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第52話 進路相談 1 空の世界

 ついにこの時がやって来てしまった。


 空は白紙の紙を握りしめて、教室の扉を開ける。


「陸ーっ! 海ーっ!!」


 叫んで二人の姿を探すも、中にはいない。


「陸くんは顧問に呼ばれて、海くんは図書委員の仕事してるよ」

「ニアピンだったか……」

「結構前だよ」


 代わりに声をかけてきたのは、クラスメイトの茂庭さん。

二年生にしてレスリング部のキャプテンを務める、背の高いカッコいい女の子。


「そ、そんなに慌てて、ど、どうしたの……?」


 おずおず控えめに聞いてきたのは三浦ちゃん。

なんと同じ中学校からこの高校に入学した、中学生からのお友達!


 後は別の学校だけど眞鳥ちゃんって友達もいてー。


「……って、それは今関係ないんだった!」

「いつも唐突だよね、空って」


 茂庭さんが苦笑する。

空は、茂庭さんに紙を見せる。

空が記入するところは何も記入されていない、白紙の紙を。


「んー? 進路調査?」

「提出はもう少し先のやつだよね……? 夏休み明けの」


 ふたりが紙を覗き込み、どういうことだろうと首を傾げている。


「空には、空には二ヶ月ばかりじゃ足りないの……っ!」


 将来なりたいものなんて、何も決まっていないから!


「えーん、助けてぇ! ふたりは将来どうしたいとか決まってるのー?」


 空の嘆きに三浦ちゃん。


「わ、ワタシは行きたい大学があって……。できるなら院まで進んで、研究職に就けたらいいなって……思ってるよ」

「頭いい。すごい。さすが未来のノーベル受賞者」

「んえぇ、そんなこと無いよぉ……。もっと頭のいい人なんて、いっぱいいるもん……」


 進学科で海と張り合うくらいに頭のいい三浦ちゃんは、照れたように笑って謙遜する。


「茂庭さんは?」

「私は……。多分将来的には実家の道場継ぐことになるだろうけど」

「道場? レスリングじゃなくて?」

「うん。うち、柔道場経営してるの」


 あ、でも。

茂庭さんは少し恥ずかしそうに視線を逸らしながらモゴモゴ呟く。


「……最近、メイクに興味が出てきたから……。専門学校、行けたらいいなって……」

「えー! すっごくいい! 茂庭さん、メイク絶対映えるし、背も高いから……。メイクまでマスターしちゃったら、モデルさんみたいにもっとカッコよくなっちゃうよ!」


 それに比べて空は。


「今日の夕飯なんだろな、とか、そんなことしか考えられないんだぁ」

「お腹空いたの? メイトゥー食べる?」

「食べる」


 うう、パサパサ。

茂庭さんからもらった、一本でカロリーをしっかり摂れると有名なメイトゥーを食べると、口の中の水分がカラッカラに干からびた。


「おなかすいたぁ」

「大喰らいめ」


 茂庭さんが触れる程度で頭を小突く。


「あっ、空ちゃん、ヒデ語……話せるんだよね?」

「ん? うん。去年の旅行も含めて、九ヶ国語話せるようになったよー」

「きゅっ?!」

「杏のこと頭いいとか言ってたけど、空も大概じゃないの……」


 だけど。空は不貞腐れて頬を膨らませた。


「でも、空は喋れるだけだもん」

「じ、十分すぎるよ?」

「カフウ皇国だと、何ヶ国語も喋れたって、意味ないもん」


 すごいね、だけで終わっちゃう。


 頬を膨らませたまま机に突っ伏すと、膨らんだ頬がつぶれて空気が抜けた。


「えっと、空ちゃんが嫌じゃなければだけどね」

「? うん」

「多言語に対応している大学とか行ってみるの、どうかなって……」

「多言語の大学」


 三浦ちゃんの言葉を反芻する。

彼女は強く頷く。


「そ、そう! そういうとこなら、他国の留学生とかもいるだろうし……。コミュニティも広がって、空ちゃん、楽しいかなって……」

「就職なら、通訳者とか、翻訳者とか……。あっ、キャビンアテンダントとかも言語力使いそう!」


 続けて茂庭さんも、三浦ちゃんを援護する。


「キャビンアテンダント……」


 毎年海外に行くとき、飛行機の中で笑顔を浮かべて、きびきび働く女の人たち。

カッコいいなぁって、見惚れていた。


「……カッコいいよねぇ」

「だよね?!」


 気分がやや上向きになった空を盛り上げるように、ふたりはやんやと肯定の嵐。


(でも)


 多分空は、キャビンアテンダントじゃなくて……。


「……決めた」

「え?」

「今の時間でもう決めたの?」


 戸惑ったような二人の顔を見て、空はにぃっと笑って見せる。


「今年の夏休み過ぎたら考える!」


 ふたりはきれいにずっこけた。


「空、いる? ……あ、いた」

「海ー」


 委員会の仕事が終わったらしい海が教室に顔を覗かせる。

よ、と手を上げれば、よ。と片手で返してくる。


「陸は?」

「なんか、顧問に呼ばれてるんだって」

「また何かやらかしたのか?」

「最近大人しかったのにねぇ」


 井戸端会議のように話す傍ら、海はふたりに、「空の相手してくれてありがとう」と言っていた。


「海、悪い、遅れた。空もいたのか」

「陸やほー」

「よ。茂庭さんと三浦さんも。空の相手ありがとな」

「ちょっと、兄弟で同じこと言ってるよ」


 けらけら笑う茂庭さん。

空は、お? って思った。


(茂庭さん、なんか嬉しそう?)


 ほーん、ほーん、ふーん?

空は理解わかってしまったねぇ。


「今、空たちと将来の話をしてたとこなの」


 茂庭さんが経緯説明をする。

陸は机に投げ出された空の進路調査の紙を摘まみ上げた。

それを後ろから海も覗く。


「白紙じゃん」

「夏休みが明けたら決まるの。きっとそうなの」


 からかう海に小さく対抗。


「そういう海は決まってるの? 進路なんて」

「うん。海洋かいよう大学だいがく

「それって県外……っ!」

「下宿するつもり。クジラの研究をしたくって」


 空は、既に将来展望が見えている海に焦る。


「り、陸は? 陸はまだ決まってないよね……?」


 陸は空の仲間だよね……?

縋る思いで見上げれば、バツが悪そうに頬を掻く陸の姿。


「ま、まさか……」

「あー、顧問から、さ。ある企業が陸上競技を続けるためのスポンサーになってくれるって話を聞いてさ……」


 その企業で働きながら、陸上選手続けるかもしれない。


「……う」

「う?」

「裏切者ぉ!!」


 空はわぁって泣いちゃった。

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