目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第53話 進路相談 2 空の世界

「……さ! そろそろ帰るぞ!」


 ぴゃあぴゃあ泣いている空をスルーして、陸はひとつ手を叩いて場を仕切る。


「そうだな。そろそろ部活も終わり始めるから……。空、ほら、立てって」

「陸は空の仲間だと思ってたのにぃぃぃ」


 ノロノロ立ち上がって尚泣き言を言う空の両脇を、陸と海が掴み上げる。


「じゃ。俺等帰るから」

「うん。空ー、また明日ー」

「ま、また明日、空ちゃん……!」

「むんー。ばいばーい」


 ズリズリ引き摺られて廊下を歩く。

歩いているのは陸海のふたりで、空は引き摺られて進むのみ……。

 空は宇宙人になったのだ。


「海、県外出るの?」


 引き摺られ、視界に映るのは床しかない。

空は、雑談みたいに海に聞いた。


「さっきからそう言ってるでしょ。言っとくけど、自宅から通える範囲にあるならそっちを選んでたから」

「そっかぁ……。空たちと離れたくなったわけじゃないんだね」

「まさか。花もこっちにいるのにそんなこと思うわけない」


 海が鼻で笑った気配がする。


「花ちゃん元気? 最近会えてないから」

「元気。勉強頑張ってるみたいだよ」


 どうやらお付き合いは順調に進んでいるらしい。

空にお姉ちゃんができるのも、時間の問題ではなかろうか。


「お付き合い四周年おめでとう」

「ありがとう」


 引き摺られるまま靴箱へ。


「ほら、空。靴くらい自分で履きなよ」

「むんー」


 肩から外されてのたのた空の靴箱へ。


「天嶺、ちょっと」


 行こうとした所、背後から声がかかった。


「はい?」

「あ、空の担任の先生」

「……空、何かやっちゃった?」


 陸、海、それから空。

まるで打ち合わせたように綺麗に振り向き、綺麗に揃う空たちの返事を見て、空のクラス担任の先生は口元を引き攣らせていた。


「えぇっと、天嶺空だ。進路相談室まで来なさい」

「えっ、空、何かやった?」


 えっ? えっ? と戸惑う抵抗もむなしく、空は進路相談室へ押し込まれた。


「えっ、校長先生? ……と、誰?」


 中には最近頭頂部が寂しくなったことが悩みの校長先生と、その隣に明らかカフウ皇国の人間ではない、外国の風貌をした男性が座っている。


『はじめまして、空。会えて嬉しいよ』


 ヒデ語だ。

ヒデ語を扱う彼はフレンドリーに握手を求めてくるけれど、空は怪しいって思ったから拒否をする。


『え、誰ですか? なんで空の名前を知ってるの?』

『おっと失礼! 自己紹介を忘れてしまったね』


 彼はおどけて両手を大袈裟に上げる。


『ボクの名前はアルス。アルス=マオ=リザレン』

『……ヒデリアっぽくない名前だね?』

『おっ、分かる?! 僕の出身は、実はアビオ公国なんだ! さすが、花が言っていただけのことはあるね!』


 花ちゃん?

どうしてここで花ちゃんが出てくるのか分からなくて、空は思い切り首を傾げた。


【えーと、アビオならこっちの方が話しやすい? もしかして】

『わぁ! ウソ! 僕は今、夢でも見ているの?!』


 昔、トランジットで寄った国の名前が出てきて、もしかしたらと思ってその言葉を試してみたら、彼はヒデ語で大きく喜びを表現している。


【ごめんね、まさか、ここでアビオの言葉を聞けるとは思ってなかったから……。もう二度と聞くこともないかもしれないって思っていたから、嬉しくて】


 ガラリと言葉が変わった。

彼はアビオの言葉で話しかけてくる。


【これはどこで覚えたの?】

【昔、トランジットでアビオに少しいたから、その時に】

【トランジット? 数日滞在していたのかな?】

【ううん。あのときは、空港の滞在も含めて八時間くらい】

【……なんだって?】


 途端、彼は険しい表情を浮かべる。

少したじろぐ。


【八時間? 八日じゃなく?】

【は、八時間だよ。音を聞いていたのは】

【……空、君はどうやって言葉を覚えている?】


 彼、アルスの目に灯る色が変わったのを肌で感じる。

うまく言えないけど、狩人みたいな。


【どうって……。旅行で行く国が決まったら、その国の言葉を本で見ておいて、現地でたくさん音を聞いて……。それで覚えてるけど】

【……文字のインプットはどのくらい?】


 普段言葉を覚える時の予習を思い出す。


【その国の言葉で書かれた本を一冊】

【ふ……】


 彼は手で顔を覆い俯く。

その姿勢で肩を震わせ始めるものだから、空はちょっと離れた。


【……ふっふふ、はっはっはっ!】

【うわ、なに】


 いきなり大声で笑い始めた。

え、何この人。


【まさか、まさか! ボクは都合のいい夢を見ていると言われても信じてしまいそうだ! 現代に! ボクの眼の前に! 彼女のような人が現れるなんて!】


 額に手を当て高笑い。

空は空を連れてきた先生を盾にして隠れた。


「帰っていい? 先生、空、帰っていい?」

「いや、待て待て。一応校長に頼まれて来たんだ、もう少し待ってくれ」

「でも空、この人怖いよ」


 空、今、すっごくビビってる。

自分で言うのもなんだけど、肉食獣に追い詰められたうさぎみたいにプルプルしていると、ようやく笑いが収まった彼が、謝罪しながら手を出してくる。


【申し訳ない! 信の置ける学生からの情報とは言え、目の前で見るまで信じられなかったものだから!】

【信の置けるって、花ちゃんのこと?】

【そう! 今年入学してきた、ここの卒業生、和久井花から、君がいると聞いてボクはやってきた!】


 学生と聞いて、ピンときた。

この人、もしかして。


【ボクはチェーロ国際大学で教鞭をとっている、言語学教授のアルス=マオ=リザレン! 空。君をうちの大学にスカウトしに来たんだ】


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?