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第30話 初めての海外 2

「はーい、みんな窓の方に座ってね」


 離陸直前、飛行機の中。

窓際の二列を縦に四列分席を取ったのには訳がある。


「で、大人は通路側で」


 即ち、好奇心旺盛な年ごろの子供たちを、うっかり飛行機の中に放流しないようにする作戦だ。

子供たちがトイレと言った時には、隣に座る大人が付き添う。

完璧なマンツーマン体制を敷くことにより、子供たちが飛行機の中で行方不明になったり、ほかの乗客の人たちに迷惑をかけないようにする。


(大変だった……。定期的にビデオ通話に参加してくれた両親と義両親には感謝しかない……)


 夜な夜な……はさすがに無かったが、週一程度の頻度で、この旅行に関する会議を定期的に行っていた。

行先の国はどこがいい、子供たちは何時間までなら飛行機におとなしく乗ってくれる。

現地のホテルは空港からどのくらいまでなら離れていてもいいか、観光の場所は、アクティビティは、巡る順番は、食べるものは、いざという時の病院の場所、万が一子供たちが迷子になってしまった際の対処法諸々、諸々。

その際に、飛行機の中の席順というものも当然議題に上がった。

最終的に決まったのが、この席順。


 先頭、花ちゃんとお義母さん。

お義母さんは最近、体力が衰えてきたと仰っていたから、一番年上で落ち着いている花ちゃんを見てもらうことにした。

 続いて、海とお母さん。

三つ子の中では一番大人しくいられる海を、女手であるお母さんにお任せした。

それに、海は花ちゃんと席が近ければ、やたらと動き回らないだろうと予想もしている。


(で、ここが鬼門だけど……)


 空と陸の席順は、飛行機に乗る直前までは、大人たちの話し合いによって決められていた。

無尽蔵の体力、大人顔負けの運動神経、反射神経を誇る陸は、保護者の中では一番若いわたしが担当した方がいいと話は出ていたし、わたしもそう思っていた。

しかし、乗車直前になって、陸。


「じいじと一緒がいい」


 ……孫可愛さに、自社商品であるプロトBeastのプラモデルを誕生日にプレゼントしたお義父さん。

現金なもので、陸の中のお義父さんの評価は、【強面でちょっと怖くて近寄りがたいじいじ】から、【おもちゃをくれるじいじ】へと変化したらしく、誕生日以来、何かとじいじと言うくらいには、お義父さんに懐いていた。

……尚、同じであるわたしの実父は、この話を聞いてしょんぼりしていた。


 閑話休題それはさておき


 孫に懐かれて満更でもないお義父さんは、直前の陸の申し出に快く応じ、わたしと席を変わることになった。


 そんな経緯で最終列。わたしの隣に空が座る。

シートベルトをアナウンスに従い着用する空は、じっと窓の外を見ている。


 空があまりにも静かで、初めての飛行機にはしゃぐと思っていた分、余計に気になった。


 思考を巡らせていれば、ふと。空がぽつりと呟いた。


「ねえ、ママ」

「どうしたの?」


 ずっと外を見ていた空がこちらを見上げる。


「こんなにおっきな飛行機も、お空を飛ぶんだね」


 投げかけられるのは純粋な感想。

聞けば、先に滑走路に入り、飛んでいた飛行機を見てそう感じたらしい。


「じじの仕事場では、飛行機ってもっと小さかったよ」


 空が見ていた飛行機は、製造していた小型の戦闘機。

それよりも大きい、旅客飛行機をここまで間近に見たことはなかった。

少なくとも、わたしの記憶の中では。

だから。


「すごいねぇ。大きいねぇ」


 空はこんなに、目をキラキラ輝かせているのだろう。

空の好きなものが増えそうな気配に、わたしは微笑ましく思いながら安心した。

空も、陸と海以外にも、好きなものが増えたらいい。

そんな願いが早々に叶いそうで。


「だけど、陽毬さんのお父さんは残念だったなぁ」


 空の姿に目を細めていると、前方からお義父さんの声。

わたしは若干の呆れを含んだ声で「あぁ……」相槌を打つ。


「ぎっくり腰ですね」


 本当は、父も旅行に来るはずだった。

だけど、一昨日。母から来た一報。


『お父さんぎっくり腰になったから、旅行いけないわ』


 あの時は驚いたと同時、理由も聞いて、わたしは遠い目で呆れた。


「もー、しょうがないんですよあの人は!」


 さらに前に座る母が、呆れ口調で文句を言う。


「孫との旅行を楽しみにする気持ちを抑えられなくて、誤魔化すために普段やらない風呂掃除なんてやるから……!」


 今日という日を楽しみにしすぎて、抑えきれなかった浮足立つ気持ちを何とか宥めるために、慣れない家事を手伝おうとした結果。

腰を曲げた瞬間に、腰にと効果音が走ったという。


「旦那さん、おうちに一人でお留守番?」

「ああ、旅行中は病院に入院してもらっていますよ」


 母曰く、ベッドに寝転がり、絶対に孫との旅行に行くんだー。と呻いていたらしい。

看護師さんに怒られていたとか。


「遠足前の小学生ですかって話ですよね」


 呆れたわたしの呟きに、母はため息、義母は苦笑いを零していた。


「もし、次に旅行の計画をするなら、お父さんも連れて行ってあげて」

「うん。そのつもり。帰国したら三人を連れてお見舞いに行くよ」


 お土産を持って、子供たちの土産話を聞けば、少しは気分が紛れるだろう。

二人の母に釣られて苦笑いを零すと、タイミングよく機内アナウンスが響いた。


「離陸します、だって。空飛ぶよ」


 空に声をかける。

声をかける前に、大人たちの話に飽きた空は、再び窓の外に噛り付いていた。


「わ……!」


 離陸する。見る見る地面が小さくなる。

海が見える。陸の形が下に浮かび上がって。


 やがて、雲の上に出る。

白と青の二色にはっきり分かれた世界で、空は呆然と、それでもどこか嬉しそうに外を見ながら言った。


「空の色だねぇ」


 そうだね。

彼女の言葉に同調し、非現実的な空の色を、目に焼き付けた。

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