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第3話  はじまりの輪郭

放課後の教室は、窓からの光で少しオレンジ色に染まっていた。

 ホームルームが終わると同時に、ほとんどのクラスメイトは帰り支度を始める。私はスケッチブックを鞄にしまいながら、ふと前方の席の方を見る。


 白川澪は、何か用事があるのか、黒板の前で先生に書類を渡していた。

 その背中は、昼休みに見た海の前での彼女と同じように、まっすぐで迷いがないように見えた。絵にしたら、きっと一本の線で引けそうな姿勢。


「蒼ー、今日グラウンド寄ってかない?」


 声をかけてきたのは、海野陸だった。中学のころからの知り合いで、同じ高校に進んだけれどクラスは去年まで別。

 額にはもう汗が光っていて、手にはサッカーボールが抱えられている。


「今日は美術室。新しい課題の下描きしないと」


「そっか。じゃ、試合のときはちゃんと応援来いよ!」

 陸はあっけらかんと笑って、仲間たちと一緒にグラウンドへ駆けていった。

 その背中は、昔から変わらず全力で、動きが線ではなく勢いのある筆致みたいだと、ふと思う。


 代わりに、澪が席に戻ってくる。

 鞄を机に置きながら、ちらりと私の方を見た。


「水瀬さん、美術部なんだって?」


「うん。去年から。絵、描くのが好きだから」


「ふうん。じゃあ、千尋に会わせようかな」


 千尋? 首をかしげる私に、澪はそのまま廊下に視線を向けた。

 そこに立っていたのは、小柄で明るい茶髪の女の子。手には文庫本を抱え、ページに小さな付箋がいくつも貼られている。笑顔のまま、こっちに小走りでやってくる。


「澪ー! ……あ、この子が?」


「うん、同じクラスの水瀬蒼さん。蒼、こっちは青山千尋。文芸部」


「はじめまして! あなたの描く絵、見てみたいな。小説の表紙にできそうな予感がするの」


 唐突に言われて、私は少しだけ目を瞬かせた。

 けれどその瞳は本気で、茶目っ気と情熱が混ざった色をしていた。


「……機会があれば」


「やった、それってもう約束だよね?」


 千尋はそう言って私の肩を軽く叩き、澪と一緒に廊下へ消えていった。

 残された私は、夕焼けに染まった教室の中で、ほんの少しだけ胸があたたかくなっていることに気づいた。


 ──名前のない色に、まだ薄いけれど新しい色が混ざりはじめている。

 そんな気がした。


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