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第23話 これが、恋なんだ

 その日の夜。俺は自室で歌詞を考えていた。


 テーマは決まっていない。

 しいて言うなら『陽葵に捧げる最後の楽曲』だ。


 陽葵に贈る言葉が次々と浮かび、それらをノートに書き留める。

 たくさんの「ありがとう」が溢れて止まらない。


 陽葵への感謝……それは俺の嘘偽りない気持ちだ。


 だが、本当にそれでいいのだろうか。


 あいつが最後に聞きたいのは、俺からの「ありがとう」だけじゃないはずだ。他にもまだあると思う。


 一瞬、告白の言葉が脳裏をよぎる。


「……言えるわけないっての」


 陽葵は言っていた。自分が消えるとわかっていながら、恋人なんて作れないって。


 そもそも、あっちが俺のことをどう想っているのかもわからないのだ。最後の最後で困惑させるような言葉を投げかけるべきではない。


 行き詰まり、ペンを机の上に置く。

 こんなとき、どうすれば歌詞が思いつくのだろう。


 ふとオーディションで歌詞作りをしていたときのことを思い出す。

 あのとき、俺は陽葵からアドバイスをもらい、納得のいく歌詞ができたっけ。


 だが、陽葵に聞かせたい曲なのに、本人から助言をもらうわけにもいかない。


 ……由依に相談してみようか。


 彼女は陽葵と付き合いが長い。陽葵に捧げる曲を作るなら、よきアドバイスをくれるはず。


 俺はスマホを手に取り、由依に電話をかけた。


『もしもし。三崎くん?』

「ごめん、由依。こんな時間に電話して。今ちょっと話したいんだけど平気?」

『ええ。もしかして、歌詞の相談?』

「えっ? な、なんでわかった?」

『ふふっ。帰り際の三崎くん、すごくやる気に満ちていたから。帰ったら歌詞を考えるんだろうなって思っていたわ』

「バレバレだったか……」


 仕方ないだろう。俺はもう陽葵のことで頭がいっぱいなんだ。


『それで? 私は作詞の経験ないんだけど……協力できそうかしら?』

「ああ。実は、書きたいことが多すぎて困っているんだ。そこで由依の意見を聞きたい」

『そう……どんな歌詞を書くつもりなの?』

「最初は陽葵に贈る感謝の気持ちを伝えようと思ったんだ。自己主張もできない俺に変わるきっかけをくれてありがとうとか。俺のベースを好きって言ってくれてありがとうとか」

『素敵じゃない。いいと思うけど?』

「でも、それだけじゃ足りないんだ。俺は……陽葵にたくさんのものを貰いすぎた」


 君がいなくなるのが悲しい。

 大切な人を失うことが怖い。

 もっとたくさんの思い出を作りたかった。

 もっと、笑顔が見たかった。


 言いたいことはたくさんある。感謝だけでは語り尽くせない。


「俺はどんな想いを曲に込めればいいんだろう……」

『そんなの、もう答えは出ているじゃない』


 スマホ越しに由依の呆れたような声が聞こえた。


「答えが出ている……?」

『三崎くんは陽葵にたくさんのものを貰ったって言ったわよね? 何を貰ったの?』

「前を向く強さとか、失うことの怖さとか、仲間がいることの温かさとか、安心できる居場所とか……おい。なんか恥ずかしいんだが?」

『ふふっ。いい感じね。もう答えはすぐそこよ。それらを陽葵から教わったとき、どう思ったの?』

「感謝だったり、悲しみだったり、幸せだったり……」

『そのすべてが、三崎くんの伝えたいことなんじゃないのかしら?』

「えっ? ぜ、全部?」


 その発想はなかった。


 だが、そんなの一曲に収まるのか?

 テーマがぼやけたりするんじゃないか?


 俺の心を見透かしたかのように、由依は言った。


『これが最後かもしれない。伝えなきゃ、きっと後悔するわ』


 その言葉は、心の中にある靄を払う光のようだった。


 由依の言うとおりだ……どうして伝える気持ちを一つにする必要がある?


 大切な人に伝えたいこと。そんなのたくさんあって当然だ。


 後悔なんてしたくない。

 俺の想いをすべてぶつけよう。


「由依。ありがとう。なんとか書けそうだよ」

『お役に立てたならよかったわ……ねえ、三崎くん』

「なんだ?」

『あのね……陽葵を支えてくれて、ありがとう』


 声が震えていた。

 涙ぐんでいるような、そんな声音だ。


『あなたがいたから、陽葵は強くなれたと思う』

「ううん、それは逆だよ」

『いいえ。逆じゃないわ。あなたが陽葵からもらったように、陽葵もあなたから夢をもらったの。あなたのおかげだわ』


 俺のおかげ……?


 ふと保健室での陽葵とのやり取りを思い出す。


 あのとき、陽葵自身も自分が変われたのは俺のおかげって言っていたな……どういう意味だ?


「なんかよくわからないけど……じゃあ、お互い様だな。礼を言い合うようなことじゃないさ」

『……ふふっ。そうかもしれないわね』


 そう言って、由依は笑った。


 その後、バンドの思い出話を少しして通話を終えた。


「さて……やるか!」


 ノートに向き合い、ペンを走らせる。

 陽葵のことを想いながら、感情の赴くままにフレーズを書き留めていく。


 楽しいとき。悲しいとき。泣いたとき。音を鳴らしたとき。夕焼け空の下、放課後の帰り道を歩いているとき。人を好きになる気持ちを知ったとき。どのシーンを切り取っても、俺のそばには君がいた。


 だから、こんなに胸が熱くなるし、痛いんだ。


 涙が頬をすべり落ち、ノートに染みができる。

 そこにはちょうど歌詞が書いてあり、滲んで読みにくくなってしまった。


「あっ……」


 濡れた文字を心の中で読み返す。



『また明日、会えるかな?』



 会いたいな……明日も、明後日も。いつもの音楽室。君の歌声を聴きながら、ゴーストノートを弾いてさ。練習が終わったら、コンビニで買い食いして帰るような、そんな当たり前の青春がしたいんだ。


 大切な人のことで胸がいっぱいになる、この想い。


 これが、恋なんだ。


 俺は涙をこぼしながら、朝まで歌詞を考え続けた。

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