●3.アメリカ
林原はアン・ケリー待ち合わせた日本村プラザ近くのスターバックスにいた。林原のスマホとケリーのスマホを同期させて最新の通訳機能をオンにしていた。林原の声に似せた英語の男性の声、ケリーの声に似せた日本語の女性の声がそれぞれのスマホから聞こえていた。
「林原さん、今やアングロサクソン系の白人は少数派に転落しそうですよ」
ケリーは赤いスカーフにブラウンのサングラスをかけていた。
「アメリカは移民の国ですから、仕方のないことかもしれませんね」
「正式な移民で我々の暮らしを脅かさず、静かに暮らしてくれるなら問題はないのですが、分断を煽るような行為や治安の悪化には、閉口します。それに不法移民や難民がアメリカにどんどん押し寄せてきています。アメリカの姿が変わり始めているような気がしてなりません」
「状況はお察しします。自分の国にいられないから、よその国に行く、そんな考えよりも自分が出て行かなくて済む国に変えようと努力するべきです。それでもいられなければ、出るのも選択肢の一つですが、行った先の国のルールに従うことが前提ではないでしょうか。受け入れる側はグルーバルな偽善は捨てる必要があります」
林原の言葉にケリーはちょっと感動しているように見えた。
「まさに『郷に従え』ですね。それでGARB(グレート・アメリカ・リボーン)について知りたいのでしたね。先方も林原さんに興味があるみたいですから」
「もう、アポを取ってくれたんですか」
「もちろんです。ロスにあるGARB系の店に行きましょう」
林原はケリーの運転するクライスラーのセダンに乗って、ロス南部のサンペドロに向かっていた。
「GARBと『郷に従え』は、わかり合えるところがあります。保守的であり、悪意のある外国人に乗っ取られたり、治安を悪くされることに反対する点です。ただアメリカの場合、グレートに再生したいところがあるので、そこが違いますか」
ハンドルを握るケリーは淡々と述べていた。
「GARBというと、なんか排他的で日本語の『郷に従え』など、全く受け入れないと思ってましたが」
「彼らは、自分たちの信条を曲げたくない点は、かなり頑固ですけど」
「州議会とかで、GARB系の議員が当選したことはあるのですか」
「カリフォルニアではないですが、ニューメキシコ州ではGARB系の議員が2年前に一人いました」
「日本ではどうですか。郷に従え党の議員は」
「まだ日本でもドイツでも候補者を立てたことはありません」
林原は苦笑していた。
サンペドロのマクドナルド近くにあるGARB系の『ヒギンズショップ』の店内には、いろいろなグッズが所狭しと並べられていた。保守系の有力議員のマスクやポスターなども数多く展示してあった。
「やぁ、よく来てくれた。今年の大統領選に初出馬するウォレス氏のキャップはどうだい。これがお気に召さなきゃ、マグカップはどうだい」
店主のヒギンズは能天気な明るい男であった。予め調整してくれていたケリーのスマホから日本語が聞えていた。
「ほっほぅ、ごりゃご機嫌な機械だぜ。俺が日本語をしゃべっているみたいだ」
「ヒギンズさん、さっそくですがケリーさんから聞いていると思いますが、我々の『郷に従え』はどう思いますか」
林原の日本語は彼のスマホから英語になって発せられていた。
「あんたのも、ご機嫌な機械なんだな。おぉ、そうだった。ゴウニシタガエって、当然だよな」
「私は、この言葉を広めたいと思っています」
「そうかい。近頃、妙な連中が増えて困りものだ。何々らしさがなくなってる」
「らしさは良くない、バイアスがかかっているとか、よく言われますね」
「男らしさとか、女らしさ、アメリカ人らしさってものがイケないってんだから。違いは認めろってんだ。なんかズレてないか」
「それは私も同感です」
「おお兄弟、わかってるじゃねぇか」
ヒギンズはデカい手で力強く握手してきた。
「男か女かわからねぇ奴が、いるからな」
「私と言うか、我が党ではLGBTQの人が居るのは認めますが、奨励するつもりはさらさらありません。特別扱いもしません。そう言ったスタンスです。また生理的に受け付けないのも、尊重するのも個人の自由だと思います」
「認めるのかい」
ヒギンズは鼻を鳴らしていた。
「しかし、あなた方のコミュニティーにおいて、認めないことを無理やり変えさせるつもりはありませんし、尊重したいと思います。ですから、あなた方のコミュニティーを訪れたり、暮らすのであれば、そのルールに則るという考え方です」
「それがゴウニシタガエか。悪くはない」
ヒギンズは客が入って来たので、応対しようとそちらに向かった。彼は陽気に話しかけていたが、突然黙り込み両手を上げていた。レジ付近では中南米系の男が拳銃をヒギンズに向けていた。
ヒギンズがレジを開けるのに手間取っていると、強盗が林原とケリーにも銃口を向けて来たので、両手を上げてレジ周りからゆっくりと離れた。次の瞬間、ヒギンズがライフル銃を構えていた。強盗は一瞬ひるんだが、ケリーに近寄り人質にしようとした。ヒギンズが天井に向けて発砲すると、天井から吊るしていたシャンデリアが落ちてきた。派手にガラスが割れる音がして、強盗はその下敷きになった。強盗はシャンデリアをどかすと、よろよろと立ち上がり、ヒギンズに向かってきたが、ヒギンズが銃床を振り回して、横っ面に一撃を食らわした。強盗はあえなくダウンし床に転がった。
「さてと、警察に連絡するか」
ヒギンズは日常の作業のように平然とスマホを耳に当てていた。
警察官が強盗を逮捕し引きずって行った。パトカーのドアが閉まる音がしていた。
「強盗にはこれが一番」
ヒギンズはライフル銃を見せていた。
「アメリカらしいスタイルですね。はた目から見ていると銃規制は必要だと思ってましたが、現実を見てない偽善かもしれません。それなりの事情があるようです。これも郷に従えですよ」
「林原さん、ゴウニシタガエ、広めましょうや」
ヒギンズはライフル銃をぐるりと回してから、構えるポーズを取っていた。
ケリーの車は林原が泊まるリトル東京近くの日系のホテルに向かっていた。
「GARBとは何かを肌で感じた気がしました」
助手席の林原は感慨深げであった。
「郷に従えとのニュアンス的な共通項が感じられましたか。それは良かった。そのうちヒギンズがゴウニシタガエのグッズを販売するんじゃないですかね」
運転席のケリーは冗談半分に笑っていた。
「明日からは保守派を支援しているSNS長者のスティーブ・シムズCEOと会おうと思いますが、何か手段はありますか」
「フレンドベイスのシムズCEOですか…。内容にもよりますが、初対面で普通にアポを取ろうとすると、1年ぐらいは後になるでしょうね。多角経営で超多忙ですから」
「何か奇抜な手でも打たないと、ということですか。ホテルで策を考えますよ」
林原はホテルのロビーで紙製の新聞を広げていた。電子版ばかりに慣れていたが、久々に紙を広げる感覚に懐かしさを感じていた。紙を折ったり、広げたりしてページをめくっていると、紙の臭いが感じられる気もしていた。紙の新聞を読んでいる自分に酔っている林原。『過疎化深刻、なり手のいない村長。村長選の候補者ゼロの村は統廃合の危機』の見出しに目が留まった。今はSNS長者よりもこれかもしれないと閃いた。