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第8話 ゲームアプリ

●8.ゲームアプリ

 『郷に従え』党の拠点となっている古民家では、和室がリモート会議室になっていた。床の間の掛軸はそのままで、ベルガーたちの受けは良かった。

「叔父の貯金と和菓子作りなどの収益では、党の運営は難しくなってきましたよ」

林原は切実な感じであった。

「だいぶ党員登録も増えて来たので、そろそろ党費を取ってはどうですか」

ロサンゼルスから参加しているケリーがモニター画面越しに言ってきた。スマホ経由ではなくPC経由で日本語になっていた。AI幹事長のバージョンアップのために、まだ日本にいるベルガーたちはうなづいていた。

「そうは言っても60人程度ですから、まだ早い気がします」

林原は和室を見回してからモニター画面を見ていた。

「林原さんやベルガーさんで講演会を開くのはどうですか」

ケリーの画面は一瞬フリーズしたが、すぐに元に戻っていた。

「ん、まだ知名度が低いので、人が集らないでしょう」

ベルガーは残念そうにしていた。

「そうだ。ベルガーさんたちが日本に居るので、議会シミュレートゲームのアプリでも作ってリリースするってのは、どうでしょうか」

「シュルツたちは、いくら和菓子が好きでも、そろそろドイツに帰りたくなる頃ですけど」

ベルガーはそう言うと、片言の日本語しかわからないシュルツたちに林原の提案をドイツ語で説明していた。

「ここの村にはAIベンチャー企業を誘致していることになっているので、ちょうど良いかと思います」

林原は柿沢を同席させれば良かったと感じていた。

「シュルツが言うには、ゆくゆくはゲームではなく、リアルな投票システムにしたり、バーチャル議会にするなら、やりがいがあると言っています」

「AIやブロックチェーン技術などを取り入れた投票システムは、世間の注目を集めるかもしれません。そのとっかかりが議会シミュレートゲームですか。ゲームを党の宣伝媒体として活用できるし良いんじゃないですか」

林原も乗り気になってきた。

「私もゲームを一種の宣伝媒体にすることに賛成です。アメリカでもウケる気がします」

ケリーの声に合わせた日本語がPCのスピーカーから聞こえてきた。

「それでタイトルはどうしますか」

ベルガーは林原の方を見ていた。

「ん、…『郷に従え』色をふせて、『あんたが総理大臣』で行きましょうか」

林原に異議を唱える者はいなかった。


 3週間後、『あんたが総理大臣』のファースト・バージョンが出来上がった。林原はデモ画面を見ているので、操作しなくてもどんどんゲームは進んでいた。コントローラーのスタートボタンを押した林原の指は所在なさげであった。

 PCのモニター画面にはリアルな国会の映像が流れていた。

「政治活動費で、掛け蕎麦を50名分、注文したのですか」

女性野党議員の顔がアップになり、音声とともに漢字が少なめの字幕も出ていた。

「あれは政治パーティの一環としてと、聞き及んでいます」

老練の男性与党議員の顔に切り替わる。

「正直に答えてください。掛け蕎麦を食べんたんですか。食べなかったんですか」

「掛け蕎麦を食べたかと聞かれれば食べてますが、それが政治活動費の不正には、あたらないと考えています」

野党議員と与党議員の顔が交互にアップなっていた。

「50名分ですよ。あなたが一人で掛け蕎麦を全部食べたというのですか」

「この掛け蕎麦問題は、今、この防衛予算委員会で、お答えしなければいけないのでしょうか。差し迫った朝鮮半島状況もありますし」

「そうやってね、あなたは逃げるのですか。国民は、掛け蕎麦問題を一番気にしているのですよ」

野党議員が喋り終わると、官房長官が目の前に現われた。

「総理、Jアラート発令です。現在我が国に駐留しているアメリカ合衆国の基地にミサイルが着弾しました」

国会は騒然となる。画面が切り替わると『ゲームオーバー』の文字が浮かんできた。

 「本当に議論しなければならないことの論点ずらしで、何も決められないという野党の手法を皮肉で表現した

のでしょうが、郷に従えの要素が全然ないようですね」

林原はゲームコントローラーをテーブルに置いていた。

「シュルツたちが言うには、ゲームを面白おかしくするために、過去の日本の国会のパロディを織り交ぜているそうです」

すぐにベルガーが代弁していた。

「でも…この部分はゲームをリリースしてつまらないと不評だったら、次のバージョンでは削除しましょう」

「選択肢によっては裏金不記載問題になることもありますが、わかりました。現行バージョンでは、ここを野党の質問に応じず、本来するべき議論に持ち込めばクリアとなり、次のステージでは移民やオーバーツーリズムの国会シミュレートになります」

