中学から少し離れたコインパーキングに、黒のワンボックスカーがあった。これで半グレたちはいつも移動しているらしい。
夏木たちはそれに乗り込むと五反田方面へと向かった。
無免許が運転することに、夏木は恐怖心を抱いていた。それを見透かした男が、「安心してよ。こいつは運転上手いからさ」と言ってきた。いや、全然安心できないのだが……。
それから大体三十分ほどで、もう営業していないパチンコ店に着いた。
扉が破壊されていて、容易に入ることが出来る。店の中ではほこり臭い室内に、陳列されたもう使われていないスロット台。男たちと共に裏の事務所へ入るととても暗かった。電気が通っていないのだろう。男が机に置かれた懐中電灯を点けてわずかに部屋を照らす。
少しの光を頼りにパイプ椅子に座る。他の男たちもそうして、鞄から数台の携帯電話を取り出す。犯罪に使うものは飛ばしの電話だろう。名義が不確かなものをそう言う。
「なあ、あのダシ子とは連絡がついてんのか」
「ああ、ついてるから安心しろ。まだ信用できない奴だから周囲にマークさせてる。ビビッてサツに駆け込まれたら面倒だからな」
ダシ子とは、詐欺などで通帳に振り込まれた金をATMから出す者のことだ。
この一連の会話から察するに半グレたちが主にやっている犯罪は振り込め詐欺だろう。
男たちが慣れたように電話をかけ、饒舌に相手を騙している。その様子を見て、夏木は粟立った。不快で気持ちの悪い奴らだ。人を騙すことに何の躊躇もしないのか。良心が痛まないのか。夏木の潔癖さがこいつらを憎悪に感じさせる。
電話が落ち着いたのか男がこちらを見やって、
「お前、入会式やるか」
「何それ」
男がポケットから煙草の箱を取り出して、
「ほら、ヤクザって組に入る時、親兄弟の盃を交わすんだろ。だから俺らもお前の入会を祝ってさ、酒じゃないけど煙草でしようと思ってさ」
そして箱から一本の煙草を取り出し、夏木に差し出した。
「嫌よ。煙草なんて吸いたくない」
「は? 俺の好意をむげにしようと言うのか。ふざけるなよ」
男の眼力が鋭くなる。夏木は怖くなってそれを受け取った。断ったら何をされるかわかったもんじゃない。
男がジッポの火を点けて向けてくる。息を吸いながらその火にくわえた煙草を近付けた。じりじりと先端がこげて煙が出る。メンソールの味が舌に触れる。この時、夏木の潔癖さが少し汚れた気がした。
息をはき出すと、男は笑った。「さまになってるじゃないか」
「それ、全然嬉しくないんだけど」
「まあ、そう言うなって。……話変わるけどさ、小野健二って知ってる?」
男から意外な人物の名が出たことに驚いた。だが、健二について話したくない。なぜか、そう思った。
「知らない。どんな人なの?」
「六月に『赤城』っていう日本一の暴走族に入ったらしい。そこからも、その以前も喧嘩が無敗で不良界隈なら誰もが知ってる有名人だよ。そいつがうちの学校にいてな」
健二が暴走族? 確かにあの喧嘩強さなら所属していてもおかしくないだろう。
「夏木ちゃんと同じ学年だから、てっきり知っているもんだと思ったよ」
「私……ずっと不登校だったから。そういう学校の事情に疎いの」
そうか、と男は納得した。すると別の男が意気揚々と、
「五件引っかかった。今日はいい日だな。早速ダシ子に連絡するよ」
そう言ってまた電話をかけだした。それから一時間後、部屋に青年がバッグを持って現れた。
青年がそのバッグから大量の札束を取り出し、机に広げた。
「ざっと五十万はあります」
「ありがと。じゃあこれお前の取り分な」
男が青年に十万円を渡す。すると青年はにやついた。ありがとうございます、と言って去っていった。
男たちは四人。取り分はそれぞれ十万円だろう。そう思っていたら、夏木に五万円を渡そうとしてきた。
「なんで私がお金を受け取るの?」
「大門やってもらってるし。ほら、早く受け取れよ」
夏木は首を振った。「いらないわ。そんな汚れた金、使いたくないもの」
「全く、夏木ちゃんは頑固だな」
さて帰るかとパチンコ店から出るとすっかり夜になっていた。
