それから一週間後。アゲハの姿が見えなくなった。集団のリーダー、サインズに詳しく問うと、動揺しながら「何も知らない」と言った。裏があるな、と夏木の直観が訴えていたが何も出来なかった。
後々、この直観が正しかったことを知るのは、ある報道番組のニュースだった。
佐藤真。二十六歳フリーター。この男性がツイッター上で『アラウンド』という名義で問題のある若者を集めていた。佐藤は某日、中学生女児に強制わいせつを行った。その女児こそが『アラウンド』に集まった若者だ、と報じられていた。
テレビ画面に映った佐藤の顔写真を見て、やっぱりかと思った。そう、佐藤はサインズだった。
その二日後、また『アラウンド』関連のニュースがされた。それは佐藤が強制わいせつを行った女児が自宅で自殺をしたという報道だった。
まさか、と夏木はアゲハに連絡をかけた。だがつながらない。不安が胸に押し寄せる。
自室に戻り、ノートPCで検索をかける。ネットニュースにはその女児の顔写真がのっていた。
三沢みさわ明あかり。それが女児の名前で、顔写真では憂鬱なアゲハの姿が映し撮られていた。
やっぱりそうだったんだ。夏木は涙を流した。アゲハはサインズにレイプされて自殺したんだ。
夏木と同じく潔癖さを抱えているアゲハのことだ。自身の体が汚されたことにたまらない不快感があって、それをぬぐい去りたくても出来なくて、自殺に至ったのだろう。彼女が辛い時に側にいられなかったことに激しく後悔した。
夏木は家を飛び出した。アゲハが死んだという衝撃を受け止めきれなくて。
時刻は夜中。夏木は嗚咽を漏らしながら歩いていた。
すると、下品なHIPHOPが聞こえ出した。スピーカーから爆音で流れている。
その音がある場所では、十人ぐらいの若者が煙草片手に駄弁っていた。すると夏木を見つけた一人がにやついた。
「あれ、いい女じゃね。どうしたの? 泣いちゃって。悲しいことでもあった?」
近寄ってきた男の口臭からメンソールの匂いがした。夏木はこのナンパ男たちに相手をしてやることがわずらわしく思い、乱雑に突き放す。
「気持ち悪い。放っておいてくれる」
その言葉に眉根を寄せた男。明らかに憤り始めている。
「なんだと?」
「あんたみたいな下品な男と話すのが嫌なのよ。察しなさいよ」
男が夏木の胸倉を掴んだ。そして群がってくる他の男たち。
夏木は心の中で嘆息した。ああ、面倒臭い。
「おい」
後ろから芯のある声が届いてきた。男たちが振り返る。「誰だ?」
学ラン姿の、煙草を吸っている、そして片手にコンビニ袋を持った少年がこちらを睨み付けていた。
「その子、嫌がってるじゃないか。手を放してやれよ」
酷く、整った顔立ちの少年だと思った。そしてその少年が身に着けている制服は夏木が通っている学校のものだ。
「なんだと? ガキは家に帰って寝ろよ。イキがってんじゃねーぞ。この野郎」
夏木へ掴む手が解かれ、男たちがその少年の許へと向かう。
「俺たちに喧嘩を売るなんていい度胸だな。生きて帰れると思うなよ」
まず男が少年の顔面へ拳を突き出した。だがそれを回避した少年。男の大腿に蹴りを浴びせると、男が怯んだ。その際に出来た一瞬の隙を少年は見逃がさなかった。顔面に右ストレートを繰り出した。その速さは一瞬で、目にも止まらぬ速さとはこのことを言うんだと思った。それを喰らった男は瓦解した。地面に崩れた男を見やり少年は微かに口角を歪ませた。
この瞬間が退屈で仕方ない。そんな表情をしていた。それを嘲笑と受け取ったのか他の男たちはいきり立つ。
一人で敵わないなら集団で、と考えたのだろう。多勢で少年に殴りかかった。だがその攻撃を素早くよけて、集団特有の弱点を衝いて一人一人倒していった。もはや圧巻だった。
夏木はその光景を眺めながら呆然としていた。そこへ少年が近付いてくる。「大丈夫?」
頷いて、凛々しく立つ少年の姿を観察する。熱のこもった視線に少年は、
「どうしたの。そんなじっと見て」
と首を傾げた。
少年は気付いていないのだ。自分が先ほどやった常識離れした離れ業に。それが普通ではないことに。
夏木はこの時思った。少年は“戦士”なのだと。自身の強さを驕ることなく、平然と戦いのけるその姿はまさしくそうだ。その少年に、夏木は心からかっこいいと思った。
「あのー名前は?」
思わず漏れ出ていた言葉に夏木は驚いた。それは少年も同じだったらしく目を丸くしている。そして遅れて――。
「小野健二だよ。でも名乗ったところで会う機会はもうないだろ?」
「学校同じだから。その制服がそうだし」
制服の胸部分に夏木の学校の校章が縫い付けられている。
それで納得したのか少年――健二は頷いて、
「じゃあまた学校で会えるといいな」
そう言い去っていく。その後ろ姿に夏木は見惚れてしまっていることに気付き、赤面した。
この時、夏木は健二のことを好きになった。あの勇姿に惚れたのだ。