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閑話 空は奇しくも晴れていた

 桜舞い散る卒業式など、漫画の世界にしか存在しない。


 そもそもずっと不思議だった。

卒業式から入学式まで、大体一ヶ月以上空くことが一般的な学校ルーティンの中で、同じ世界観の卒業式と入学式両方に満開の桜はおかしいだろう、と。


 その桜がとても強靭で粘り強いファンタジー改良をされていた桜か、めちゃくちゃあったかい所とめちゃくちゃ寒いところで移動して卒業式と入学式を行っているか、そうでなければ時限移動をしているか……。


 そうでなければおかしい植生で、あり得るとするのなら、卒業式に咲いている花は――。


「梅か」

「何言ってるんですか。疲れてるんですか」


 呆れたように隣に腰掛ける同僚の教師が、大きくひと息一気に吐いた。

その目元は薄っすら赤くなっている。


「夜更かしか?」

「ふざけてんですか。今日は卒業式だったでしょ。卒業式!」


 机を軽めにたぁん! と叩く彼女は、軽い調子で苛立っているように見える。


「あー、そっか、卒業式か」

「ちょっと、本当大丈夫ですか? とうとうボケ始めたんじゃ……」

「めちゃ失礼ー」 

「だって先生も出てたでしょう? 卒業式」


 ははって軽く笑うと、心底心配したようにドン引いた彼女の、「病院行く?」の言葉が静かに心に刺さっていた。


「いや、随分あっという間だったって、現実味がなくってなぁ……」

「ああ……。先生は三つ子ちゃんの担任でしたね」

「且つ、進路相談担当。ようやく良縁がまとまると思った矢先に、夢を追いたいから破談にしてほしいって言われた気分だったよ」


 ぼやぼやボヤく先は天井。

勤続云十年。未だに理解の及ばない生徒が出てきたことも一度や二度ではないけれど、言いようのない不安を感じた生徒は、彼らが初めてだった。


「確かに今までで、親関連で進路を決めた生徒はいたさ。それこそ見ている中で何十人も」


 だけど、その全ては親のためが多かった。


「親が医療関係者で小さい頃に看病されたから。偏差値の高い大学に進めば親が喜んでくれるから。親が進めって言った進路に進まなければ殴られるから……。そんな理由、飽きるほど見てきた」


 同僚の彼女は、いつの間にかしんと黙って聞いている。

それに苦笑を浮かべて、だが。と続けた。


「親が死んだから自衛軍に入る、ではなくて、親が望まないことを分かっていながら尚、その道に進みたいって言った、彼らの表情がな」


 まるで、語る親のことを踏み台のように思っている気がしたから。


(……いや、違うな)


 踏み台には思っていないだろう。

死んだ親のことを過去のものと既に割り切るのとも違う。

なんとなく言い表せないもどかしさに不快感。

これは、多分……。


「とっくに受け入れている、ですか」


 彼女の返答に腑に落ちた。

そうだ。割り切るとも、ただ飲み込むのとも違う。


 学んだ公式を自分のものとして扱うように。経験した失敗を、次はと考えることもなく、自然と回避方法が身についているように。


 彼らの中で、彼らの母親は、既に同化している。

……そんな風に、感じた。得体の知れなさを感じたんだ。


「……まあ、卒業後、そのまま一兵卒になるよりかは、随分安全な道に進んでくれたとは思うけど」

「ああ。すごいですよね、あの子達。三人揃って士官学校に合格してしまえるなんて」

「彼らの祖父母の助言らしいな。まったく、周りに恵まれた子供たちだったよ」


 自衛軍には二つの養成学校がある。

ひとつは、一般兵を使い物にするための研修施設のような養成学校。

 この養成学校は成績によって早く卒業することができ、一般的には半年から一年間の学習期間があるらしい。

こちらは体力があり、カフウ皇国の国籍で、且つ言葉が通じる者であれば、大抵は合格できてしまうと聞く。


 もうひとつが、件の三つ子たちが合格した、士官学校。

将来自衛軍の中枢を担う士官候補生を育成する学校で、こちらは前述の養成学校とは違い、相当厳しい入学試験があるという。

 体力だけでもダメ、頭が良いだけでもダメ、コミュニケーション能力が高いだけでも入ることができない、いわゆるエリート養成学校。

 更に、入学できたとて必ず士官候補生となれるかというとそうではない。

 授業も中々ハードらしく、試験のようなもので一定の成績を守っていないと、あっという間に退学の手続きを取られてしまう厳しさがある。

 そうして二年間の厳しい訓練の後、ふるいに掛けられた一握りの卒業生たちが、士官候補生として軍に配属されていく。と、聞いている。


(三人は見事狭くて狭くて狭すぎる門をこじ開けて、仲良く三人揃って合格できました、と)


 彼らを見守ってきたこちらとしては、この結果に喜ぶべきか嘆くべきか、未だに決めきれていない。


「軍ってアレでしょ。戦争が起これば最前線。そうでなくても災害時にも最前線。常に危険がつきまとう。そんな環境なんだろう?」

「自衛軍の募集ポスター飾っておいてよく言いますね。あれ受け入れたの、先生だってことくらい知ってるんですよこっちは」

「あんなの、お上に言われりゃハイハイって頭下げて受け入れるしかないだろうが。そもそもそれを進路に選ぶ生徒がいるとは思わなかったんだよ」

「いたじゃないですか」


 冷静なツッコミに、匙を投げるポーズをした。


「正論やめろ」


 天井を仰ぐ。

今でもまだ、彼らの進路を後押ししたことは、本当に正しかったのかと自問自答し続けている。


「戦争って、なんだろうな」

「哲学ですか」

「違ぇよ」


 彼らの母親を奪った戦争。

彼らを戦場へと駆り立てる戦争。

それはどこからやって来て、やがてどこへと向かっていくのか。

人間である我が身では、その足取りの一歩先すら読めずにいる。


 もしもあの三つ子たちの行く末を案じるのであれば、台風雷上等な嵐であるか、せめて雨模様であって然るべきだと思うが。


「あー、くっそ。眩しいなぁ」


 いつまでも続く保証のない空は、いっそ、憎々しいほどの澄み渡った青色を、どこまでも、どこまでも広げていた。

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