「んっふふふ」
一体何をやっているのだ
動画に映る二人は、クオリティの低い女装を披露している。
クオリティがギャグ。わたしは動画が動くたびに笑うのをこらえるのに必死だった。
海は長めの髪を高めの位置に二つ縛りにし、陸は短い髪に頑張って括り付けたリボンがいい味を出している。今にも取れそうだけど。
顔にはメイク。誰にやってもらったのか自分でやったのか、ギラッギラに派手な色のアイシャドウ、濃すぎる円形のチーク。
やたらと長い睫毛は多分つけ睫毛。元の睫毛が長いのに。
それから、唇の形をやたらはっきり強調してくる真っ赤なルージュは、二人とも同じおそろいの色。似合ってない。
何より、体つきは男子そのもの。
やや細身である海ですら、スカートから伸びる脚は筋肉質な男の子のものであるのに、陸なんて言わずもがな。
筋肉が女子制服着て歩いてる。
完全に、二丁目で勤務しているその筋の人になっているわ、二人とも。
『んな、なっ! お、お前ら天嶺の男の方だろ!』
『いやねぇ。アタイら、天嶺三姉妹の上の二人だわよ、ねぇ?
『そうね、
「ぶっふ!」
もー無理、笑わないの無理。この動画、腹筋痛くなる。
二人はその口調何を参考にしているの。
爆笑して蹲っている間も、動画は無慈悲に進み続ける。
『そんでぇ……俺らに何の用事だったんだ?』
『口調、口調崩れてるぞ……ですわよ。陸美』
『おっと、あらいやだ、ついつい乱暴になっちゃってアタイったら』
もーやめてぇ!
とうとう声を上げて爆笑する一歩手前までやってきたとき、動画の中に動きがあった。
『……で? 答えをもらってないんだけどさぁ』
口調はすっかり普段のものに戻った陸は、にっこり笑いながら、一歩一歩、男の子たちに近づいていく。
『こーんな在り来たりなラブレターで』
開封済みのラブレター。
それを片手にひらひら揺らしながら、ゆっくりゆっくり近付いていく。
『うちの可愛い可愛い妹を呼び出して』
片手に揺らすラブレター。
両手につまんだ、その指に力が入っているのが見える。
『こーんな体育館の裏に、こーんなにたくさんの男たちが集まって』
手に持った手紙が、真っ二つに裂かれた。
『……何をするつもりだったんだ? なぁ?』
ラブレターが破られた。
ビリッビリに散らされる紙吹雪の中、男の子たちを見下ろす陸の顔は冷めきって、いつも浮かべている人懐こい快活な笑みは、一寸たりとも浮かんでいなかった。
(これ、見下ろされている男の子たちは怖いだろうな)
いろんな意味で。
わたしはほんの少しだけ同情した。ほんの少しだけ。
『はっ、そりゃ告るつもりだったけど?』
しかし、この先輩と呼ばれていた男の子は随分肝が据わっているらしい。
いけしゃあしゃあと、まっとうな意見を述べている。
状況は全くもってまっとうではないけれど。
『へぇ? こんなに人がいると、オンナノコもビビっちまうんじゃないですかぁ?』
先輩?
挑発めいた陸の言動。
動画越しに伝わる臨場感。
先輩男子に伝う冷や汗。
わたしの二の腕に鳥肌。
(陸、こんな顔もできたんだ)
初めて見る陸の顔。
さらにその隣では海も悪そうな笑みを作って彼らに迫る。
『先輩。そういえば先輩って、卒業後の進路は就職でしたよね』
『あ? ……それがなんだよ。てか、何で知ってんだよ、気持ちワリい』
たじろぐ先輩男子。
海はニッコリ笑顔のままさらに距離を詰める。
『
呟くような静けさで、たった一言先輩男子に告げただけ。
告げただけなのに、先輩男子の顔から一気に色が消えた。
『は? え? な、ど、して、それ』
『あそこの社長さんって、娘さんを溺愛してるって有名な話ですよね。長年子供ができなかった中での念願の一人娘ですし、溺愛ぶりも透けて見えますよね』
『そ、それがなんだよ!』
先輩男子。精一杯の虚勢を張った大声で威嚇する。
『いや? 特に深い意味はないんですが。……ああ、でも、そういう男親って、女の子に危ないことをするかもしれない男って、嫌がってしまうかもしれないですよね』
たとえ未遂でも。
わたしは戦慄した。
海。海ってば、いつの間にそんな技を身に着けたの。
(それは立派な脅しっていうんだよ、海……!)
海の脅しは見事先輩男子に届いたらしい。
意図が正確に伝わり、先輩男子は舌打ちをした。
『……おい、退くぞ』
『へぁっ?! え、でも』
『いいから! お前ら、もうこいつらに関わるな!』
怒鳴る先輩男子。
意味が分からないまま渋々従う取り巻き男子。
『ったく、バケモンみてぇな女装しやがって。んなゴリラみてぇな女いるかよ』
『せんぱい、せんぱい、オレらのクラスの茂庭ってブス、めっちゃゴリラっすよ』
『はっ。それはもう女じゃねぇな!』
去り際、負け惜しみで吐かれた二人への罵倒。
関係のない女の子の名前を巻き込んだ暴言に、陸が過敏に反応した。
『ムキムキの女の子いいじゃねぇかよ! 茂庭さんの顔見たことあんのか?! めっちゃ可愛い顔してるんだぞ!』
『し、知らねぇよ! 行くぞお前ら!』
尻尾巻いて逃げ出す彼らの背中に、陸は喚き続けていた。
『陸、陸。もういいだろ』
『ん? ああ、もう証拠は一杯撮れたし、録画止めてもいいんじゃないか?』
二人の話し声が近付いてくる。
それは動画の上空で止まり、画面に手を伸ばされて――。
「何しているの、母さん」
「うわっひょい!」
カメラを取り落としそうになり、慌てて受け止めようと二、三度ジャグリング。
「な、ななな何?! 海?!」
「いや、そろそろ講習行くから陸の忘れ物……って思ったんだけど」
「わすれもの、忘れものね、そうね! このカメラお願いね!」
慌てて手に持っていたカメラを渡す。
訝しんだ表情でそれを受け取った海は、そこに映る動画を見て、「ああ」と納得した。
「見たんだ」
「う……。ごめん」
素直に謝る。
海は軽く肩を上げ、いいよ、と軽い調子で許す。
「ま、空はなぜかああいう輩が近付いてきやすいんだよね」
「え? もしかして、今までも?」
「何度かだよ」
「結構あるね?」
思ったよりも多かった。
空の身を案じるわたしに、海は大丈夫と言う。
「空に何があっても、僕たちが庇うから」
その言葉が頼もしくて、子供たちが成長した事実が眩しくて。
「……ええ。お願いね」
わたしはふたりに、未来を託した。
***
「空がモテないのは、絶対世界がおかしいんだよぉ!」
わたしはおやつをお代わりして、モシャモシャやけ食いを続けている空に笑いかける。
「まぁ、空が可愛すぎて近寄り難いんじゃない?」
「えぇー? 空、学校ではフレンドリーだよ?」
不服そうに頬を膨らませる空の隣に座る。
ふわふわに広がった柔らかなくせ毛を触り、ゆったり語り掛けていく。
「いつか、空のことを好きだって言ってくれる、誠実な男の人がきっと現れるわよ」
空がわたしの顔を見上げてくる。
「その人、陸と海よりもカッコいい?」
「えっ。……んー。……さぁ、どうだろう?」
わたしは、娘の男性への基準が高くなりすぎているのではないか。
そんなことを心配した。