放課後の教室は、窓からの光で少しオレンジ色に染まっていた。
ホームルームが終わると同時に、ほとんどのクラスメイトは帰り支度を始める。私はスケッチブックを鞄にしまいながら、ふと前方の席の方を見る。
白川澪は、何か用事があるのか、黒板の前で先生に書類を渡していた。
その背中は、昼休みに見た海の前での彼女と同じように、まっすぐで迷いがないように見えた。絵にしたら、きっと一本の線で引けそうな姿勢。
「蒼ー、今日グラウンド寄ってかない?」
声をかけてきたのは、海野陸だった。中学のころからの知り合いで、同じ高校に進んだけれどクラスは去年まで別。
額にはもう汗が光っていて、手にはサッカーボールが抱えられている。
「今日は美術室。新しい課題の下描きしないと」
「そっか。じゃ、試合のときはちゃんと応援来いよ!」
陸はあっけらかんと笑って、仲間たちと一緒にグラウンドへ駆けていった。
その背中は、昔から変わらず全力で、動きが線ではなく勢いのある筆致みたいだと、ふと思う。
代わりに、澪が席に戻ってくる。
鞄を机に置きながら、ちらりと私の方を見た。
「水瀬さん、美術部なんだって?」
「うん。去年から。絵、描くのが好きだから」
「ふうん。じゃあ、千尋に会わせようかな」
千尋? 首をかしげる私に、澪はそのまま廊下に視線を向けた。
そこに立っていたのは、小柄で明るい茶髪の女の子。手には文庫本を抱え、ページに小さな付箋がいくつも貼られている。笑顔のまま、こっちに小走りでやってくる。
「澪ー! ……あ、この子が?」
「うん、同じクラスの水瀬蒼さん。蒼、こっちは青山千尋。文芸部」
「はじめまして! あなたの描く絵、見てみたいな。小説の表紙にできそうな予感がするの」
唐突に言われて、私は少しだけ目を瞬かせた。
けれどその瞳は本気で、茶目っ気と情熱が混ざった色をしていた。
「……機会があれば」
「やった、それってもう約束だよね?」
千尋はそう言って私の肩を軽く叩き、澪と一緒に廊下へ消えていった。
残された私は、夕焼けに染まった教室の中で、ほんの少しだけ胸があたたかくなっていることに気づいた。
──名前のない色に、まだ薄いけれど新しい色が混ざりはじめている。
そんな気がした。