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第22話 折角のチャンス




「マクレガー公爵令嬢からの招待状?」

「ああ」



 朝食の場で今朝早くオシカケから受け取った手紙をオーギュストの前に広げたヒルデガルダ。文面はヒリスと二人でお茶をしようというもの。指定してきた場所はマクレガー公爵邸。二人だけというのが明らかに罠である。



「文字には人の思念が宿る。読み取った思念は妾への恨み言がたんまりとあった」

「まあ、そうだろうな。受けるのか」

「面白そうだが面倒だ。態々、毒薬を撒かれる義理もない」

「毒?」



 読み取った思念から分かったのは、魅了の効果が付加された媚薬をヒルデガルダに飲ませるか掛けるかしてノアン以外の男に襲わせようという魂胆。呆れ果てるオーギュストの向かいに座るヒルデガルダは愉快に笑うだけ。公爵家の姫君として大切に育てられた娘なりに頑張って考えた策は、元魔族の女王からすると可愛いだけ。敢えて浴びてやってもよく、呪詛返しをしても死なない薬なのでヒリスにそのまま返却するのも可能。人間の肉体とは言え、大抵の薬は効かなくしており、仮にヒルデガルダに使われても効果は出ない。

 隣で話を聞いてから不機嫌になりつつあるアイゼンが手紙を自身に引き寄せ、書かれている文面を読んで眉を寄せた。



「自分でどうにかする頭がないから、ヒルダを引き摺り落としたいようにしか見えないんだけど」

「そう言うな。大切に育てられたお姫様が悪意を持って人を蹴落とす真似等たかが知れてる。ありきたりな物しか浮かばなくて当然。まあ、面倒だから今回は受けん。オシカケ、後で断りの返事を入れておけ」

「お嬢ならそう言うと思って既に速達済です」

「そうなのか」



 もしも行くと言っていたらどうする気だったのかと問う。態々ヒリスの誘いに乗らずとも会う機会が近々ありますと指摘される。あったか? と考えるとオーギュストが思い出した声を上げた。



「あれか」

「そんなものあったか」

「お前が行けば問題を起こすだろうと思ってずっと参加を断り続けていた会があってな。丁度良い、今年は参加するか」



 王妹が嫁いだリスト侯爵家が毎年幅広い家を呼んで開催する『交流会』が近々開かれる。毎年オーギュストやヒルデガルダ宛に招待状が届いていたものの、其処にはヒリスやノアンも招待されている為ヒルデガルダが行けば要らん騒ぎが起きるだろうからと毎年欠席していた。



「招待状には出席で後でリスト侯爵に出しておこう。ただ、くれぐれもお前が問題を起こすなよ?」

「ああ。妾はな。マクレガーの娘や王子が絡んできたら知らんがな」

「はあ……」



 今度は違う意味で呆れ果てるオーギュスト。もう何も言わないでおこうとキャベツとベーコンがタップリのスープに手を伸ばす。



「マクレガーの娘や王子の件を横に置いても最近は何も起きんな。以前は魔物の大量発生が頻繁に起きていたというのに」

「魔物の大量発生……?」



 ヒルデガルダの隣は自分一人だけでいいとアイゼンが言うものだから、オーギュストの隣でマナーを心掛けて朝食を食べていたリュカが反応を示した。王都の南に位置する村で起きたシルバーウルフの大量発生は、魔界から人間界まで追い掛けて来た異母兄弟から自身の身を守る為にリュカが幻覚を使って見えたもの。他の魔物は魔界の獣ではない為、無関係だろうと話をしていなかった。

