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第9話 母、児童館へ行く 2

「でも元気でいいじゃん! 病弱で手がかかりすぎるより、全然いいよ!」

「ですよね! 元気なのでそれでいいんですよね!」


 真理藻さんの励ましを受けて、わたしは勇気をもらった。


(そうだ。皆が元気ですくすく育ってくれればそれでいいんだよ。見た目が人と違っても、わたしたちの可愛い子どもたちであることに違いはないし)


 子どもたちに目を向ける。

日向ぼっこしている内に、いつの間にか爆睡している空を見下ろすように、陸と海が集まってきている。

海は花ちゃんと何事かをおしゃべりしながら、空を観察している。

陸は空のほっぺをもにもに引っ張っては離す遊びを繰り返している。

空は気にせず爆睡している。平和だ。


「あっ! そうだ!」


 突然思いついたように、真理藻さんはポケットからスマートフォンを取り出す。


「陽毬ちゃんが良かったら、連絡先交換しない?」

「えっ! いいんですか! ぜひ!」


 わたしも慌ててカバンからスマートフォンを取り出し、起動する。


「メッセージアプリでいい?」

「はい!」


 わたしたちは連絡先を交換した。

緑色のアイコンが印象的な、手軽にチャット形式でメッセージのやりとりができるあのアプリ。

その連絡先にひとり、新しい友達が追加された。


「この花ちゃんのアイコン可愛っ」

「陽毬ちゃんはアイコンデフォルトじゃんー。三人の写真とかに変えたら?」


 ポチポチ何事かを弄っている真理藻さんの隣で、わたしは唸る。


「写真はいっぱい撮っているんですけど……。全て夫の一眼で撮っているものなので、手元にデータが無いんですよね」

「パソコンからデータ移動できるよ?」

「えっ」


 なんでもない風に告げる真理藻さんに目を開く。

そんなわたしの傍らで、真理藻さんは「できた~」と満足気に画面を眺めている。


「名前変えてみた」


 名前を変えるなんてできるんですか。

知らない機能が次々と出てきて、わたしの頭はパンク寸前。


「……最近の技術は進化しているんですね」

「やだ、陽毬ちゃんってば! おばあちゃんっぽいよ! 昔からある技術だって」


 コロコロ笑う真理藻さんの笑顔を見ながら、わたしは世間からズレていることを自覚した。


「真理藻さん」

「はいはーい?」

「あとで、名前を変える方法を教えてください」


 あと写真の移し方。

ひれ伏す勢いでお願いをすると、真理藻さんは指で丸を作って快諾した。


「いいよー!」


 真理藻さんはとても嬉しそうに笑っている。

その顔は、機嫌の良さそうな花ちゃんとそっくりだった。


「花ちゃんって、真理藻さんとそっくりですね」

「えー? そうかなー?」

「笑った顔とかそっくりで可愛らしいです」


 真理藻さんがぽっと頬を染める。


「照れるー」


 キャラキャラ笑う真理藻さん。暑そうに手で顔を仰いでいる。


「ここにはいつもどのくらいに?」

「大体毎週火曜と木曜日のこのくらいの時間にはいるかな。義母がデイサービスでいない日に来ているの!」

「火曜と木曜日……。次は木曜日ですか?」

「うん! どうして?」


 真理藻さんの疑問受けて、その言葉を言う、その間を少し恥じらう。

けれど、彼女の純粋な目に、真摯に答えることを決めた。


「また、会えたらいいなって」


 わたしの答えに、途端キラキラと輝き出す目。

彼女は私の両手を握り、勢いよく上下に振った。


「もちろん、もちろん! あたしもまたお話したい!」


 ここまで喜ばれるとは思わず、わたしは一瞬呆ける。

けれど、徐々に心の底というところから、嬉しさがじわじわ滲み出て、口元が緩く弧を描いた。


「嬉しいです! では、また木曜日に」


 指切りげんまん。

昔々の大昔に約束したきりの誓いの儀式。

懐かしさを秘めながら、わたしたちは指を切る。


 誓いの儀式を交わして少し。

待ち侘びた木曜日。

事件は起こった。


***


 子どもたちを連れて児童館。

ベビーカーから子どもたちを降ろすと、皆思い思いに散っていく。


 陸は車のおもちゃを取りに走り、空は日向まで転がり日向ぼっこの姿勢。海は大切に持ってきたイルカの図鑑を腕に抱え、そわそわと辺りを見渡している。


「花ちゃん、まだいないねぇ」


 パッと見上げる海の視線。

その視線は明後日の方向へ、拗ねたようにそっぽを向いた。


「べつに、いなくてもこまらない」


 そんな事を言いつつ、どこか寂しそうな影がその顔に落ちる。


「大丈夫よ、海。花ちゃんきっと来るからね」


 海を慰めつつ、陸が暴れ回りすぎていないか。空が熱中症になっていないか。しっかりと目を配る。

 この児童館のスタッフさんも、子どもたちの様子をよく見てくれていると言っているため、安心ではあるが、母としてやれる事はちゃんとやる。

その一方で、頭の中には心配事。


(真理藻さん、遅いな。事故とか無ければいいけど)


 心配は表に出さず、子どもたちの様子を見ることしばらく。


「もしかして、そこの子たちのお母さんですか?」


 知らない声が掛かった。

振り向くと、この間は見なかった顔が覗き込んでいる。


「そのアルビノの!」


 圧が強めのお母さんが一人。距離を縮めて近くに座る。


「この間見かけたときから、お話したいなって、ずっと思ってたんですよー。お隣いいですか?」


 もう既に座っている隣を指定され、どうぞと言う他無かった。


「ありがとうございますー。珍しい色彩ですよね、あの子たち。染めてるんですか?」

「そうですかね。染めてはいませんよ」

「そうですよ! いいなぁ、天然物かぁ」


 心底羨ましそうに羨望のため息を吐くそのお母さんは、じっと空の方を見ている。

空は呑気にプスー。と寝息を立てている。


「そんなにいいって言われるほどのことですか?」


 疑問を吐けば、彼女は「そりゃそうですよ!」と熱弁する。


「だって、アルビノって珍しいんですよ! しかもそれが三人もいるなんて!子育てチャンネルにでも出せば、数字取り放題じゃないですか!」


 何かが急激に冷める音がした。


 そういう価値観の人がいることは否定しないけれど、わたしとはどうも合わなそうなお母さんだ。

「へえ、そうなんですね」なんて適当に話を濁して、この場を切り抜けよう。そう考えた矢先。


「ぎゃああっ!」


 尋常じゃない叫び声。

その場の視線が、そちらへ集まる。

そこには。


「陸!」


 泣き叫び鼻血を出す男の子と、拳を握る陸がそこにいた。

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