どうも、モブです。嘘です。
一体これはどういうことでしょうか。
(男子がメイクしてる)
女の子の言う、綺麗になりたい! とか、可愛く見せるには! とか。
そういう思いや研究を一切合切無視した、ただ派手な色を塗るだけの時間。
(しかも似合ってないし)
テレビで見る、派手な化粧の男の人のほうがまだ似合ってる。
……ああ、彼らは心が女の人って人もいるのか。
なんてどうでもいいことを、現実逃避気味に考えた。
現実逃避気味に考えてしまうのも仕方がないと許してほしい。
だって、メイクをしてるのは学校内女子人気の非常に高い三つ子のうちのふたり。
(陸くんと、海くん。こんな趣味あったんだ)
私は、彼らの顔がそこらの芸能人よりも整っているってことより、色が常人離れしていることを可哀想に思っていた。
だって、オッドアイってだけでも珍しいのに、髪色だって半分白の半分黒。
しかもふたり揃って左右対称の、神様に弄ばれたとしか思えないカラーリング。
相当生き辛いと思う。入学当初は、染めているって勘違いされて黒染めの指導が入ってたくらいだし。
しばらくすればその黒染めの指導もなくなっていたけれど。
多分親か誰かが、幼少期の写真でも持っていたのだと思う。
代わりに地毛証明を発行されていたのを、職員室で見かけたし。
(……私には関係ないし。帰ろ)
踵を返したその時、片腕が扉に当たる。
カタン。
(あ)
ヤバい、見ていたことに気付かれる。
そう思った時には既に遅し。
「茂庭さん。まだ帰ってなかったん?」
「ヒェッ」
化け物メイクを施した陸くんが、扉を開けて見下ろしていた。
「れ、レスリング部の休憩で……」
「ほーん。頑張ってるな」
陸くんの一挙一動に緊張が高まる。
相手は色んな噂を持つ
例えば、本気を出せば足の速さは、高速道路を走る車を超える、とか。
例えば、握力はすでに三桁を超えていて、腕くらいなら片手で折れる、とか。
そんな、武器を持たない暗殺者でも簡単にこなせそうな人間兵器に見下されて、平気でいられる人は多分いない。
ただでさえ、二メートルに近い身長をしていて、威圧感もすごいのだから。
(私、今日が命日かもしれない)
お父さん、お母さん。今までありがとう。
成仏する覚悟を決めていると、陸くんが、あっ! って顔をする。
「ちょうどよかった! 悪い、茂庭さん! もし嫌じゃなかったら、制服貸してもらえん?」
「……変態趣味?」
「違うわっ!」
きゅ。
両腕で自分自身の体を包み、視線からブロックする。
身長180センチ超え、体脂肪率はそろそろ一桁に届きそうな筋肉ゴリラと呼ばれる私でも、女の心はまだ持っていたようだ。
「今からラブレターに書かれた場所に行くんだよ!」
「?」
「だから俺たち女装してたんだけど、俺の体に合う女子制服が中々見つからなくて」
「??」
「茂庭さん体格いいし、多分入るだろうから貸してほしいんだよ」
「???」
何を言っているのかわからない。
いや、言っている言語は理解できている。
だけど意味がわからない。
「だからお願いします! 制服貸してください!」
勢いに負けて頷いた。
あっという間に顔を輝かせた陸くんに両手を掴まれ、上下に振られる。
「ありがとう! ありがとう!」
嬉しそうな様子は大型犬の雰囲気。
飼い犬のリッキーに無性に会いたくなった。
「助かった! 茂庭さん、今日制服着て帰る?」
「えっ、いや、このままジャージで……」
「それなら洗濯して返す!」
日曜の部活の時に返すから!
