目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

序章 青い花の咲く丘で 三つ子、高校生編

第49話 一体何処の馬の骨 1

「空ってどうしてモテないんだろう」

「いきなりどうしたの」


 高校生活始まって、そろそろ半年を迎えるころ。

帰宅部の娘が突然そんなことをぼやいた。


「だって! 空ってこんなにかわいいでしょ?」

「ええ。贔屓目なしに可愛い見た目をしていると思うわ」

「でしょ? それなのに、高校生活で空に浮いた話がないのはおかしいよ!」


 男の子から声もかけられないんだよぉ。

空は机に上半身を突っ伏し、脱力した嘆きを喚く。


「そんなこと言って……。自分から話しかけに行ってるの?」

「あ。ありがと」


 おやつのパウンドケーキとコーヒーを出す。

空は匂いに釣られて顔を上げた。


「話しかけてるよぉ。だけどみんな、空が話そうとするとそそくさと逃げてくんだよぉ」

「あー……。なるほどね」

「なんでだー! 空は男の子の友達も欲しいぞー!」


 うがー! なんて声を発する、小さな怪獣が生まれた。

小さな怪獣は、おやつをやけ食いとばかりにモシャモシャ食べている。


 嘆く空には悪いけど、わたしは空に彼氏ができない理由を知っている。

知っている、というよりも、この間知ってしまった。事故で。


(絶対言えないなぁ……)


 まさか、あなたの兄たちが原因ですよ。だなんて。


 事の発端は、陸に部屋から部活の道具を持ってきてほしいと頼まれたとき。


***


「陸ー? いつもの袋見つけたけど」

『助かるー! ありがと、母ちゃん! あとそれから、動画撮ってフォームとかも確認したいから、カメラも探してくれない? 多分机の周りにあると思う!』


 電話越しにやり取りをするわたしと陸。

あろうことか、陸は今日、部活に使う道具の一切を忘れていったらしい。

なにをやっているんだ。


「海が今日進学講習だから、一緒に持って行ってもらうよ?」

『それでいい! 助かったぁ』


 電話の向こうで安心したような声の陸。


「まったく。なんでまとめて全部忘れちゃうのよ」


 呆れて溜息交じりに吐き出せば、気まずそうな苦笑い。


『あー、はは……』


 言い辛そうに口ごもる陸に首を傾げていると、部屋の外から怒ったような乱暴な足音。


「ママー! 陸はどこ?!」

「空。陸は部活よ」

「もー! あのバカ陸! なんで空のお風呂セット持ってっちゃうの!」

「……陸?」

『はははー……』


 すべて察したわたしは、本気の呆れを電話の向こうに届けた。


『ハイ。女物の下着を見てやらかしたことに気付きました』

「空ー。陸、今学校にいるって」

「すぐ行ってくる! 待ってろ陸ー!」

「あっ、空、待って!」


 静止の声に止まる空。

わたしは部活の袋を空に手渡す。


「ついでに持って行ってくれる?」


 黙り込んで数秒。

空は袋を手に取った。


「しょうがないなぁ!」


 間違えて荷物を持って行ってしまった陸への怒りと、頼られて嬉しい気持ちがない交ぜになった、眉を吊り上げ、だけど口元はニマニマ緩んでいる複雑な表情を浮かべて、心なしか弾む足取りで、空は家を出て行った。


 まったく。素直じゃないんだから。

我が子たちを可愛く思っていると、わたしの手元に違和感が。

 何かを持っている。

それを恐々見下ろすと。


「……あ、カメラ!」


 陸に頼まれたカメラを、空に渡すのを忘れていた。

慌てて部屋から出ようとしたその時。


 ――から、――ってるんだよ――。


「え?」


 手元のカメラから音声が。

どうやら、間違えて何かのデータの再生を押してしまったらしい。


 陸は部活動のときにも、フォーム確認で動画をたくさん撮っているそうだから、そのうちのひとつを再生してしまったのだろう。


(やっちゃった、やっちゃった。……これ、どこで停止するんだろう)


 このカメラは、去年の陸の誕生日にあげたもの。

写真も撮れて、動画も撮れる。それも結構高画質。


(たくさん使ってくれているみたいで嬉しいな)


 ほんわかした気持ちで動画を止める術を探っていると、さっき再生してしまった動画は部活の動画ではないことに気が付いた。


(これ、どこ……? 少し薄暗いし……。どこかの建物の影?)


 思わず見てしまった動画には、薄暗い空間。

それから、髪色を明るく染めた、ヤンチャそうな男の子が……五人、かな?


(いったい何の動画だろう)


 目を細めて見ていると、動画の中の男の子たちがしゃべりだす。


『せんぱぁい。本当に天嶺の女の子呼び出したんすかぁ?』

『おうよ。まあ、おつむの方は残念そうだけど、見た目は上物だしなぁ!』

『いひひひ、間違いねぇや!』


 下卑た会話を繰り広げるその光景に、内心で吐きそうになる。


(天嶺の女の子って……。空のこと?)


 まさか、この男の子たち……。


『でも、こんなラブレターもどきでノコノコやってくるっすかねぇ』

『来るだろ。なんせ今までモテたことがない、なんて、クラスで話してたって証言があるくらいだぞ? 浮かれてくるだろ』


 ぞっとした。

まさか、空、この男の子たちのところに行ってしまったの?


 わたしの顔から血の気が引く。

せり上がる吐き気を抑えるべく、片手で口を塞いでいると。


『お、せんぱい、来たようです……ぜ?』

『待ちくたびれたぜ……え?』


 動画に映る男の子たちが困惑した表情を見せている。

画面が動いていないから、多分どこかに置いて、定点カメラとして使っているのだろう。


 その画面の中の男の子たちが絶句すると同時、わたしも思わず噴き出した。


『どうもぉ。天嶺のでぇす』

『呼び出しどうもー。で? 僕……アタシたちを呼び出したってのは先輩か……ですの?』

「何をやってるの。陸、海も!」


 その動画の中には、女子生徒の制服を着て、似合わないメイクを施した息子たちが映っていた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?