 知っていそうな様子な為、問うてみた。



「リュカ。何か知っているのか」とオーギュストに訊ねられたリュカは不安げに頷き、興味無さげに食パンの耳を外している最中のアイゼンへ家族について訊ねた。



「あ、あの、ぼくの家の人達が……人間界の魔物を使って人間を捕獲していたのは、知ってましたか?」

「知ってる。君の家を調査したら色んな事がゴロゴロと出て来たから」

「多分……その魔物の大量発生って言うのは、家の人達がやった事です……。今起きていないのは、捕まって自由に動けなくなったから……だと」



 最後声が小さくなったのは強い確信がリュカの中にはまだないから。大人達はほぼ決まりだと確信を持った。母親や子供達は娼館に売り飛ばされ、父親は現魔王の魔力が弱いせいで魔力供給の為に管で繋がれている。どちらも自由に動けない。

 再び魔物の大量は発生は起きないという結論を出した。



「おや」



 天井がぐにゃりと歪んだ。歪みの間から光る蝶が現れ、真っ直ぐアイゼンの側へ行く。手を差し出したアイゼンの指に留まった。

「魔界からの連絡か」とヒルデガルダ。



「うん。何だよ一体。…………はあ…………」



 蝶に託された伝言を聞き終えたアイゼンから出たのは呆れ混ざりの深い溜め息。蝶を歪む空間へ飛ばし、何を伝えられたかを話した。さっき会話に出ていたリュカの父親が脱走したという連絡だった。



「脱走? 魔王城の警備体制は最も厳重にしていた筈だが」

「ヒルダが魔王の座から降りて以降は、ヒルダより弱い魔王が就いただろう? そのせいで、今までヒルダの魔力頼りだった防御結界や警備体制に度々問題が出て来てさ。今回はどうせ、魔力供給に繋げている奴が逃げ出すなんて思いもしなかったんだろう」

「呆れたな」



 たった一人の超越した魔族に依存し続け、長年他を怠った結果が出ている。重鎮の座にいるアイゼンに至急魔界へ戻る伝言もあった。

 しかし。



「僕は戻らない。僕がいなくたって問題を処理する奴はいるんだからさ」

「逃げたリュカの父親の行方は?」

「逃げ道を辿ったら、人間界だって。ルート指定は僕達が今いる国、かな」

「なら妾が行こう」



 魔法騎士団も組合も、どちらも抱える案件にヒルデガルダの出る幕がなく、沢山体を動かし魔力を消費する運動の機会が全くなかった。これ幸いとヒルデガルダは素早く朝食を食べ終えると食堂から姿を消した。高い場所から感知能力を王都全域にすれば、探し人はすぐに見つける。集中すればするほど、魔力を最小限に抑えても見つけられる。

 運動不足解消の良い機会だとばかりに消えたヒルデガルダに呆れ果てるのはオーギュストだ。



「魔族の時からなのか? あいつの脳筋は」とオシカケに訊く。

「おれが会った時から、何かあれば即行動なのは変わってないですよ〜。オーギュスト様がさっき仰っていた『交流会』って、確か同伴者を連れていいと記憶してるンですが」

「ああ」



 同伴者、という言葉を聞いたアイゼンがいやに上機嫌にオーギュストに自分が行きたいと申し出た。言ってくると予想していたオーギュストは、参加者一人につき同伴者を一人連れていいという主催者の意向に沿い、アイゼンとミラを連れて行くかと決めた。

 一つ気になるのはヒリス。罠見え見えの招待状でヒルデガルダを誘き出そうとし、筆跡に込められていた思念から読み取ったヒリスの企みも相手がヒルデガルダなせいでほぼ台無しとなる。



「あ、でもオーギュスト様。ある意味、マクレガー公爵令嬢と第二王子の縒りを戻す好い機会では?」

「ヒルデガルダに使う薬を逆にマクレガー公爵令嬢かノアン王子に使うという意味か?」

「どちらかに薬を使って二人を同じ部屋に押し込めば、れっきとした既成事実の完成でしょう? どうですか」

「あまり乗り気になれんな」

「悠長なこと言ってられませんって。お嬢に薬が効かなくても、害のある薬を公爵令嬢である彼女が他人に使うだけで問題が起きますよ」



 公になれば二度とノアンと再婚約する可能性はなくなり、最悪ランハイド侯爵家との婚約もヒリス有責で危なくなる。なるべく円満に事を運びたい。





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