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第18話 織奈は本気で俺のことが好きだ

古川浩介はうなずきながらも、つい口を挟んだ。「父さん、本当に桜を狙うのか?あの技術チームはなかなか優秀だし……」


古川春樹は顔を曇らせた。「まだ彼女のことを気にしているのか?あの時、彼女がどうやってお前を断ったか忘れたのか。父親の上杉も頑固で、うちの古川グループに真っ向から立ち向かってきた。いまや清源テクノロジーはどんどん成長し、うちの脅威になっている。核心技術は本来なら我々のものだ。」


浩介はうつむき、それ以上何も言わなかった。


春樹はグラスの酒を飲み干しながら続けた。「黒川は頭が切れる。お前じゃ敵わない。今回は俺が直接動く。まず時雨に黒川の出方を探らせつつ、別ルートから清源テクノロジーの市場を攻める。頃合いを見て、桜を従わせればいい。その時には、彼女の部下が欲しければ好きにすればいい。」


少し間を置いて、さらに言った。「今回の医療プロジェクト、涼太に東海県の人脈を当たらせて、清源テクノロジーがあの地域の案件を取れないようにしろ。」


浩介もグラスの酒を一気に飲み干した。「分かった。任せてくれ。」


……


二日後、高級プライベートレストラン。


時雨龍介と水卜涼太が向かい合って座っていた。


「時雨さん、最近早乙女財閥の株価がちょっと揺れてるって聞きましたけど?」


時雨龍介は苦笑した。「やめてくれよ。黒川がいなくなってから、財閥のプロジェクトが色々と問題を抱えてて、会長にもよく思われていないんだ。」


「仕事を引き継いだんじゃないの?なぜそんなことに?」


「案件が複雑すぎるんだよ。」時雨はぼやく。「それに、技術も顧客も黒川が握っていた。俺には無理だ。」


涼太が身を乗り出す。「黒川が清源テクノロジーに行ってCOOになったのは知ってるだろ?噂によると、早乙女財閥にいた時よりも待遇がいいらしいよ。」


時雨は驚いた。「本当か?そんなに上手くいってるのか?」


「もちろんさ。」涼太はグラスを軽く傾ける。「清源はまだ三年しか経っていないのに、技術力は相当なもの。桜はやり手だし、ああいう人材は絶対に逃さないよ。」


時雨は顔を曇らせた。「だから病院でもあんなに自信満々だったのか……」


「病院?」涼太が興味津々で聞き返す。「どこの病院?」


時雨はつい口を滑らせ、早乙女織奈の事故と流産の件を簡単に話した。


涼太はにやりとしながら言った。「織奈の子供は君の子か?それは大きなニュースだな。」


時雨は慌てて声を潜める。「そんなこと言うな!織奈は外には黒川の子だって言ってる。」


「なるほどね。」涼太はうなずく。「でも、事故の時に織奈が黒川を呼んだのはどうして?」


時雨は首を振った。「さあ……まだ黒川のことが忘れられないのかも。」


「惜しいなあ。」涼太はわざとらしく同情してみせる。「君は優秀なのに、織奈には見えてないんだな。社内の人間もよく黒川の話をしててさ、彼がいれば今の財閥はこうなってなかったって。」


「誰がそんなことを?!」時雨は声を荒らげた。


黒川の名前を聞くのが一番のストレスだった。財閥の誰もが自分と黒川を比べてくる。もしこっそり財閥の金を自分の会社に回していなければ、とっくに潰れていたはずだ。


涼太は笑みを浮かべた。「横浜のビジネス界は狭いから、噂はすぐ広まるさ。」


少し間を置いて、「ちょっと気になったんだけど、早乙女財閥は本当に君の家の財政危機を助けてくれるつもりなのか?」


時雨の表情が変わる。「なぜそんなことを?」


「いや、ただの興味だよ。」涼太は手を振った。「財閥自体も余裕がないのに、どうして君を助ける?織奈はもしかしたら、ただ君のことを暇つぶしにしてるだけかもしれないぞ。」


時雨は暗い顔で言い切った。「そんなはずない。織奈は本気で俺のことが好きなんだ。」


涼太はそれ以上何も言わず、微笑んだ。「そうだといいね。あ、そうだ、俺の友達が銀行にいるから、もし資金が必要なら相談に乗れるかも。」


時雨の顔が明るくなった。「本当か?助かるよ!」


「遠慮しなくていいさ。」涼太はグラスを掲げた。「それと、実は最近参加してるプロジェクトがあって、早乙女財閥の雲錦事業とちょっと関わりがあるんだ。参考までに内部の情報を少し教えてもらえない?もちろん絶対に口外しないから。」


時雨は迷ったが、自分の会社の状況を思い出し、うなずいた。「分かった、絶対に秘密だぞ。」


涼太は微笑んだ。「分かってるよ、ビジネスのことは心得てるから。」


店を出ると、涼太はすぐに古川浩介に電話をかけた。「時雨龍介は食いついたよ。しかも、織奈がまだ黒川を忘れていないことをかなり気にしてる。ここが突くポイントだ。」


電話の向こうで浩介が冷たく笑う。「よくやった。次は、財閥が時雨家を助ける気はないって、さりげなく教えてやれ。」


週末、上杉桜は自ら車を運転し、黒川綾斗を連れて東海県にクライアントを訪ねた。


高速道路を走りながら、二人はたわいもない会話を交わしていた。


「最近、調子よさそうね。思ったより早く馴染んでる。」


綾斗は窓の外を見つめながら答えた。「清源はシンプルな環境で、みんな技術やプロダクトに集中してる。余計な駆け引きもないし。」


桜は微笑む。「私はずっと技術重視でやってきた。技術こそが競争力の源だと思う。」


綾斗もうなずいた。「だからこそ、わずか三年で五十億の企業価値になった。でも、技術だけじゃ、ビジネスモデルや市場が伴わないと続かない。」


「だからあなたが必要なの。」桜はちらりと彼を見た。「私は市場と戦略、あなたは技術。良いパートナーじゃない?」


綾斗は思わず笑った。「商談のための政略結婚みたいだね。」


そう言って、すぐに後悔した。


桜は咳払いして話題を変えた。「今日会うのは東海県医療情報センターの主任よ。疫雲プロジェクトには関心があるけど、導入へのハードルを気にしてる。」


綾斗はホッとして話を合わせた。「昨夜、事例を調べて何パターンか提案を用意した。要望に合わせて調整できる。」


その後の道中、二人は互いにプライベートな話題を避けていた。


到着後、綾斗の提案は主任の心を掴み、ひとまず協力の意向を取り付けることができた。


夕食のあと、綾斗と桜は並んで沖海市の川沿いプロムナードを歩いていた。


「今日は順調だったな。」綾斗は満足げに言った。「主任も提案に満足してくれた。」


桜はうなずいた。「あなたのおかげよ。このプロジェクトを取れれば、他の省への展開もずっとやりやすくなる。」


二人は展望デッキで立ち止まり、夜景を眺めた。

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