●6.渡米再び
林原はシカゴのマコーミックプレイスを会場にしたエア・モビリティーショーに来ていた。世界各国のドローン型の空飛ぶ車や宅配ドローンなどが展示され、試乗もできた。アメリカらしいド派手な演出で飾られていた会場は多種多様な人種で賑わっていた。
「今日も来ないですね」
ケリーは1時間後に閉まるゲートの方を見ていた。
「明日の最終日に賭けますか」
林原はフレンドベイス傘下のフレンド・アエロスペースのブースを見ていた。
「シムズCEOがいくら多忙だとしても、新規に立ち上げたフレンド・アエロスペース社が出展しているイベントに来ないわけはありませんから」
ケリーはシムズに出会えるチャンスだと林原を呼んだ手前、諦めるわけには行かなかった。
林原たちはマコーミックプレイス西館のマクドナルドで、このまま最終日を迎えた場合、次にいつ出会えるチャンスがあるか検討していた。
林原がアップルパイの中身が零れ落ちないように、慎重に食べていると、ケリーが慌てて、トイレから戻ってきた。
「どうしました」
「林原さん、シムズCEOが来てますよ。側近の部下がトイレに居ましたから」
「間違いないですか」
「はい。いつも同行していますから」
「それじゃ手筈通りにやってみましょう」
林原たちは試乗車のあるマコーミックプレイス東館に向かった。
フレンド・アエロスペースの試乗車は東館の一番湖に近い一画に停まっていた。ケリーが試乗車担当の社員に英語で何か言うと、その社員は急いで西館の方に走っていった。
「これで、試乗車に乗れますよ」
ケリーは試乗車のドアを開けていた。
「何を言ったのですか」
「機嫌の悪いCEOが来たから、出迎えないと怒られますってね」
「本当に機嫌が悪いんですか」
林原は試乗車の側面に『郷に従え』党の選挙演説用の横断幕を張りつけていた。
「いゃーどうでしょう。あぁそれとちょっと、右端が外れかけていますよ」
「補強しておきます」
林原はガムテープを張っていた。
林原が試乗車の電源をオンにすると4つのプロペラが回り始めた。前部運転席に林原、後部席にケリーが座っている試乗車は、少し垂直上昇させて横に進み、東館の開いているゲート扉から外に出た。目の前にはミシガン湖が一面に広がり、湖面の2~3メートル上を滑るように進むと徐々に高度を上げていった。
「これを操縦できるなんて、結構簡単ですね」
林原は、自分の行きたい方向などに操縦ハンドルを動かしていた。
「本来は自動ですけど、マニュアル操縦もできます」
「ただ、この試乗車奪取に誰も気付いてくれないと、意味がありませんが」
「大丈夫ですよ。東館の方を見てください。こちらを見て社員たちが騒いでますから」
「どれどれ、あぁ騒いでますね。あのサングラスをかけた人は、シムズCEOではないですか」
林原は試乗車をUターンさせ、東館の方に向かわせた。
「あぁ、そのようですね」
「何回か彼らの前を言ったり来たりしてみます」
林原は湖岸に沿った遊歩道の上空を何回か往復させた。
「林原さん、充電の方はどうですか。そんなに残りはないはずです」
「あぁ、これって、残りがゼロに近いってことですか」
林原はLEDが点滅しているのを見ていた。
「墜落させたら、ことですから、すぐに戻りましょう」
「はい」
林原は、社員たちが騒いでいる渦中に試乗車を着地させた。
試乗車のドアが開けられ、林原とケリーは警備員たちに引きずり出された。フレンド・アエロスペースの社員たちに取り囲まれて英語で何か問いただされていたが、スマホの翻訳機能はケリーとシムズCEO向けにセットされているので訳されなかった。
社員の輪の中から、サングラスをかけたシムズが近寄ってきた。
「あの横断幕は何ですか」
シムズの英語はスムーズに訳されていた。彼は試乗車の側面に張ってある横断幕をしげしげと見ていた。
「我々『ゴウニシタガエ』党の選挙演説カーに、御社のエアモビリティーのコンパクトさや機動性がピッタリとだと思いました。つい操縦性の良さに我を忘れて操縦を楽しんでしまいました。すみません」
林原のスマホが英語にしていた。
「そうですか。あれはきれいに剥がしてください。日本の新規政党にはあまり興味はないのですが、購入されるなら歓迎です」
シムズは平然としていた。
「我々は国際グローバル政党を目指しているので、いずれお役に立てるかもしれません。英語での対応もしてますし、AI幹事長も…」
林原が言っているとシムズは片手を上げて遮っていた。
「私は忙しいので、あぁ、それと勝手に乗り回したことは、試乗の一環として不問に付します」
シムズが言うと警備員たちは林原とケリーを自由にした。
林原とケリーは空港に向かうバスに乗っていた。
「この後は、予定通り日本に帰りますか」
「この前の季節外れの巨大ハリケーン・アビゲイルによる被害と現場の治安を見ておくべきか迷ってました」
「それなら、せっかくアメリカに来たのだから、被害が甚大だったフロリダ州のタンパに行きましょう」
ケリーはスマホをポケットから出して、航空券の手配をしていた。
タンパのサウス・ゴーント・レイク・ロード沿いのショッピングセンターやホームセンターなどは軒並みガラスが割られ、商品の略奪に遭っていた。高潮の影響で洪水にもなっていたため、干からびた土砂などがまだ撤去されずに道端に積み上げられていた。
「これは酷い、あれからひと月ぐらい経っているのに…、」
林原は、レンタカーの窓から身を乗り出して見ていた。
「結局、略奪するのは、抑圧されてた貧乏人がほとんどで、黒人やラテンアメリカから移民が多数派ですね」
ケリーはゆっくりとレンタカーを走らせていた。
「人の土地、他所の国だからという意識があるのでしょう。もしここが自分の愛する故郷なら、こんなことはするでしょうか」
「たぶんしないでしょう。この土地を愛していないのに、ただ住んでいるって感じですかね」
「誰もが自分が愛する土地に住めれば、世の中はかなり変わると思います。もしかすると手軽に移動できることが行けないのかもしれません。例えば、明確な目的を持ち苦労してアメリカにたどり着いたなら、そこに愛着が生まれそこのルールを尊重するはずです」
「思っていたのと違ったり、強制的に連れて来られた末裔という意識があると、また違ってくる面もありますけど」
「まさにそこです。『郷に従え』は受け手の立ち位置も考慮しなければ、党是は受け入れられないと言えます」
林原は、荒んだ市街地の状況を眺めていた。