元気よく叫ぶその姿は、噂とは違うように見えた。
(まあ、明日休みだからいいけど……)
陸くんと、誰の制服なのかわからないけど、既に女子制服に着替えている海くんが、足早に教室から出ていく。
多分どこかで着替えて、ラブレターの指定場所に行くのだろう。
「……いや、女装が必要な告白場所って何」
妙に気になった私は、彼らの走っていった方向に行ってみることにした。
(この辺で姿っぽいの見た気がしたけど)
キョロキョロ探す、体育校舎。
(定番は校舎裏だけど)
コッソリ。
デカい体を、これ以上ないほど縮めて様子を見る。
(あ、いた)
似合わない女装の男子二名。
相対するは、髪色が派手な不良グループ。
(これ、本当に告白場面?!)
一触即発、喧嘩勃発一歩手前。
何も知らない人が見れば、ヤンキーとゴツいレディースの抗争手前の状況に見えても可笑しくない。
「へぇ? こんなに人がいると、オンナノコもビビっちまうんじゃないですかぁ?」
ビクッと背筋が伸びる。
挑発的な言動で、背中に鳥肌が立つ。
(意外。陸くんってこんな言い方するんだ)
初めて見るクラスメイトの顔にドギマギしていると、隣の海くんも上級生に向かって、就職先を盾に脅していた。
一体なんなの、その度胸。
流石にたじろいだ様子のヤンキーたちは、撤退を選んだ。その去り際。
「ったく、バケモンみてぇな女装しやがって。んなゴリラみてぇな女いるかよ」
その後に続く私の話。
この場にいないはずの私の名前を挙げた一人が、ニヤニヤ下衆な笑顔を浮かべて、ブスだの、ゴリラだの、好き勝手。
先輩ヤンキーも、それに同調して笑ってる。
……知ってる。
筋肉つきやすくて、レスリングで肉体の才能を開花してしまって。
ゴリラって呼ばれるような巨体と力を手に入れた女の子が私ってこと。
知ってる。
顔だって、筋肉のせいでゴツゴツになってて、可愛い女の子みたいにシュッとしてないことも、知ってる。
思わず下を向いてしまった、その時。
「ムキムキの女の子いいじゃねぇかよ! 茂庭さんの顔見たことあんのか?! めっちゃ可愛い顔してるんだぞ!」
知らねぇよ! 叫ぶ男たちの背中に喚き続ける彼の声。
信じられない言葉。
私は彼の姿から目が離せなくなる。
「まったく、あいつら女の子のことも悪く言いやがって……」
「本人がこの場にいないことが不幸中の幸いだったな。それより陸」
顔を上げる海くんが、陸くんの顔を見て噴き出していた。
「なぁっ?! 人の
「ぶっ、ふふ、悪い、あんまにも、ふふっ、バケモノメイクだったから……っ!」
「お前も人のこと言えない
乱暴に口元の紅を拭う彼。
拭いきれないくらい厚ぼったく塗られたルージュが、彼の日に焼けた肌に、同系色のグラデーションを広げる。
このままここに突っ立っていれば、その色彩に囚われてしまいそうで。
私は踵を返して駆け出した。
廊下を走る間もフラッシュバックするのはあの光景。
野性的に拭われて、拭いきれず頬まで広がるルージュの紅色。
(似合ってなかった、似合ってなかった、似合ってなかった!!)
似合ってなかったのに。
どうしてこんなに離れない。
「あ、茂庭さん。……茂庭さん?! どうしたの、顔、真っ赤!」
鈴の音のような、可愛い声が聞こえてくる。
声はびっくりしたように駆け寄って、私の顔を覗き込む。
「どうしたの? もしかして熱ある?」
心配そうに眉を下げる、妬ましいほどに整った顔をした、彼らの妹。三つ子の一人。
クラスメイトの彼女の両肩を、私は自然と掴んでいた。
「天嶺さん」
「はぁい?」
「天は、完璧だと思っていた人にも欠点を与えるんだね」
「お、おぉう? おん、うん! そうだね!」
頑張ってね!
励ましの言葉を贈ると、彼女は混乱したまま手を振った。
何をやっても離れない。今日の放課後に見た、鮮烈な色彩が。
ルージュの鮮やかさが鮮烈に灼き付き、瞼の裏にこびり付いて離れない。
私は、小麦色の上に広がる無邪気な紅を、生涯忘れることはできないだろう。