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第5話 AI幹事長

●5.AI幹事長

 「ベルガーさん、遂に日本で我が党の村長が誕生しました」

林原は柿沢が村長になったその日に、ベルガーにビデオチャットで連絡していた。

「それは良かったです。政党らしくなりましたね」

「ドイツで我が党員が議員になれそうな所はありますか」

「いろいろな可能性を模索している所です」

「そうですか。それで党の発展に一役買ってもらうAI幹事長を作ったらどうかと思いまして」

「AIでですか」

「我が党に興味を持った人に対して24時間対応し、疑問や質問に答える幹事長です。これがあれば、いちいちSNSの書き込みに答える手間が省けますし、AIだから疲れないし、給料も払わなくて済みます」

「なるほど、良い考えですが欧米ではどうもAIに抵抗感がある人が多いので、どうなるか不安が残ります」

「日本ではAIに抵抗感はあまりないですね。ただAI開発技術者が少ないので、開発となると時間がかかりそうです」

「それでしたら、シュルツたちを日本に派遣して、日本でAI幹事長とやらを作ってみますか」

「なにも派遣しなくても、リモートでできませんか」

「ネット的に閉じた環境で作らないと、ハッキングや情報が洩れる可能性があります」

「用心のためですか。しかしシュルツたちの居場所となる所が…。そうだ、支店の隣の古民家を借りましょう。静かな環境となります。村長にはAIベンチャー企業の誘致ということにしてもらいます」

「村長さんがいる村ですか」

「はい。あそこを拠点にしましょう。ベルガーさんも来てください。通訳が必要ですから」

「わかりました」


 村役場は鉄筋コンクリートの3階建てで、その3階に村長室があった。

「AIベンチャー企業の誘致なら、新たな建物が建てられる川田地区が適していますね」

村長席に座る柿沢は村の地図を広げていた。

「いや。建物は建てないので、うちの支店の隣の古民家にするつもりです」

「でも隣は空き家ではないですけど」

「東京の親族に掛け合って借りるつもりです」

「上手く行きますか」

「そこを柿沢村長の交渉力で何とかしてもらいたいのです」

「私に交渉力なんてないですよ」

「柿沢さん、自分を卑下しないで、自信を持ってください。なんとかなりますって」

「そうですか。やってみます。でも…」

柿沢が何か言おうとするが、林原は、口を閉じるようにゼスチャーしていた。


 柿沢の交渉で、借りることになった古民家は築50年程で、外見は古民家でも中古住宅といった感じであった。隣の和菓子屋兼喫茶室は、ドイツ人たちには好評で休憩時間になると必ず立ち寄っていた。

 「ベルガーさん、AI幹事長は『郷に従え』の我々の主張をディープラーニングしていると聞きますけど、たまに間違ったことを言うことはないのですか」

林原は大福を口に入れていた。

「完璧ではありません。尖ったことや行き過ぎたことを答えることは稀にあります」

ベルガーは湯のみが空になったので、店員を呼んでいた。すぐに地元の雇用創生ということで採用した近所の主婦がお茶を注ぎにきた。

「そこなんですが、人間がフォローするしかないのですかね」

「シュルツたちは、第三者的な別のAI幹事長補佐を作って客観的な監視をし、人間に最終判断を求めるようにすると言っています」

「まだAIは道具に過ぎない段階ですね。まぁ、その方が良いとも思います。勝手に自分で判断して、AIに人間が指図されるようになったら、いけませんから」

「機械ではクレーム処理はある程度できても、あるゆる分野で主体は人間ですから」

「完成したら、いろいろと試してみますか」

林原は完成を楽しみにしていた。


 3週間後、シュルツたちが日本の田舎気分を楽しみながらAI幹事長を完成させた。

「林原さん、今ここに表示されている人物がAI幹事長です」

ベルガーは古民家内の洋間にある大型モニターを手で指し示していた。

「幹事長の顔は日本人のようでいて白人のようで…、もしかして私とベルガーさんの顔を足して二で割ったんですか」

「シュルツの遊び心でして、気に入りませんか」

「良いんじゃないですか。グルーバル政党にするつもりですから」

林原はAI幹事長の顔をじっくりと見ていた。

「それでシュルツさんたちは、」

「今頃は喫茶室に入り浸っているでしょう」

「それじゃ、まず『郷に従え』党の理念を聞いてみます」

林原が文字を打ち込もうとした。

「話しかけても、ちゃんと応答しますから。今の所、日本語、ドイツ語、英語に対応しています」

ベルガーが言っている間にAI幹事長は相槌を打ち、答えようとしていた。

「『郷に従え』党の理念としては、国や各地域ごとの伝統や習慣、文化を重んじながら、調和して生きることを目指します」

男性の声に設定されていた。

「近年、多様性が叫ばれていますが、それと逆行することはないですか」

林原は人と接するように話しかけていた。

「訪問者たちは、その国や地域を訪れたり移住する際には相手先に合わせるべきで、一方の居住者たちは訪問者たちの文化などを安易に受け入れるべきではないと思います。一見すると多様性の流れを否定するかのように見えますが、他所の文化を多様性の名のもとに受け入れれば、元々そこにあった文化は変容します。それがどんどん進めば、世界中どこに行っても平準化し同じ文化となり、それこそ多様性は失われるのです」

「互いに主張し合っているようにも見えますし、それこそ紛争の火種になりそうですが」

「双方それぞれが尊重し、押しつけがないので、軋轢は送り難いと推察します」

「あなた方が言う、国を跨いだグルーバル政党として役割はなんですか」

「郷に従うことはもちろんですが、都市と地方、海外と国内、先進国と発展途上国、どれも人間同士のつながりで互いに共存・尊重しなければなりません。だからこそその地域社会に根差した政策を第一に考え、それぞれに最適な解決策を提示します」

 林原はAI幹事長を終了させた。

「なんかちょっと硬い口調だけど、その方が幹事長らしいです」

「当初、シュルツたちは柔らかい口調の女性にしようと思ってましたが、幹事長の顔を我々をモチーフにしたので、男性にしました」

「行き過ぎた変なこともいいそうもないし、完璧じゃないですか」

「各国の反応の違いも明確になりそうです」

ベルガーは期待が大きいようだった。


 AI幹事長を導入してから、SNSの反応は日に日に増えて行った。『郷に従え』党に対する世間の反応は様々で肯定的な意見もあれば、懐疑的な声もあった。特に日本では都市部の若者層は、地域性や伝統を重んじることに対して距離を感じ、地方の中高年層や伝統工芸の関係者たちからは熱い支持が集まり始めていた。

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