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第11回

 薄闇の中、数少ない光を集積したようなきらめきが一筋走る。


「黙って聞いてりゃぐだぐだぐだぐたくだらねえ御託ばかり並べやがって。

 だーれがおびえてるって? この、おしやぺり魅魎が! 思い上がってんのはてめえのほうだ!」


 おまけに要らんことまで口にして、思い出したくもないことを思い出させようとしやがって。

 すっかり気に障っちまったぜ。


 あらん限りの殺意を視線にこめて、宙の男を見据える。


 寸前で空を転移し一刀両断されるのは避けられたものの、肩ロをかすめた小さな痛みに手を添えた男は、今だ驚きの冷めない顔をしてタガーを見ていた。


 今となっては邪魔なだけの偽装の布を風に飛ばし、不意打ちで両断できなかったことに舌打ちをする。それはまだ少年だった。

 野良犬のようにひどく痩せこけ、飢えた獣のごとく目をギラつかせた少年。

 だが間違えようもなく、その身からは宿敵たる魔剣士特有の強い気が、燃え盛る炎のように噴き出している。


 しかし、魔剣士といえどこれだけみごとな命の炎は滅多に見られるものではない、と男は考える。

 たとえ半分といえど、本当に人であるのか疑いたくなるほど強い輝きを放つ心臓……それを今まで隠していたというのだろうか?

 この少年が。


 おいそれとは信じられない思いで見る。だが何よりも男を驚かせ、目を引きつけたのは、その手に握られた大剣だった。


 幅も長さも、普通の長剣より確実に二回りは大きい。しかも完全に鞘抜きされたその刀身は、あろうことか闇色をしているのだ。


 たとえ月齢六の脆弱な月明かりとはいえ、一切の光を弾くことなく、タガーの横顔すら映さない完壁な闇の刀身。そう、まさに魅魎である男の瞳と同じに。


 魔剣士が操る魔剣は、どれひとつとっても同じ、清浄な光を発している。その上で、火炎系・凍気系・雷撃系・光波系といった、特有の技を放つ。


 では、これは何だ?

 闇の刀身という、魔剣にはない、ありえない、その姿。


 ぞくりと男の背筋を寒気が走る。


「きさま、どこでその剣を手に入れた? それは――」

「ああうるさい!」


 これ以上他人のことに干渉するなとばかりに言葉で言葉をふさぎ、空を突く。

 大剣とはいえ、届くはずのない距離。だが剣先から闇の一閃がほとばしり、その見えざる太刀は風という力とともに頬の薄皮を裂いた。


「なんだと!?」


 走った熱い痛みが、考えに没頭しかけていた男を正気づかせた。

 わが身を傷つけるとは、許しがたいとこぶしを震わせる。

 だがこの一撃すらも、男にとって、自らの推論を裏付けるものとなった。


「やはりその剣は――」


 頬を伝う黒い血を拭う手をあて、男はまたもや何かを口にしようとする。が、その間も与えずタガーはさらに一歩踏みこむと剣で空を薙いだ。


「黙れっつってんだ!!」


 ほとばしる閃光は激しい音をたてて空を疾走する。

 いや、走っているのではない。こめられたその力でもって空を引き裂きながら、男へと向かっているのだ。


 他に類を見ない、荒々しい力ずくの攻撃。男は迫るそれを目前にして身を縮めるわけでもなく、今度はまるで宙に足場でもあるように優雅に後転し、さらに高処へと身を移しただけだった。


 月を背に、しゃらん、と袖の銀細工が鳴る。


「これはずいぶん気の短い」


 おそらく男の用いる言葉は総て嘲りによってできているのだろう。軽く笑って言う、その顔にはすでに先までの余裕が戻っていた。

 もとより繰り出したタガーもこの程度で倒せる相手とは思っていない。先の太刀がかすめられたのも男が自分をただの人と思い、油断していたからだ。それは十二分に分かっている。


 ただ、あの聞くだけで癇に障ってくる言葉を止めたかっただけだ。


「……ってんだよ……」


 低く何かをつぶやいて、きつく睨み上げる。

 魅魎という存在をこうして目の前にしながらおそれなど微塵も見せず、不敵なまでに敵意を燃やすその目に含まれた己への不当な評価には、男も眉をひそめた。


「うるさいっつってんだよ! このばか魅魎がっ!」


 ほえるように、タガーはそう言葉を叩きつけた。


「どいつもこいつも、いちいち人のことを持ち出しやがって! そんなくだらねえことばかりぐだぐだ言ってねえで、さっさと遺書なり何なり用意したらどうだ? いくら脳みその足りない魅魎だからって、俺がどうしてここにこうしてるかも分からないほどのあほうじゃねえだろ!

 分かったらんなことしてねーで手早くすませてあとくされなく消えちまえ!」


 先の男の言葉に勝るとも劣らない高飛車な罵りをぶつける。


 こうして目の前に姿をおいてやっているというのにそのことに感謝すらせず、自分を尊重する意志もない無礼な態度と言葉には明らかに気分を害したと、男はますます目を細めてタガーを見下ろした。


「そうか、きさまがわが主の……。

 しかし、どうやらおしおきが必要なのは町の者だけではないとみえる。このぼうやときたら、目だけでなくロの利き方もなってないときた。よくもこの私を前にしてそれだけの物言いができるものだ。もっとも、ならではのことか。

 わが主の目にとまっただけはあるということを思えばな」


「! おまえ、あいつを知ってるのか!?」


 タガーの面に初めて驚きが浮かぶ。

 そして次の瞬間、これまで以上の殺意にギラつく歓喜がそれととってかわった。


「てめえの主の名前は何だ! 言え!!」


 宙の男に剣の切っ先を突き付けて、タガーは迫った。

 その行為の厚かましさに、男は眉をひそめ、舌打ちをする。


「なんということだ、まるで行儀がなっていない。話には聞いていたが、まさかこんな粗野な野良犬だったとは。

 知っているか? 弱い犬ほど己の分もわきまえずうるさく威嚇するものだ。自分を知るどころか、そうしている相手の力量をはかることすらできない」


 今のおまえがまさにそれだと笑う男を前にして、タガーは剣を低くかまえた。


「言ってろよ。言えるうちが花ってものさ。

 ああ、それからばかなのはべつにてめえだけじゃないから安心しな。今まで俺にやられたやつらも、てめえと同じでばかばっかりだったよ」


 そんな、どこまでもへりくだろうとしないタガーの言葉に、男は表情を凍りつかせた。


「小うるさい、犬が……。

 自分を猛獣か何かと思い込んで、キャンキャンわめくだけの犬は、小生意気な女のヒステリもーよりも気に障る」


 組んでいた足を解き、すっくと立つと男は髪を硫いた。その髪端が流れるように宙に広がり、そのまま吹き上がる風に乗る。


「いいから、てめえの主の名前を言えっつってんだよ」


「……この私を前にしてその分もわきまえず、あくまでぞんざいな物言いを続けようとする度胸に免じて教えてやろう。

 わが名は風乱ふらん。魅魔・皇焔輝こうえんきさまの眷属、魘魅・風乱だ!」


 さあひれ伏すがいいとばかりに高く言い放つ。

 言葉とともにタガーに向かったのは、鋭利な刃で容赦なく岩をも切り裂く、風の太刀だった。

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