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第20話 密談の嵐

夜11時、早乙女財閥のオフィス。


時雨龍介は険しい表情でパソコンの財務報告に目を落とす。真っ赤な数字が容赦なく彼を突き刺す。


銀河プロジェクトが崩壊すれば、自分はもう早乙女社長から見放される――それは痛いほど分かっていた。


そんな時、電話が鳴る。水卜涼太からだった。


「龍介、まだ会社にいるのか?」


時雨は眉間を揉みながら答える。「ああ、プロジェクトでトラブルがあってな。今、対策を考えてるところだ。」


「前に話した資金調達の件、覚えてるか?もうアポイント取ってある。明日、直接話せるぞ。」


時雨の目が輝く。「本当か?助かった!でも……」


「どうした?」


「早乙女家の秘書から聞いたんだが、社長が黒川を顧問として呼び戻すつもりらしい。そこまで彼に頼らなきゃダメなのか?」


しばらく沈黙が続いたあと、水卜が口を開く。「その話は本当だ。早乙女財閥は黒川を戻したがってる。ここ数年、社長は現場を任せきりだったからな。ただ、黒川が戻ったらお前の立場は危うくなるぞ。」


時雨の胸が重くなる。「そんなことない。織奈が約束してくれた。彼女が社長を説得して財閥に資本参加させるって。」


「それならいいが……ちゃんと実行してくれるといいな。ちなみに、最近早乙女家が古川グループと接触してるって噂だ。何か大きなプロジェクトらしい。」


時雨は身を乗り出す。「古川グループと?どんなプロジェクトだ?」


「詳しくは分からないが、かなり重要らしい。どうかしたのか?」


「いや、ちょっと気になっただけだ。」


電話を切った後、時雨の顔色は一層険しくなった。


早乙女家が古川グループと話を進めているのに、自分には何の連絡もない――。


机を叩き、携帯を取り出して織奈に電話をかける。「織奈、今会社にいる。君はどこだ?話がある。」


だが織奈はそっけなく答えた。「私は家よ。今日は疲れてるから、明日にして。」


「古川グループの件だけど、君の家が彼らと組むって本当なのか?」


数秒の沈黙のあと、織奈が問い返す。「誰から聞いたの?」


その反応で時雨は確信した。


「やっぱり本当なんだな?なぜ俺に相談しない?俺だって財閥のCOOだぞ!」


「時雨さん、それはお父様の決定よ。あなたに相談する必要はないわ。」織奈の声は冷たかった。


「今の会社の状態を考えたら、確かなパートナーが必要なの。古川グループは最適よ。」


「じゃあ早乙女財閥は?君は俺を支えるって約束しただろ!」


織奈は鼻で笑った。「早乙女財閥?時雨龍介、いつまで夢を見てるの?財閥なんて今や空っぽよ。お父様もあなたに失望してる。」


時雨は呆然とした。「織奈、どういう意味だ?」


「文字通りよ。」織奈は全く迷いのない口調だった。


「しばらく距離を置きましょう。私は会社を立て直さなきゃ。」


電話が切れ、時雨は雷に打たれたように動けなかった。


水卜の言葉が頭をよぎり、ハッとする。


織奈にとって自分はただの駒に過ぎなかった。今、もっと良い選択肢が現れれば、すぐに切り捨てられる――それだけの存在。


怒りに駆られ、時雨は携帯を取り上げ、水卜に連絡した。「頼む、明日古川会長に会わせてくれ。話がある。」


水卜は愉快そうに笑う。「任せろ、すぐに手配する。」


水卜にとって、これほど簡単に時雨が古川家の術中にはまるとは思っていなかった。


すぐに古川浩介に電話をかける。「古川さん、獲物がかかりました。」


「もうか?」古川浩介は驚いた。


「正直、楽勝でしたよ。早乙女家が古川さんと接触してると知っただけで、あいつは慌てふためきました。」


「ご苦労。明日は月影で会おう。私が直接応対する。」


「承知しました。」


電話を切り、水卜は時雨から届いた感謝のメッセージを冷ややかに見て、すぐに履歴を消した。


――


同じ頃、時雨龍介は早乙女財閥のがらんとしたオフィスで一人、夜景を見つめていた。


馬鹿ではない。けれど、織奈を自分のものにできると、どこかで期待していた。


今思えば、自分など最初から彼女にとって都合のいい駒だったのだろう。


黒川綾斗に気付かれてしまったことで、その「遊び」は終わった。


「黒川綾斗……黒川綾斗……」時雨は歯を食いしばり、低くつぶやく。


「ここまでされた以上、もう遠慮はしない。」


彼はスマホを取り出し、社内システムの裏口アカウントでログインする。情報部に特別開設させた権限だ。


早乙女財閥のコアプロジェクト、特に清源プロジェクトの重要資料をダウンロードし始めた。


これが自分の切り札であり、交渉材料だ。


――


翌朝、黒川綾斗はとっくに目を覚ましていた。


昨夜、上杉桜との会話で一つの考えが浮かぶ――早乙女財閥から離れた社員の受け入れだけでなく、佐藤浩を中心としたチームごと引き抜くという大胆な一手。


これなら古くからの仲間と再び肩を並べられるし、清源プロジェクトに即戦力を加えられる。一石二鳥だ。


ノック音が思案を遮った。


「綾斗、もう起きてる?」上杉桜の声がドア越しに聞こえる。


黒川綾斗が扉を開けると、桜は淡いブルーのスーツ姿に黒いストッキングの美脚が映えていた。


「朝食は私の部屋に用意したわ。一緒にどう?」


黒川綾斗は頷き、後を追う。「会議の準備はどう?」


「バッチリよ。山本さんから昨夜連絡があって、医療システムの主要メンバーも全員来るって。」


「今日うまくいけば、横浜で清源プロジェクトの道が開ける。」


上杉桜の部屋に入ると、朝食がきれいに並べられていた。


「早乙女財閥のチームごと引き抜く覚悟、できてる?」桜がコーヒーを注ぎながら尋ねる。


黒川綾斗はカップを受け取りながら答える。「いや、むしろ離職者だけじゃなく、コアメンバー全員を引き抜きたい。」


桜の目が輝く。「全員って、どれくらい?」


「コアチームは12人。全員俺の下で育てた精鋭だ。彼らごと来てもらえれば、清源の拡大は一気に進む。」


「コストは?」


黒川綾斗は笑った。「これが面白い。早乙女財閥は最近資金繰りが厳しくて、福利厚生もカットしてる。うちはあそこより3割高い給料と年末ボーナス、インセンティブもつける。実はそれほどの負担じゃない。」


桜の目がますます輝く。「私、コスパのいい投資が一番好きなの。」


二人は見つめ合い、自然に笑いがこぼれる。


「じゃあ、これで決まりね。戻ったらすぐにリクルート計画を始めましょう、乾杯!」桜がカップを掲げ、黒川綾斗と軽く合わせた。

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