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第15話 誰が本当のプレイヤーか

「あなたが思っているより、ずっと悪質よ。」上杉桜は目にうんざりした色を浮かべた。「家の後ろ盾をちらつかせて私を脅そうとしたの。断ったら、今度は出資を引き上げると脅してきて、さらに清源のコアアルゴリズムは古川グループから盗んだものだ、なんて濡れ衣まで着せたの。」


黒川綾斗はようやく事情を理解した。「だから、二年かけて古川家の株を全部買い戻したのか?」

上杉桜はうなずき、夜の窓の外を見つめる。「浩介は表向きの存在。本当に厄介なのは父親の古川春树よ。あの老獪な男、横浜のテック投資の半分は彼を避けて通れない。」


黒川綾斗は彼女を見つめた。「つまり、俺は古川家に対抗するための駒ってことか?」

上杉桜は一瞬驚いたような顔をし、その後でくすっと笑った。「そんな単純な話じゃないわ。あなたの実力は私が一番評価しているところ。早乙女家との因縁は、ただの思わぬボーナスよ。」


黒川綾斗はグラスを傾けて一口飲む。「正直でいいな。ビジネスの世界では、こういうストレートなやり方が好きだ。」

上杉桜も微笑む。「あなたの経歴は調べさせてもらったわ。ハーバードのビジネススクールに、イェールのロースクールのダブルディグリー。そんな人が、どうして早乙女家に婿入りなんて選んだの?」


黒川綾斗はわずかに表情を変え、窓の外の夜を見つめた。「あの頃は、本気で恋だと思っていたんだ。」

「恋愛?」上杉桜は思わず笑う。「意外ね、うちのCOOにそんな純な一面があったなんて。」

「昔の話だ。」黒川綾斗は淡々と笑い、手を振って話題を切り替えた。「それより、君たちの疫云メディカルの件だけど、今日のレポートを見て、投資とリターンが全然釣り合ってないようだ。」


上杉桜も真剣な表情に戻る。「この事業はうちの重点案件よ。AIで感染症の流行を予測して、医療機関の意思決定を支援するの。インフラは去年完成したけど、市場と政策のサポートがまだ十分じゃないの。」

「俺に声をかけたのは、俺が早乙女家時代に築いた政府とのパイプを期待して?」

彼女は素直に微笑む。「それも考えたけど、今となってはもう使えないわね。」


ちょうどその時、黒川綾斗のスマホが鳴った。

見知らぬ番号に出る。「はい?」

「綾斗さん、横浜中央病院の田中です。織奈さんが事故に遭われて、ご本人のご希望で連絡しました。容体が思わしくありません。」


早乙女織奈のことであると知り、黒川綾斗は反射的に距離を置こうとしたが、思わず口を突いて出た。「怪我の具合は?」

「命に別状はありませんが、脳震盪と軽い出血があります。一番の問題は……お腹のお子さんが、助からないかもしれません。」


黒川綾斗は数秒沈黙し、「分かりました。すぐに向かいます。」とだけ答えた。

顔を上げて上杉桜を見る。「悪い、織奈が事故に遭った。中央病院に行かないと。」

上杉桜は少し眉をひそめる。「私も一緒に行こうか?」

黒川綾斗は首を振る。「大丈夫、一人で行く。」

だが彼女はもう立ち上がっていた。「今はタクシーも少ないでしょ。私が送るわ。」


20分後、二人は病院に到着した。

廊下には見慣れた姿――時雨龙介が歩き回っていた。

黒川綾斗を見て、一瞬驚いた後に問いかける。「なんでお前がここに?」

黒川綾斗は冷たく笑った。「お前が現場にいたのに、なんで俺に連絡させる?どういうつもりだ?」

踵を返そうとすると、時雨龙介が慌てて言う。「彼女は俺と口論になって、そのまま車で出ていったんだ。追いつけなかった……」

「口論?」黒川綾斗は足を止め、目が鋭くなる。「あのことが原因か?」

時雨龙介の顔色が変わる。「お前……」


その時、病室の扉が開き、医師が現れた。「ご家族の方は?」

黒川綾斗と時雨龙介が同時に応じる。「私です。」

二人は互いに鋭い視線を交わし、微妙な空気が流れる。


医師は二人を見て言う。「容体は安定していますが……お子さんは助かりませんでした。」

「なんだと?!」時雨龙介は焦り、医師の白衣をつかむ。「何かミスしたんじゃないのか?あの子は俺の……!」

黒川綾斗は眉をひそめる。「お前の子供?」

時雨龙介はハッとして手を離す。「ち、違う……いや、俺は彼女のことが大事で……」

黒川綾斗は冷たく笑う。「じゃあ、織奈のお腹の子は俺のじゃなくて、お前のだったのか?」

時雨龙介は言葉に詰まる。


黒川綾斗は冷ややかに言った。「俺が来たのは、自分の子だと思ったからだ。そうじゃないなら、あとはお前が面倒を見ろ。」

そう言い残して歩き出す。

「そのまま帰るのか?」時雨龙介が叫んだ。

黒川綾斗は振り返らず、「自分で蒔いた種だろ。」とだけ告げた。


その時、後ろから弱々しい声が聞こえた。「綾斗……」

振り返ると、早乙女織奈が病室の扉に立っていた。額に包帯を巻き、涙で顔がぐしゃぐしゃだ。

「行かないで……お願い、私が悪かったの……本当に……」


上杉桜は静かにその様子を見守っていた。

黒川綾斗は冷たく言う。「子供が俺のものだと嘘をついて、今になって可哀想なふりか?心が動くと思ったか?」

「私は本当にあなたを……愛してるの……龙介は……」

「何だ?恋人か?」黒川綾斗は氷のような視線で睨む。「二人で俺を騙して、早乙女家に戻らせてまた利用するつもりか?」

一歩近づき、低い声で言い放つ。「言っておくが、織奈。俺は二度とあの家には戻らない。」


彼女は涙を流し、必死に首を振った。「違うの……聞いて、お願い……」

黒川綾斗は何も言わず、背を向けて歩き出す。

すると早乙女織奈が叫んだ。「上杉と組めば全てうまくいくと思ってるの?彼女は古川家と敵対してる。あなたを利用して復讐しようとしてるだけ!」


黒川綾斗は歩みを止め、上杉桜に目をやる。

彼女は肩をすくめ、何事もないようにヒステリックな織奈を一瞥し、そのまま綾斗に付き従う。


病院の廊下、二人は無言で歩き続けた。

外に出たところで、黒川綾斗が足を止める。「送ってくれてありがとう。」

上杉桜が尋ねた。「大丈夫?」

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