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第50話 一体何処の馬の骨 2

「んっふふふ」


 一体何をやっているのだ我が息子たち陸と海よ。


 動画に映る二人は、クオリティの低い女装を披露している。

クオリティがギャグ。わたしは動画が動くたびに笑うのをこらえるのに必死だった。


 海は長めの髪を高めの位置に二つ縛りにし、陸は短い髪に頑張って括り付けたリボンがいい味を出している。今にも取れそうだけど。


 顔にはメイク。誰にやってもらったのか自分でやったのか、ギラッギラに派手な色のアイシャドウ、濃すぎる円形のチーク。

やたらと長い睫毛は多分つけ睫毛。元の睫毛が長いのに。

それから、唇の形をやたらはっきり強調してくる真っ赤なルージュは、二人とも同じおそろいの色。似合ってない。


 何より、体つきは男子そのもの。

やや細身である海ですら、スカートから伸びる脚は筋肉質な男の子のものであるのに、陸なんて言わずもがな。

筋肉が女子制服着て歩いてる。

完全に、二丁目で勤務しているその筋の人になっているわ、二人とも。


『んな、なっ! お、お前ら天嶺の男の方だろ!』

『いやねぇ。アタイら、天嶺三姉妹の上の二人だわよ、ねぇ? 海子かいこ

『そうね、陸美りくみ。長女の陸美、次女の海子、三女の空ってのは有名ですことよ』

「ぶっふ!」


 もー無理、笑わないの無理。この動画、腹筋痛くなる。

二人はその口調何を参考にしているの。


 爆笑して蹲っている間も、動画は無慈悲に進み続ける。


『そんでぇ……俺らに何の用事だったんだ?』

『口調、口調崩れてるぞ……ですわよ。陸美』

『おっと、あらいやだ、ついつい乱暴になっちゃってアタイったら』


 もーやめてぇ!

とうとう声を上げて爆笑する一歩手前までやってきたとき、動画の中に動きがあった。


『……で? 答えをもらってないんだけどさぁ』


 口調はすっかり普段のものに戻った陸は、にっこり笑いながら、一歩一歩、男の子たちに近づいていく。


『こーんな在り来たりなラブレターで』


 開封済みのラブレター。

それを片手にひらひら揺らしながら、ゆっくりゆっくり近付いていく。


『うちの可愛い可愛い妹を呼び出して』


 片手に揺らすラブレター。

両手につまんだ、その指に力が入っているのが見える。


『こーんな体育館の裏に、こーんなにたくさんの男たちが集まって』


 手に持った手紙が、真っ二つに裂かれた。


『……何をするつもりだったんだ? なぁ?』


 ラブレターが破られた。

ビリッビリに散らされる紙吹雪の中、男の子たちを見下ろす陸の顔は冷めきって、いつも浮かべている人懐こい快活な笑みは、一寸たりとも浮かんでいなかった。


(これ、見下ろされている男の子たちは怖いだろうな)


 いろんな意味で。

わたしはほんの少しだけ同情した。ほんの少しだけ。


『はっ、そりゃ告るつもりだったけど?』


 しかし、この先輩と呼ばれていた男の子は随分肝が据わっているらしい。

いけしゃあしゃあと、まっとうな意見を述べている。

状況は全くもってまっとうではないけれど。


『へぇ? こんなに人がいると、オンナノコもビビっちまうんじゃないですかぁ?』


 先輩?


 挑発めいた陸の言動。

動画越しに伝わる臨場感。

先輩男子に伝う冷や汗。

わたしの二の腕に鳥肌。


(陸、こんな顔もできたんだ)


