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第64話 進む先

「……起きたか」


 目が覚めた。知らない天井と、海の顔があった。


「……お葬式は」

「まだ告別式。だけど空はここで待機。落ち着いたって周りが判断して、参加できそうなら焼却場に同行」


 淡々と現状を伝えてくれる海を見ながら体を起こす。


「……ごめん」

「それは両家のじいちゃんばあちゃん、それから葬儀場スタッフの皆さんに言え」

「……ごめん」

「ん。分かればいい」


 頭を軽くひと撫で。

本をカバンから取り出して、近くの椅子に腰掛けた。


「……戻らなくていいの?」

「焼香も僕の番は終わった、目の離せない妹が一人、大人たちから休んでいてって言われている。三拍子揃ってるなら、戻る理由はないよな?」


 長居の姿勢を見せる海。

彼を視界に入れながら、ベッドの中へ逆戻りした。


「……ねえ、海」

「なに」

「あのね。……やらなきゃいけないことができたみたい」

「奇遇だな」


 枕に顔を埋めながらくぐもった声質で海に話す。

すると海は読んでいた本を閉じ、立ち上がった。


「僕もだ」


 布団から顔を出して海の顔を見上げる。

普段から飄々としている顔に、乾いた涙の跡が見つかった。


「意外」

「何が」

「海も……陸も。こんな状態でも平気でいるのかと思ってた」

「なわけないだろ。手のかかる妹が僕らの代わりに大泣きするから、僕らはタイミングを逃しただけだ」


 あきれたようなため息。いつも通り。


「……陸は」

「来客の相手。そろそろ戻ってくる」


 タイミングよく、扉にノック音。

海が開けに行くと、そこには陸と……。


「おじいちゃん、おばあちゃん。……教授。なんで?」

『ご祖父母に無理言って連れてきてもらったんだよ。……体調は?』

『最悪』

『だろうね』


 苦笑い、共に理解。


『もしも空が、うちの大学に来たいと言ってくれるのなら、奨学金の制度もあることを伝えに来たんだが……』


 口ごもるのは、きっとこの顔に何かを見たから。


『……教授、ごめん』


 教授に深く頭を下げる。

それで伝わった。

彼は肩を竦めて、目の前から退いた。


「……おじいちゃん、おばあちゃん」


 教授の背後に控える両家の祖父母。

彼らをじっと見据えて、口を開く。


「ごめんなさい。やりたいことができたんだ」


 しばらく目を瞑っていた、父方の祖父が言う。


「言ってみろ」


 開いたこの口は、さも台本があるかのような滑らかさで言葉を紡ぎ、大人たちの顔を驚愕に彩った。


***


 始業のベルが鳴って数時間。

時間にして、たぶん放課後。

今、陸と海と一緒に学校へ来ていた。


「空?!」


 クラス前の廊下、通りかかると椅子が勢いよく倒される音。

続いてバタバタ駆け寄ってくる、身長の高い友達が一人。


「空!」

「おはよ、茂庭さん」

「おはよう……、じゃなくて! ……その、もう大丈夫なの?」


 気遣ってくれているのがよくわかる、控えめな問いかけに、クスリと小さく微笑んだ。


「ん。心配かけたね」

「や、いや、いいんだけど……」


 口ごもる茂庭さん、背後から三浦ちゃん。


「空ちゃん……」

「三浦ちゃん。髪形変えた? かわいい」

「え、へへ、下ろしてみたんだぁ……。空ちゃんも、髪形変わったんだね」

「そ。似合うでしょ」

「似合う、ポニーテール、初めて見た」

「あれ? そうだった?」


 軽い雑談を廊下で交わしていると、耳元で陸。


「空、そろそろ」

「そうだね。二人とも、ごめんね。先生の所に行かなきゃ」

「そ、そっか。えっと……」

「明日からまた学校に来るよ。卒業日数足りないとか、笑い事じゃないからね」


 どこか安心した風の三浦ちゃん。

踵を返して歩く先。


「……空!」


 背後にかかる、茂庭さんの呼び声。


「困ったことがあったら、無くても、頼ってよ。話聞くくらいなら、するし」


 廊下に響く茂庭さんの声に、片手を軽く上げて応えた。


「ありがと」


 陸海二人に連れられて去った廊下で、友人二人はひそひそと。


「……なんか、空、雰囲気変わった?」

「う、うん。なんか……」

「カッコよくなった、よね?」

「うん。かっこいい」


 密やかな密談は、三つ子には届かず。

三人は進路相談室の前で歩みを止める。


「……二人とも、別に付き合わなくったっていいんだよ?」


 ここが最後の砦とばかりに忠告すると、竦められる肩。


「別にお前のためじゃねぇって」

「僕たちは、自分たちで考えてこの道を選んだだけだ」

「そーそー。……なんだよ、ビビってんのか?」


 陸の挑発。

鼻で笑って、手で払う。


「馬鹿言わないで」

「そう来なくっちゃ」


 いとも容易く開かれる扉。

珍客三人組に、寛いでいた室内の教師が、背もたれからずり落ちた。


「……え? 天嶺?!」

「お久しぶりです。進路希望調査票。提出が遅れて申し訳ありません」

「いやいや、それは構わないんだが……。大丈夫なのか? その、親御さんが」


 みんな同じ心配をするな、なんて、思わず失笑。


「身内間で一応、一段落はつきました」

「そ、うか。……なんか雰囲気変わったか?」

「そうですか?」


 近況報告という名の雑談をしながら、提出された三枚の紙に目を通した教師は、何度も紙とこちらを見比べる。


「……これ、本気か?」


 信じられないと言いたげに、歪んだ表情を浮かべる教師。

無駄な疑念を抱かせないように、力強く頷いてみせた。


「本気です」

「……いや! でも、勿体ないぞ?! 天嶺の……陸さんは企業の枠を蹴っていいのか? 海さんだって志望校の判定、結構いい結果をもらっていたじゃないか! 空さんも……大学の教授から、教授職の道だって示してもらっていたじゃないか」


 やり切れないように肩を落とす、教師の反応は最も。

大人からすれば、きっと愚かな判断を下したと嗤われる選択。

だけど、後悔は微塵もない。


「構いません。先生――」


 音が一拍、世界から消える。

次に鳴る音は決意の音をしていた。


は母を奪った戦争を知らなければなりません。……二度と、私たちのような思いをする子どもを増やさないために」


 言葉を失う教師の目を見て、は力強く言い切った。


「私たち、自衛軍士官学校に志願します」


 目の前の彼の瞳に映る私の顔に、甘ったれなは、もうどこにもいなかった。

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