「それじゃ、そこを今度はデモでなく、やってみます」

林原は再びコントローラーを手にした。


 「日本は移民をどんどん受け入れて、生活水準を維持しなければなりません」

野党議員が国会で意見を述べていた。ゲーム画面ではこの発言に対する意見を求めてきた。意見はマイクを通した音声でも、打ち込みでも対応していた。

『賃金が安いとかでそれほど来てくれるとは思えません。やはりロボット化で補うのはどうでしょうか』

と林原は打ち込んでいた。

「総理、それじゃ間に合わないのですよ」

女性の野党議員が甲高い声を上げていた。

「安易な移民は国を変容させますし、昔に比べて治安が悪く魅力が少なくなっているので来るでしょうか」

林原は、今度はマイクを使い音声で返答していた。

「日本に来てくれる外国人には特権を与え、軽微な犯罪なら逮捕されないようにすれば、どんどん来るはずです」

「特権ですか。あり得ない。まさか参政権とか言うのですか」

「もちろん3週間滞在すれば参政権も付与します」

「あんた、日本語が上手ですけど、どこの国の人ですか」

林原はゲームと言えども、ムッとしていた。

「やはりここは彼らの習慣を尊重し、日本人の倫理観をアップデートする必要があります。観光地のごみの清掃は日本人がやれば、雇用の創出になります」

別の野党議員が言い出していた。

「全く話にならない。日本を東アジアのアイデンティティーのない寄せ集め国家にするつもりですか。もはや日本と呼べない国を維持する意味がどこにありますか」

林原が言い放つ。画面上には『発言ボーナス300点獲得』と表示された。

「移民を入れるにしても、郷に入れば郷に従う人々を受け入れるべきです」

林原が付け加えると、ファンファーレが鳴り、『隠れキーワードを含む発言ボーナス500点獲得』とさらに表示された。

 林原はゲームをポーズさせた。

「なるほど、『郷に従え』が隠れキーワードなのか。面白いじゃないですか」

「知らず知らずのうちに『郷に従え』が浸透するような仕掛けが随所に施されています」

ベルガーは自分が作ったアプリのように自慢げであった。

「それでこのゲームのゴールは何になるのですか」

「このバージョンでは、日本にいる外国人に日本のルールをどのように従わせるかでして、クリアしなければならない点は、野党の外国人優遇の政策や国連など海外団体による内政干渉のような勧告をいかにして跳ね除けるかです」

「現在、日本で懸念されているタイムリーな案件の解決策をゲーム上で模索すると、リアリティーが増す気がします」

「それはオルタナティブ内閣やシャドー内閣のようなものになりますから、ゲームプレーヤーが日本の政治に興味を持つことにもなりますね。さっそくシュルツたちに手直しさせます」

「それでこのゲームの設定期間はどれくらいですか」

「設定期間10年の議会シミュレートで、いかにして高得点を稼ぎ、最終的にはAIが判断し、日本の伝統文化が守られ、日本らしい日本がいかにして達成できるかになります」

「これは日本の議会をモチーフにしていますが、ドイツ語バージョンや英語バージョンでは、どうなりますか」

「ドイツの伝統文化やアメリカらしさがいかに維持できるかになり、基本的に同様なものになります。しかしケリーさんの提案でアメリカ向けのタイトルは『アイム・プレジデント』になる見込みです」

「結構イケてる気がします。ある程度売れたら、全国大会や世界大会を開いてゲームを盛り上げたいものですね」

「それでしたら、リリース当初から全国大会や世界大会の日時を告知して、話題にするのも良いじゃないですか」

「ベルガーさん、デビュー前に既に盛り上がっているアイドルのように演出するわけですね。やりましょう」

林原とベルガーはハイタッチしようとすると、画面の向こうのケリーもハイタッチしようとしてきた。3人は目で合図してからそれぞれバーチャルなハイタッチのポーズをしていた。

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