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第14話 逆上

早乙女織奈は怒りで胸を波打たせ、目に涙を浮かべていた。

「あなた、まだ何がしたいの?まさか子どものことを冗談にすると思ってるの?」


黒川綾斗は冷ややかに笑った。

「君と時雨がこそこそ隠れていたのに、その子が本当に僕の子どもだって?だったら、なぜ今になっても彼と縁を切れない?」

「悪いけど、嘘をつくのが癖になってる人の言葉なんて、僕は一切信じない。」


その言葉が響くと、周囲で見ていた社員たちは一斉に息を呑んだ。

織奈を見る目も、明らかに冷ややかになり、嘲りや軽蔑の色が混じり始める。


周囲の視線に気づき、織奈の顔は赤くなった。

「綾斗!あなた、恩知らずね!もともと早乙女家に婿入りしてきたあなた、私がいなければ何者でもなかったでしょ?専務になれたのも、どのプロジェクトも、お父さまが全部道筋つけてあげたのに……」


彼女の言葉が終わる前に、黒川綾斗は無表情のまま一歩前へと歩み寄り、織奈をじっと見つめる。

その気迫に、織奈は思わず半歩下がった。


「本気で自分が早乙女家のおかげでここまで来たと思ってるの?」

「じゃあお父さまに聞いてみればいい。僕が早乙女財閥にどれだけ利益をもたらしたか。再開発の転換期に、誰が先頭に立って動いた?資金力はあっても、実際に事業を動かせる人材が、君たちの中にいたのか?」

「僕が必死で早乙女家のために働いていた間、君と時雨は何をしてた?」


織奈は口を開きかけたが、何も言い返せなかった。

この数年、もし黒川綾斗がいなければ、早乙女財閥が今の地位を築くことはなかったと、彼女自身よく分かっている。

それなのに、彼女は時雨龍介との関係を断ち切れずにいたのだ。


だが、素直に非を認める気はなく、彼女は鼻で笑う。

「ふん、いくら有能でも、結局あなたはお母さまに六千万円も無心したじゃない。お父さまとお母さまがあなたを家族として受け入れてくれなければ、あの資金だって手に入らなかったでしょ?」


黒川綾斗はその言い分に眉をひそめ、目は冷たくなった。

「警備員、早乙女織奈を会社の外へ案内してくれ。」

「清源テクノロジーでは、関係者以外の立ち入りや迷惑行為は認めません。」


警備員たちはすでに指示を受けており、すぐに織奈に近づいた。

「早乙女さん、どうかご退室ください。」


織奈は涙を溜めたまま、悔しそうに歯を食いしばる。

「黒川綾斗、今日の屈辱、必ず十倍にして返してやるから!」

彼女は鋭い視線を投げつけ、高いヒールを鳴らしながら去っていった。


……


清源テクノロジー上層部の騒動は、瞬く間にSNSのトレンドとなった。

「黒川綾斗の結婚詐欺」「早乙女織奈の浮気」などの話題はさらに加熱する。

過去のゴシップや、早乙女財閥のプロジェクトの財務データまで掘り返され、

「結局、スポンサーを乗り換えて上杉社長にすり寄っただけだ」と揶揄する声も上がる。


そして、清源テクノロジー公式の声明がさらなる波紋を広げた。

「悪意あるデマや虚偽情報の拡散について、当社は法的措置を取る可能性があります。」


しばらくして、いくつかのネットメディアは、「早乙女織奈が有力な御曹司と親密」と示唆。

その“御曹司”が時雨龍介であること、さらに時雨家の経営不振を早乙女財閥が何度も救済してきたことまで暴露された。

織奈が「ただの弟分」と説明しても、誰の目にも怪しい関係に見えた。


……


夜。黒いスポーツカーが高級マンションの前で停まる。

ここは古川家の本宅ではなく、古川浩介が個人所有するマンションだった。


リビングでグラスが床に叩きつけられる。

「清源テクノロジーに先手を打たれるなんて、本来ならこっちが主導権を握るはずだった!」


ソファには、浩介の幼なじみである水卜涼太が座っていた。淡い茶色の短髪で、煙草をくゆらせている。


「焦るなよ。早乙女家と黒川がこれだけ揉めていれば、むしろチャンスだろ。」

「早乙女家はまだまだ力を持ってる。このまま引き下がるとは思えない。」


浩介は苛立ったまま言葉を続けた。

「親父は早乙女家と手を組みたがってるが、もしあっちが混乱すれば、こっちが漁夫の利を得るかもな。」

スマホで「早乙女織奈の浮気」が話題になっている投稿を眺める。

自分が望んでいた「黒川綾斗、横浜から追放」とは真逆の流れだ。


水卜涼太は煙草の灰を落とし、薄ら笑いを浮かべる。

「だったら、俺たちがさらに煽ればいい。今は浮気疑惑が広まってるけど、肝心の証拠動画があるかは誰も知らない。もし俺たちが先に手に入れれば、事態はさらに泥沼化する。」


浩介は眉を上げた。

「でも、その動画を持ってるのは黒川だけ。どうやって手に入れるんだ?」

「分からないぞ」と涼太は意味深に笑う。

「時雨のこと、忘れたのか?彼は織奈と相当親しいし、何かしらネタを持ってるはずだ。」

「彼に“早乙女家が自分を切り捨てて名誉を守ろうとしてる”と思わせれば、間違いなく暴走するさ。」


浩介は膝を叩いた。

「すぐに連絡を取れ。あいつの感情を煽って、全部ぶちまけさせろ!」

二人は顔を見合わせ、にやりと笑った。


浩介はグラスを掲げる。

「桜、俺が好きな女は誰にも渡さない。君が黒川を守れば守るほど、俺はあいつをぶっ壊してやる!」


……


夜、上杉桜はプロジェクト書類の整理を終え、会社を出ようとしていた。

黒川綾斗のオフィスの灯りがまだついているのを見て、ドアをノックする。

「まだ帰らないの?」


黒川綾斗は書類を置き、肩を軽く回した。

「プロジェクトの資料を整理してる。早く会社の状況に慣れたいからな。桜は?」

「さっき終わったところ。一緒に夜食でもどう?ついでに疫雲メディカルの案件について話したいし。」

黒川綾斗はうなずいた。

「いいね。」


二人は並んで近くの小さな食堂へ向かった。

時刻はすでに深夜で、客もまばら。牛肉麺といくつかの小皿料理を注文する。


桜はお茶をひと口飲み、尋ねた。

「清源のペース、慣れてきた?」

「悪くない。早乙女財閥にいる時よりずっと楽だよ。自分で判断できるからね。」

「早乙女財閥では、立場が見えない鎖だったものね。」桜もうなずいた。


和やかな空気の中、二人の会話は弾む。

食事の途中、桜がふと真剣な表情になる。

「今日の件は一段落したけど、これから早乙女家と古川家が手を組んでくるかもしれないのが心配。」


黒川綾斗は眉を上げた。

「古川?何か因縁でもあるの?」

桜は小さく笑う。

「三年前、清源を立ち上げた時、古川家は最初の出資者だった。でも彼の目的はプロジェクトじゃなくて……私だったの。」

黒川綾斗は思わず吹き出した。

「振られて逆恨みしてるってわけか。」

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