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第5話 才能の発露 2

 拝啓 お母様。

夏の暑い時期が過ぎ、クーラーの電気代に悩まされる未来から開放される、過ごしやすい時期になってきましたね。

ここから一気に冷え込みますので、冬への準備を忘れないようにしたいところです。


 さて、お母様。

やろうと思えば一日で往復できる距離に住んではいるものの、貴方はわたしの負担になるだろうからと、子育てがひと段落ついた頃、もしくはわたしからのヘルプがあるまでは動かない、と。そう仰ってくれましたね。


 その気遣い、とても嬉しく思います。

ですが同時に、子供の成長は早いものです。

わたしは実の親であるお母様。そしてお父様とも、この喜びと驚きを分かち合いたい。


 ですので、ご都合をみてぜひ近い内においでください。

子供の成長は一瞬です。本当に一瞬です。

子どもたちは日に日に目を見張る成長を遂げています。

お母様も驚くことでしょう。

だって――。


「一年経たず、歩き出している子がいます」


 もはや爆走しています。


「陸ーっ! ちょっ、待っ、どうやってそんなとこ登ったの?! 天井だよ?! 忍者なの?!」


 うちの子の一人は、毎日大人たちが追いつくのに苦労するほどのスピードで爆走し、いろんなところに登っています。

この間は窓のカーテンレールにぶら下がっていました。肝が冷えました。

いずれ屋根の上で星でも見ていそうで怖いです。齢一歳未満の子供です。


 そして驚きの成長を遂げる子がもう一人います。

海です。お母様が海のようにおおらかね。そう言ったあの子です。

あの子は今。


「かあさん。りくはとうさんがみているから、かあさんはそらをみてやって。そら、ウンチだって」

「あらあらあら。空、オムツ汚れたなら泣いていいのよ? 機嫌よくキャッキャしてなくていいのよ?」


 教えられて、直ぐ様代えのオムツを取りに行く。

そして戻った時には、ずり這いの赤ちゃんがふたり、向かい合って並んでいました。


 海と空です。

海は、挙動は一般的な赤ちゃんそのものの成長を送っていますが、驚くべきはそのお口と頭の良さです。


 彼がパパママ喃語をすっ飛ばして、【そら】と名前を呼んだその日から、めきめきとおしゃべりが上手になっていきました。


 ええ。ぶーぶー、とか、わんわん、とか、そういう繰り返し単語すらしゃべらない内に、大人にもわかる文章を話し出したのです。

ハイハイすらまだできない赤ちゃんが、ですよ?


 今では立派に、空の通訳を熟すまでになっています。


 というのは、残る一人、空。

彼女はお義母さん曰く、平均的な成長速度の子供ではありますが、大体常にご機嫌なんです。

お腹空いても笑ってて、オムツが汚れても笑ってる。

 だから、親がオムツが汚れているのを発見したときには、空のお尻が真っ赤になっていることもよくありましたし、ミルクの時間に何日断食していたの? と問いたくなるような勢いで飲み干すこともざらにありました。

 もちろん、お医者さんの助言通り定期的に授乳はしていますが、その間にお腹が空いても、泣きもせずにただにこにこと笑っているだけですので、とてもお腹が空いている時には勢いよく哺乳瓶を空にします。親の不甲斐なさはあるものの、健康自体は元気でいいことです。


 空には可哀想なことをしたと思っています。

ですが、海がおしゃべりを始めて、空の思っていることや状態を、逐一教えてくれるようになりました。


 だから今は、空のお尻が赤くなることはないし、お腹が空きすぎているということもありません。

親としてどうなんだと言われそうではありますが、海にはとても助けられていますし、空は今日も赤ちゃんしています。

陸は早くにやんちゃ盛り。ほら、今も。


「陸! 空を抱っこはしちゃだめよ」

「う?」

「赤ちゃんは繊細だから、普通は赤ちゃんが赤ちゃんを抱っこすることはないはずなんだけどねぇぇぇ」


 兄妹が好きで構いたくなるのは分かります。分かるのですが、貴方も赤ちゃんなんです! 同い年の!

なんで同じ赤ちゃんを抱えられるくらいの腕力を持っているのかね、陸くんや。


 立って、歩いて、走って、登って、抱える。

そんな幼稚園児くらいの動作ができるこの子は、まだ一歳未満なんです。信じられないかもしれませんが、一歳未満なんです。


 陸が立ち、海が喋って空赤ちゃん。


 そんな俳句を読めてしまうほどに、成長が早い我が子たちを、どうぞ早く見に来てください。

そうでもしないと、あまりの成長速度に、お母様が来る頃には恐らく、幼稚園に通うくらいの子供の発育を遂げているかもしれません。

 貴方本当に赤ちゃん産んだの半年前? って言われそうな未来が見えています……!


 本当に、早くいらしてください。

心の底からお待ちしています。

この言葉を、この手紙の締めとさせていただきます。

お身体にお気をつけて。


敬具



「……さて」


 母に宛てた手紙を封筒に終い、現実に目を向ける。


「陸、いいか、そっと、そっとだぞ、そっと降りてくるんだ、いい子だから」


 陸が望さんと攻防を繰り広げている。

彼らが今度は何で戦っているのか、見ただけで分かった。

また天井の角に貼り付いている。

あれどうやってるんだろう。


「いい子だから、そこから落ちたら大怪我じゃ済まないからぁぁぁ……!」


 望さんの弱々した叫びに、反応したのか、陸が壁を掴む手をパッと離す。


「ああぁぁぁぁっ!!」


 叫び声を上げて陸を受け止めに行く望さん。

その顔面に、陸は滑空して掴まった。


「ぶへっ」


 勢いを殺しきれなかった。

背中から倒れ込んだ望さんの傍にいた海が、陸の乗る彼の額をペチペチ叩いている。


「とうさん。たんこぶには、みずでねったさとうをはっておくといいそうだ」


 PS お母様

うちの子達はたった今、ムササビ飛行を覚え、おばあちゃんの知恵袋を披露してくれました。

今後の成長が楽しみです。

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