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第19話 思いがけない拾い物

「すごく綺麗ね。」と、上杉桜が静かに呟いた。

「時々思うの。もし、あんな駆け引きや裏切りがなかったら、人生はどうなっていたんだろうって。」


黒川綾斗は彼女を見つめながら言った。「復讐を諦めることができる?」

上杉桜は一瞬黙り込んだ。「無理よ。消せない傷もあるから。」


「わかるよ。」黒川綾斗は遠くを見つめた。

「憎しみって、時には人を生かす唯一の力になることもある。」


上杉桜は顔を向けて彼を見つめた。「綾斗もそう思ってるの? 早乙女財閥に対して?」

黒川綾斗は少し笑い、首を振った。「憎しみというより、失望かな。七年も尽くして、結局裏切られた。」


「それでも、まだ彼女のことを愛してるの?」上杉桜は思わず問いかけ、自分でも驚いた様子だった。

黒川綾斗は川面を見つめ、しばらく黙ってから言った。「もう愛してない。感情って、深く傷つけられると、もう戻れないんだ。」


しばらく沈黙が続いた後、上杉桜は深く息を吸い込んだ。「綾斗さん、実は話したいことがあるの。」

「何?」

「本当は……」


その時、黒川綾斗のスマートフォンが鳴った。

「はい?」

「綾斗さんですか? 早乙女財閥の李です。」

「社長が至急会社に戻ってほしいと。ギャラクシープロジェクトで大問題が起きて、重要な顧客が撤退するかもしれません。社長はコンサル料をお支払いするので、ぜひ助けてほしいと。」


黒川綾斗は眉をひそめた。「もう早乙女財閥の人間じゃありません。」

「社長は、今回の危機を乗り越えてくれたら、コンサル料として500万円をお支払いすると。1日だけでいいんです!」


黒川綾斗は冷たく笑った。「社長に伝えてください。今は清源テクノロジーのCOOです。そんな暇はありません。」


電話を切って、上杉桜に向き直った。「早乙女財閥が、また俺を呼び戻そうとしてる。」

上杉桜は眉を上げた。「想像以上に追い詰められてるみたいね。」

「これから、もっと手を使ってくるだろうな。」黒川綾斗はため息をついた。

「でも、大丈夫。覚悟はできてる。」


彼は上杉桜に向き直った。「さっき、何を言おうとしたの?」

上杉桜は少し迷ってから、首を振った。「なんでもない。ただ、あなたが清源に来てくれて嬉しい。」


黒川綾斗は彼女が言い直したことに気づいたが、追及はしなかった。


……


早乙女財閥本社、社長室。

早乙女正弘は電話を切り、険しい顔で言った。「黒川綾斗は断った。」

傍らには早乙女織奈。目は泣き腫らしている。「だから言ったでしょ、彼は戻らないって!」

「どうするんだ?ギャラクシープロジェクトの顧客が騒ぎ始めて、いつ契約解除されてもおかしくないんだぞ!」早乙女正弘は机を叩いた。

「今年一番の収入源なんだぞ! ほかのプロジェクトも、この資金でようやく回ってるというのに。」


早乙女織奈は唇を噛みしめて言った。「お父さん、私が直接会いに行こうか?」

「お前が?」早乙女正弘は歯を食いしばり、冷たい目で娘を見た。

「お前が追い出した男が、今さら会ってくれると思うのか?」

「綾斗は……」

「もういい!」早乙女正弘は彼女の言葉を遮った。

「お前が台無しにしたことだ。もう口出しするな。別の手を考える。」


早乙女織奈はうつむき、心の中であの男への憎しみが募っていく。

けれど、それ以上に彼を強く求めてしまう自分がいた。

彼女はスマートフォンを手に取り、黒川綾斗の番号を見つめ、結局ダイヤルした。

「おかけになった電話は電源が入っていないか、電波の届かない場所にあるため……」

彼女は苦々しく笑い、電話をしまった。


……


東海県城・高級ホテル。

夜10時、黒川綾斗は部屋で今日の会議資料を整理していた。

部屋は二つ取ってあり、隣には上杉桜が泊まっている。


資料の整理が終わり、スマートフォンのメッセージを確認した。

「社長がまた呼び戻そうとしてたみたいですね。でも断られて、チームはぐちゃぐちゃです。辞めたがってる人も多いです。」


黒川綾斗は予想していたとはいえ、こんなに早いとは思わなかった。

古い仲間たちを助けるべきかどうか考えていると、ドアが静かにノックされた。

「私よ。」上杉桜の声がした。

「ちょっとプロジェクトの細かいところ、確認したいんだけど。」


黒川綾斗がドアを開けると、カジュアルな服装の上杉桜がノートパソコンを手に立っていた。「こんな遅くまで仕事?」

「眠れなくて。あなたもでしょ?」上杉桜はテーブルの上の資料を見て、二人は顔を見合わせて微笑んだ。


黒川綾斗は彼女を部屋に招き入れながら、新しいBOSSに状況を伝えるべきだと考えた。

「早乙女財閥の件、思った以上に深刻だ。ギャラクシープロジェクトが崩壊寸前みたいだ。」

上杉桜はソファに腰掛けた。「以前のチームのこと、心配してる?」

黒川綾斗は正直にうなずいた。「長年一緒にやってきた仲間だ。彼らが他人の失敗の尻拭いをするのは納得できない。」


「それが大人の世界の残酷さよ。」上杉桜は静かに言った。

「人は他人の過ちの責任を取らされる。私の父も、そしてあなたも。」


黒川綾斗は彼女を見つめた。「時々、こだわりを捨てて前に進むべきかと思うことがある。」

「前を向くのは大事だけど、過去の傷を忘れないで。」

「その傷が今の私たちを作ったんだから。」


少し沈黙が流れた後、上杉桜が口を開いた。「もし古い仲間たちを助けたいなら、いい方法があるわ。」

「どんな方法?」

「彼らを清源に引き抜くの。ちょうど運営部門を拡大したいと思ってるし、あなたも彼らのことをよく知ってる。お互いにメリットがあるわ。」


黒川綾斗は驚いた。「でも、それじゃあ早乙女財閥に報復だと思われるかも。」

「違うわ。これはビジネスの競争よ。」と、上杉桜は指を振った。

「人材の流動は当たり前。あなたも早乙女財閥に追い出されたんだから、私がいい人材を拾ったってこと。」


黒川綾斗はその提案に惹かれた。

古い仲間を救い、清源にも新しい力をもたらせる。

「考えてみるよ。確かに、いい案だ。」


上杉桜はビジネスウーマンの顔になり、ノートパソコンを開いた。「じゃあ、明日の会議の細かいところを確認しましょう。」


二人はソファに並んで座り、プロジェクトの詳細について話し合い始めた。

誰も気づかぬうちに、二人の距離はどんどん近づき、その影は壁にぴったりと寄り添っていた。

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