 初めて見る陸の顔。

さらにその隣では海も悪そうな笑みを作って彼らに迫る。


『先輩。そういえば先輩って、卒業後の進路は就職でしたよね』

『あ? ……それがなんだよ。てか、何で知ってんだよ、気持ちワリい』


 たじろぐ先輩男子。

海はニッコリ笑顔のままさらに距離を詰める。


戸来へらい工業こうぎょう株式会社かぶしきがいしゃ


 呟くような静けさで、たった一言先輩男子に告げただけ。

告げただけなのに、先輩男子の顔から一気に色が消えた。


『は? え? な、ど、して、それ』

『あそこの社長さんって、娘さんを溺愛してるって有名な話ですよね。長年子供ができなかった中での念願の一人娘ですし、溺愛ぶりも透けて見えますよね』

『そ、それがなんだよ!』


 先輩男子。精一杯の虚勢を張った大声で威嚇する。


『いや? 特に深い意味はないんですが。……ああ、でも、そういう男親って、女の子に危ないことをするかもしれない男って、嫌がってしまうかもしれないですよね』


 たとえ未遂でも。


 わたしは戦慄した。

海。海ってば、いつの間にそんな技を身に着けたの。


(それは立派な脅しっていうんだよ、海……!)


 海の脅しは見事先輩男子に届いたらしい。

意図が正確に伝わり、先輩男子は舌打ちをした。


『……おい、退くぞ』

『へぁっ?! え、でも』

『いいから! お前ら、もうこいつらに関わるな!』


 怒鳴る先輩男子。

意味が分からないまま渋々従う取り巻き男子。


『ったく、バケモンみてぇな女装しやがって。んなゴリラみてぇな女いるかよ』

『せんぱい、せんぱい、オレらのクラスの茂庭ってブス、めっちゃゴリラっすよ』

『はっ。それはもう女じゃねぇな!』


 去り際、負け惜しみで吐かれた二人への罵倒。

関係のない女の子の名前を巻き込んだ暴言に、陸が過敏に反応した。


『ムキムキの女の子いいじゃねぇかよ! 茂庭さんの顔見たことあんのか?! めっちゃ可愛い顔してるんだぞ!』

『し、知らねぇよ! 行くぞお前ら!』


 尻尾巻いて逃げ出す彼らの背中に、陸は喚き続けていた。


『陸、陸。もういいだろ』

『ん? ああ、もう証拠は一杯撮れたし、録画止めてもいいんじゃないか?』


 二人の話し声が近付いてくる。

それは動画の上空で止まり、画面に手を伸ばされて――。


「何しているの、母さん」

「うわっひょい!」


 カメラを取り落としそうになり、慌てて受け止めようと二、三度ジャグリング。


「な、ななな何?! 海?!」

「いや、そろそろ講習行くから陸の忘れ物……って思ったんだけど」

「わすれもの、忘れものね、そうね! このカメラお願いね!」


 慌てて手に持っていたカメラを渡す。

訝しんだ表情でそれを受け取った海は、そこに映る動画を見て、「ああ」と納得した。


「見たんだ」

「う……。ごめん」


 素直に謝る。

海は軽く肩を上げ、いいよ、と軽い調子で許す。


「ま、空はなぜかああいう輩が近付いてきやすいんだよね」

「え? もしかして、今までも?」

「何度かだよ」

「結構あるね?」


 思ったよりも多かった。


 空の身を案じるわたしに、海は大丈夫と言う。


「空に何があっても、僕たちが庇うから」


 その言葉が頼もしくて、子供たちが成長した事実が眩しくて。


「……ええ。お願いね」


 わたしはふたりに、未来を託した。



***


「空がモテないのは、絶対世界がおかしいんだよぉ!」


 わたしはおやつをお代わりして、モシャモシャやけ食いを続けている空に笑いかける。


「まぁ、空が可愛すぎて近寄り難いんじゃない?」

「えぇー? 空、学校ではフレンドリーだよ?」


 不服そうに頬を膨らませる空の隣に座る。

ふわふわに広がった柔らかなくせ毛を触り、ゆったり語り掛けていく。


「いつか、空のことを好きだって言ってくれる、誠実な男の人がきっと現れるわよ」


 空がわたしの顔を見上げてくる。


「その人、陸と海よりもカッコいい?」

「えっ。……んー。……さぁ、どうだろう?」


 わたしは、娘の男性への基準が高くなりすぎているのではないか。

そんなことを心配した。

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