目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第7話 海、知的好奇心 2

 科学館。

帰りの道中、車の中。

 後ろの席で三つ並んだチャイルドシートに揺られ、仲良く眠る三人の姿を見て、頬が綻ぶ。


「寝てる?」

「ぐっすり」


 望さんの声量を抑えた問いに、同じく控えめな声量で返す。

三人はひそひそ声くらいでは起きないくらい、深く眠っている。

相当疲れたらしい。科学館でのみんなの姿を思い出し、わたしはまた笑う。


「陸と海、すごいはしゃぎようだったからね」

「ええ。それに、海。なんだか海の生き物に興味を持ったみたい」

「へえ! それはまた」

「シロナガスクジラの骨格標本に、なにか感じることがあったみたいよ」


 あの時の海は、止めなければいつまでもあそこにいたと思えるほどに、あの骨格標本に見入っていた。


「その後のプラネタリウムなんて、海の映像が先に来ちゃったから、ふふ、あれだけ宇宙の始まりを気にしていたのに、もう星空とかは見ていても心ここにあらずって様子だったよ」

「子どもの興味って移ろいやすいって言うからね」


 望さんも、見ていない海の様子を思い浮かべているのか、その口元が綻んでいる。


 彼はふと、窓の外を見る。

高層ビルに囲まれた、見慣れた灰色のコンクリートジャングル。

彼はその寂しい色彩を見つめ、ぽつり、提案をする。


「もう少し大きくなって、浮き輪とか使えるようになったら海にでも連れて行ってあげようか」


 わたしは両手を上げて喜んだ。


「いいね。海、喜ぶと思う」


 考える。思い浮かべる。海が、自身の名を冠する海を初めて見た時の、驚きに彩られる表情を。


 思わず綻び咲く笑みを抑えきれず、わたしは自身の両頬を手で押さえた。


「陸はどうだったの? 体を動かすアトラクションがあるって言っていたけど……」

「本当に乳児ですかって疑われたよ」


 望さんの横顔を盗み見る。遠い目をしているのが分かる。


「一歳にもなっていないのに、ボルダリングをね……。なんか、登れちゃっていてね……」


 望さんはぼやく。

流石にてっぺんまでは行かなかったそうだが、それでも中腹まではよじ登っていったという。


「待って、よく登らせてくれたよね? 正直ビックリするほど陸が運動の天才だって言っても、それでも体格は乳児なのに……」


 スタッフさんに止められずに登ることができたのか。そこが疑問だった。


「ちゃんと見てたんだよぅ。だけど一瞬目を離した隙にもう登り始めてたんだよ……」


 メソメソと、望さんが嘆く。

猪突猛進、猫まっしぐら。スタッフさんすら気付かない内に、ボルダリングの足場に手を掛けていたという。


「陸の体格に合う安全帯は無かったし、そもそもつける前に登っていったから……。落ちてもいいように、陸の真下を頑張って陣取っていたら……」


 夕日に照らされる望さんの額が、心做しか赤く見えた。


「落ちてきた陸にオデコを蹴られて、陸は綺麗に着地したよ」

「望さんは?」

「僕は倒れた」

「かわいそうに」


 軽口を叩き、もう一度子どもたちの顔を見る。


「空は、知らない場所に来て疲れちゃったかな」


 望さんの問いかけに、微笑む。


「空は、陸と海に挟まれているだけで安眠する子よ」

「空は二人が大好きなんだね」

「ええ。とっても好きみたい。二人が起きていれば空も起きてて、寝ていればどれだけ遊んでいても、二人のそばで寝ているの。気が付いたら」


 願わくば、三人が大きくなっても、変わらず仲がいいことを祈る。


「そうだなぁ。もっとみんなが大きくなったら、そうだね。海に行って、キャンプをするのも面白そうだよね」


 望さんが未来を展望する。

わたしの頭の中には、賑やかなその情景が思い浮かばれた。


「……うん。絶対に楽しい」


 陸はバーベキューは好きかしら。

海はシュノーケリングを喜びそう。

空は……。二人といれば楽しそうだけど、空自身の好きなことが見つかっていると嬉しいな。


 子どもたちが幸せになっている未来を祈るのは、中々母親らしいと、わたしの中に母の姿を見つけ、変わったな。なんて呟いてみる。


「変わらないこともきっとあるよ」


 呟きを拾う望さんは車庫に車を入れるために、モニターで背後を確認している。


「陽毬ちゃんは、出会ってから子供を産んだ今でも、ずっと優しい女の子のままだよ」

「望さん」

「僕は年甲斐もなく、陽毬ちゃんのそういう所に惚れたんだ」


 車庫に入れ終わった望さんは、ほっとひと息ついた後、車のドアを開ける。


「陽毬ちゃんは空をお願い。陸と海はぼくが運ぶよ」

「分かった。お願いします」


 よっ、なんて掛け声をかけながら、両脇に陸と海を持ち上げた望さん。


「陽毬ちゃんは明日、児童館?」

「そうだよ。やっぱり、三つ子だけで完結するより、外にいる友達が欲しいかなって」

「うん。すごくいい考えだと思う。でもね」


 空を抱え上げ、もう片手に荷物を持つわたしへ、望さんは声を掛ける。


「合わないって感じたら、無理に仲良くなる必要はないんだからね」


 首を傾げる。


「仲良くなるなら、子どもたちは自然と仲良くなってるよ。親抜きでさ。だから、陽毬ちゃんが合わない親御さんと無理に合わせる必要はないからねってこと」

「? うん、分かった。無理はせずに行ってくるね」

「本当に分かってるのかなぁ……」


 訝しむ望さんの懸念通り、わたしは分かっていなかった。

世間は意外と、好奇心と品評精神。それから排他的精神に溢れているってこと。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?