春の風が、制服のリボンを軽く揺らした。
海から吹く潮のにおいに、心がふっと緩む。
高校2年生になって、まだ数日。
新しいクラスの空気に馴染めずにいた私は、昼休みにこっそり校舎を抜けて、海まで来ていた。
海は学校のすぐ裏にある。この町の特権だと思う。
人の気配のない砂浜に立ち、私は海を見ていた。
陽射しを受けてきらきらと輝く水面。けれどその下には、深く、濃く、重たい色が沈んでいる。
青でもなく、ただの黒でもなく──そう、群青に近い何か。
「……この色、好きだな」
つぶやいて、足元の砂をかるく蹴った。
そのとき、背後から声がした。
「水瀬さん?」
振り返ると、クラスで隣の席の子──白川澪がいた。
髪が少し風に舞っている。私より小柄だけど、目がよく通る子だ。
「……なんでここに?」
思わず聞き返すと、彼女は少し笑って言った。
「あなたが教室にいなかったから、気になって」
私は困ったように笑って、海の方を向き直った。
そう言ってくれる人がいたことが、ちょっとだけ嬉しかった。
「……海の色って、不思議。青じゃないのに、青って言われてる」
そう言った私に、澪がぽつりと応じた。
「名前が追いついてないだけかもね。本当の色に」
私は少し驚いて、横目で彼女を見た。
澪はただ海を見ていた。その瞳に、強い光を秘めながら。
自分の中にも、まだ言葉にならないものがある。
誰にも見せたことのない色。
それを私は、ずっと探している。
──名前のない色。
今はまだ、群青に近いその色を、そっと胸にしまった。