ワンボックスカーに揺られながら自宅に向かう。話によると送ってくれるそうだ。
夏木の自宅を見た男が驚く。「豪邸じゃないか……」
言われてみれば立派な和装住宅だった。門構えからして豪華だ。
車から降りて門を開いた――。
*****
十月五日。また不良グループに呼び出された。校舎裏に行くと不良たちはとても苛立っているようだった。多くの煙草の吸殻が地面に転がっている。
夏木に気付くと一人が気まずそうに口を開いた。
「夏木ちゃん……。俺たち、つぶされるかもしんねえ」
不穏な空気に夏木も思わず緊張してしまう。
「どういうこと?」
「俺らのチームの覚せい剤のウリ子がある奴に薬売ったらしいんだが、そいつは『赤城』のメンバーだったんだ。『赤城』は薬の売買を禁止にしていて、だからそのメンバーが破門にされた。そいつがそれを俺たちのせいにして、裏で『赤城』の親しいメンバーを集めているらしい。俺たちに抗争を仕掛けるつもりだろうな。なあ、こんな話、酷いと思わないか。お前のおじいちゃんのヤクザで守ってくれよ」
夏木は阿呆らしくなって、重苦しい溜息をついた。
「そんなの無理よ。ヤクザはガキの喧嘩に首は突っ込まない。暴対法のこともあるし、あんたたちを助ける義理はないと考えるはずよ。どんだけ私が頼もうとね」
「くそ、大門の意味ないじゃないか」
重い表情で男が言う。
「その集めているグループの中に、小野健二がいるらしい。だったら健二をシメてそいつらを牽制すれば少しは状況が変わるんじゃないか」
馬鹿か、と思う。不良は仲間内の損害は自身の危害と捉える。仲間がやられたら自分の怪我だと思え、そしてやり返せが常套句だ。それを半グレが理解していないのか。
「今日中に健二を呼び出しておけ。あそこであいつをリンチする」
それから夕方。なぜか夏木も車に乗せられて、山奥にひっそりと佇む廃校に着いた。車から降りてグラウンドには健二がいないことを確認する。校舎の中に入る。灯りのない薄暗い廊下を歩いた。二階に上がってしばらくすると後方から声をかけられた――。
「お前たちか。僕をここに呼んだのは」
夏木たちは振り返る。そこには夕暮れの茜色がその整った顔に差していた少年、小野健二が立っていた。
「要件は何だ。こんな場所に呼び出したってことは、喧嘩か?」
「理解が早くて助かる。お前の親しい奴に恨みを持たれてな。そいつが俺たちに報復する前にお前を殺っておきたいんだよ」
「理由がよくわからないんだが」
健二は首を傾げていた。確かに今の説明では理解できないだろう。だから横にいた男が詳しい事情を話した。すると健二はわずらわしそうに頭を掻いて、「面倒だな」と呟いた。
「とにかく、お前をつぶさなくちゃいけないんだ。おい、やっちまうぞ」
男たちはそうして自身を鼓舞して健二の許へと走っていった。一人が健二の顔面へと猛烈な拳を披露するがそれをわかっていたかのようによける。その時出来た隙にそいつの腹を思いっきり殴ると呻きながら倒れた。健二はそれを冷めた目で見ていた。他の三人も殴りかかるが、喧嘩慣れしていないのか、すぐに戦闘不能に陥った。ものの数分の出来事だった。
「君も、この男たちと仲間?」
健二が拳をさすりながら近付いてくる。夏木は首を振って、
「違うわ。ただ今日は強引に誘われただけよ」
「そうか。……じゃあもう帰ろうか」
校舎から出て門の付近に一切改造されていない大型バイクがあった。
「健二君って、暴走族なのにバイク改造してないんだ」
「どうして僕が暴走族にいることを知っているの?」
「いや、学校中に噂になってるし。それにあいつらから聞かされた」
健二はバイクを触りながら、
「あんまりバイクとか詳しくないからさ。機械音痴なんだよ。僕」
「何それ」
思わず夏木は笑ってしまった。それを見て健二も微かに微笑む。
「何でここまで来たんだ?」
「車。私ここの場所とか全然知らないんだ」
「じゃあ家まで送ってやるよ。後ろに乗って」
言われた通り後ろに跨る。健二も乗り込んでエンジンを点けた。
スタンドを上げてバイクが発進する。強く当たる風が気持ちよかった。