見たところ女房や下男の数は多くない。だというのにここまでしっかりと管理されているというのは、働き者の
「これは少将様、わざわざ足労を」
しかも妻が鬼に襲われたことで気が滅入っているのか、声に覇気を感じられない。
こんな気の弱そうな男で家は大丈夫なのだろうかと呉乃は失礼な考えを抱いた。
「いや、
丁寧ながらも
チラッと視線だけを動かすと、公治の斜め後ろにも同じく女官が控えていた。
(……あれは女房頭か? いや、若い……それこそ公治様と同じくらいの年ごろだ)
「はっ……あれは今も奥で臥せっておりまして……」
「女人にとって髪は命、さぞお辛いことでしょう。しかしなればこそ、この是実、一刻も早く犯人を捕まえねばと急ぎ参った次第。わずかばかりでも構いませぬ。奥方から此度のことについて話を聞いてみたく」
「そう、ですな。しかし……」
公治殿の視線が動く。不安そうに身じろぎすると、後ろで控えていた女官が袖を合わせて頭を下げた。
「珠江様は自慢の髪が切られてしまい大変心を痛めておいででございます。昨夜も鬼に襲われる夢を見たとのことでやつれたお姿で」
涙をこらえるそぶりを見せながら若い女房頭が語る。やつれたお姿、だなんてなんとも失礼な物言いだが、それほどまでに心身ともに追い詰められているということだろう。
(この調子じゃ会うことは難しそうだけど……ひとまず今日は公治殿から話を聞くだけになるのかな……)
「ふむ、ならば公治殿、この者を使ってくだされ」
呉乃が考え込んでいると是実に突然指名された。
なぜここで自分が。目を大きく見開いて顔を向けると、
「この者は私の側付きで幅広い知識を備えておりまする。
「なんと、そのようなことが……そういうことならば」
「お待ちくださいませ、殿。このような下女に心を病まれている珠江様を引き合わせるなぞあぶのうございます」
若い女官が慌てて口をはさんでくる。その様子を見て呉乃は目を細め、主人である公治は困惑する。
主の話に割り込むなど従者として言語道断だ。人によって鞭打ちだろう。
(立場が上の貴族からせっかく人を紹介してもらったというのに、その人物を『こんな下女』呼ばわりとは……まぁ、私の見目が悪いのは本当のことだし怪しむのも当然だけど)
何も言わず控えながらも、呉乃は是実を見る。
貴方が私を引き合いに出したのだから最後まで責任をとれ――という想いを視線に込めて見つめていると、是実は袖で口元を覆い、おほんっと咳ばらいをした。
「いや女房殿、この者の身元は私が保証しよう。それに実は数日前、この者の友が髪切り鬼に襲われてな。同じく今も
是実が振り返る。呉乃は袖を合わせ恭しく頭を下げる。
「はっ、動けぬ友の代わりに私が鬼を見つけると、そう約束いたしました。ゆえに、鬼について少しでも手がかりが欲しいのです。どうかこの
袖で目元を隠して同じく涙を流すフリをする。女房は胡散臭いものを見るような目で見ていたが、彼女の主人である公治は憐れむような顔をしていた。
「そうか、友のために……少将様、そういうことでしたらどうか妻をよろしくお願いいたします」
「殿! よいのですか!? もし珠江様に
「無礼を申すな!」
再び割って入ろうとした女房へ公治が一喝する。さすがにこれ以上の口出しはまずいと思ったのだろう。
あいにく声が細いままなのであまり気迫溢れるものとはいかなかったが、それでも女房にとってはかなり効いたようで顔を青くして下がった。
「少将様、申し訳ございませぬ」
勝ち気な女房を黙らせ、公治は前を向いて是実に頭を下げた。自分の女房も抑えられないなんて武官にしては気弱で内気な男だと、呉乃は無礼な印象を抱く。
「
「いや、よい。女房殿も家のこと、臥せっている奥方を思ってのことであろう。処罰など」
「し、しかしそれでは……」
「ではこうしよう。改めてではあるがこの者を奥方にどうか会わせてくだされ。それでこの件は不問に致す」
「……はっ、ではそのように」
深々と頭を下げる公治。最初はどうなるかと思った呉乃だったが、さすがに是実は場数が違う。上手く自分の望む方向へと話をまとめ上げた。
呉乃もひとまず安堵の息を吐くと、先ほど下がった女房が恨めしい顔で睨みつけてきた。
(……なんか、面倒になってきたな)