」


 そう言って、由依は笑った。


「わかった。ライブしましょう」

「本当か!? ありがとう、由依!」

「まったく困った子ね。今思えば、陽葵にはずっと振り回されてきたわ」

「えっと……陽葵は昔からああなのか?」

「ええ。自分のやりたいこと優先で、いつも私を巻き込むトラブルメーカーよ」


 由依はふっと微笑み、昔話を始めた。


「実はね。私、最初は陽葵と仲良くなかったの」

「えっ? そうなのか?」


 意外だな。幼い頃から陽葵のよき理解者だと思っていた。


「小さい頃、私も病弱で学校に行けなかったって話、したかしら?」

「ああ。たしか初めて会ったときに聞いた気がする」

「私も難病を抱えていてね。手術しないと助からない、心臓の病気だったんだけど……怖くて手術を拒否していたの。万が一、手術が失敗したら、死んじゃうって聞いていたから……あっ。もちろん手術は成功したから、今は人並みに健康よ?」

「そうだったのか……それで似たような境遇の陽葵と仲良くなれたんだな?」

「ええ。でも、当時は陽葵のこと、好きじゃなかった。同じ病院に入院していたんだけどね。あの子、病気のくせに元気でうるさくて……私と同じ病人なのに、全然辛そうにしていないのが羨ましかったのよ。今思えば、ポジティブに生きられる陽葵に嫉妬していたのね」

「……昔から変わらないな、あいつは」


 どれだけ不幸でも、明るく前を向いている。それが陽葵だ。本当は俺たちと同じ弱虫なのに。


「あるとき、陽葵に言ったの。『陽葵ちゃんと遊びたくないから、もう声かけないで』って」

「それは……ものすごい拒絶だな」

「そしたら、あの子なんて言ったと思う? 『嫌だ! だって、由依ちゃんとお友達になるって決めたんだもん! 病弱だから学校に通えない、ぼっち友達!』って」

「ははっ。滅茶苦茶だな……でも、陽葵らしいかも」


 呆れてそう言うと、由依は笑ってうなずいた。


「そのとき、思ったの。私より重たい病気にかかっているのに、どうしてこの子は明るく前向きに生きられるのかなって……この子のそばにいれば、私もポジティブになれるのかなって」

「じゃあ、手術を受けられたのは……」

「ええ。陽葵が元気と勇気をくれたからよ」


 由依は微笑んだまま、俺の目を真っ直ぐ見た。


「だから、今度は私の番。陽葵の命は救えなくても、挫けそうな心は支えられる。あの子が最後に『一生懸命生きた!』って胸を張って言えるように、手を貸してあげたい」

「由依……ライブ、頑張ろうな。陽葵が笑って消えていけるように」


 手を差し出し、固い握手を交わした。


 考えないといけないことは、たくさんある。


 ライブハウスをどうするか。陽葵を連れ出すのに病院の許可はいるのか。陽葵のご両親に報告すべきか。これからメンバーで話し合い、一つ一つ決めていかなければならない。


 でも、一番大事なのは、どんな新曲を陽葵と演奏するかだ。


 陽葵と約束したんだ……俺らしい曲を用意するって。


 もう迷わない。

 さよならの瞬間まで、キラキラした青春を送ってやる。


 それが、大好きな人の願いだから。


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