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第10話 悪徳業者

●10.悪徳業者

 「あぁ、これは酷い。この塀の上に見えるのが産業廃棄物ですか」

林原は塀の上に見える廃プラスチックなどの入った袋の山を見上げていた。一部袋が破れて中身が露出したり、散らばっていた。

「盛土しているわけでなはく、この塀の下の所から、あの10mぐらい上まで全部が産業廃棄物です。市に対策をお願いしているのですが、責任の所在があいまいでして…」

市南部地区自治会長の草野は困り顔であった。

「今も、ここに捨てに来るのですか」

「はい。彼らはリサイクルのための一時置き場であって、捨ててるいるわけではないと言い張ります」

「でも、年々積み重なっているのですよね。悪質だ」

「千葉県は法的な措置を検討していると言っていますが、かなり時間がかかりそうです。ですから藁をもつかむ気持ちで『郷に従え』党に相談した次第です」

草野は今までの抗議活動の資料を手にしていた。草野の脇には表情の硬い市南部の青年会の田沢と近隣の主婦二人いた。

「あのごみの山からゴキブリやハエ、蚊が飛んできて、大迷惑ですよ」

小柄な主婦は目の奥に怒りの炎が漂っていた。

「ゴミ捨てのトラックの運転も荒々しくって、うちの孫がひかれそうになったこともあるんですよ」

大柄な主婦は口をヘの字に曲げていた。

「そうですか。それで我々に相談したと言うことは、ここの事業主は外国人ということですか」

林原は事業主表示を探していたが、塀のはずれに斜めになってかかっていた。

「土地の所有者は日本人ですが、ここに捨てるのは中国人の業者で、言葉がわからないとかで、話にならないのです」

草野は腕組をしていた。

「自治会長、奴らのトラックが来ました」

青年会の田沢はこちらに向かってくる3tダンプカーをいまいましそうに見ていた。


 敷地の入口付近に詰め寄る林原と自治会長たち。入口の手前で3tダンプカーを止めた運転手は、ちらりと人だかりを見たが、平然と鍵を取り出しパネルキャスター・ゲートを開けていた。

「この前も言いましたよね。ここは産廃捨て場ではないし、市の撤去期限は過ぎていますけど」

草野は厳しく問いただしていた。運転手は日本語がわからないと首を横に振っていた。

「とぼけないでください。あんた日本語わかるんでしょう」

大柄な主婦が叫んでいた。

「ワタシ、関係ない、頼まれただけ」

運転手はそう言うとダンプカーの運転席に戻ろうとした。

「違法なことはわかってますか。捨てないでください」

青年会の田沢が運転手の肩をつかんで、行かせないようにした。すると運転手は田沢の手を乱暴に振り払ってダンプカーに乗り込んだ。

 「警察を呼びましょう」

林原は敷地の奥へと入って行く、ダンプカーを見ていた。

「無駄です。奴が帰った後に来ますから」

草野はあきらめ顔であった。

「それじゃ、奴が出られないようにして足止めしましょう」

林原はパネルキャスター・ゲートを閉めようとしていた。

「鍵なら、これを使ってください。奴は開けられませんから」

田沢はポケットから南京錠を取り出して手渡してきた。自治会長はそれを見届けると警察に通報していた。


 十数分後、荷台が空のダンプカーが敷地の入口付近に戻ってきた。

「今日はいつもと違うぞ。大人しくそこで待っていろ」

田沢が怒鳴っていた。運転手の男はパネルキャスター・ゲートに鎖が掛けられ、見覚えのない南京錠が掛かっているのを見て、中国語で激しく罵っていた。運転席から飛び降りて、田沢につかみかかった。

「おい、よせ、大人しくしろ。言いたいことがあったら警察に言え」

林原は運転手を田沢から引き剥がそうとしていた。すると遠くの方からパトカーの音が聞こえてきた。

「今日はいつもよりか、いくぶん早い感じです」

自治会長は頬を緩ませていた。運転手は、さっと身を翻し、ダンプカーに飛び乗った。急発進させ、そのまま敷地の奥へと突き進んでいった。

「これで袋のねずみだわ」

大柄な主婦は笑っていた。警察官が敬礼しながらパトカーから降りてきた。


 自治会長は、警察官に今日は林原がいることなどを説明していた。警察官が到着して15分程経ってもダンプカーが戻ってくる様子はなかった。

「奴は怯えて出てこないですから、敷地の奥に行きましょう」 

林原が言うと、警察官も同意していた。

 林原、自治会長たち、警察官たちは産業廃棄物が積み上げられた合間にある道を歩いて行った。

「しかし、ここは地面じゃないですね。だいぶ前に捨てられた産業廃棄物が押し固められた所のようです」

林原はしゃがんで、カラフルなプラスチックの粒などが広がる地面を触っていた。

「あの人たちって、日本だから何をやっても許されると思っているんですかね」

小柄な主婦はあきれ顔であった。


 「この敷地はかなり広いですね」

林原は歩いてきた道を振り返っていた。

「はい。東京ドームの半分はあると聞いています」

自治会長はかなり先に行った田沢がダンプカーに引かれないかと心配そうに見ていた。

「自治会長、やられました。奴は敷地の奥の塀を外して、逃げたようです」

遠くから田沢の張り上げた声が聞えてきた。

「今日の所は、ここまでですけど、いつもと違うことは感じたでしょう。何らかの動きがあるかもしれません。」

警察官の言葉に自治会長たちはもどかしそうにしていた。

「そうだと良いのですが…」

林原はこんなことでは手ぬるいと感じていた。


 「あの産廃置き場に張られた事業主表示の住所は新宿区のここです」

田沢はスマホの地図の現在位置を確認していた。林原はこの住所に建っている雑居ビルを見上げていた。

「悪い中国人、ココにいますか」

今回同行しているランゲルは日本語の習得が一番早かった。

「5階だな、居ないだろうが試しに行ってみよう」

林原は掃除がされず埃がたまっている通路を入って行った。田沢とランゲルも後に続いた。


 5階のフロアには2つのテナントが入っており、事業主名に記された富士東亜産業と営業時間外で閉まっている雀荘であった。富士東亜産業のドアはピタリと閉まり、ドアの曇りガラス越しに薄暗い中が見えるが、既に引越したようで中は空であった。

「富士東亜産業社長の劉永哲が他に経営している所は他にないかな」

林原は中国人向け求人サイトを見ていた。

「この隣の雀荘はどうですか」

田沢は雀荘のドアに挟まっている簡体字のチラシを見ていた。

「金満雀荘っていかにもそれっぽいが、求人サイトに載っているわけもないな。いや、待てよ。田沢君、そのチラシを見せてくれ」

林原は、スマホを中国語対応に切り替えていた。田沢が持ってきたチラシをしげしげと見てから、スマホで読み取れせた。

「困っている中国人をお助けします。クレジットカード、保険証からパスポートまで何でも作りますって、これ偽造会社のチラシだな」

「ハヤシバラさん、悪い中国人、やっつけますか」

ランゲルは超小型の監視カメラをショルダーバックから取り出していた。

「雀荘の客は中国人が多いらしい。とりあえず廊下に監視カメラを仕掛けておこう。産廃業者は摘発できなくても、日本を食い物にする別の犯罪組織を摘発できそうだ」

林原が言うと田沢は目を輝かせ闘志を秘めている様子だった。


雑居ビルの近くのインターネットカフェでゲームをしている林原たち。監視カメラから送信される会話の中でAIが怪しいと判断すると、林原のスマホに通知が来るようになっていた。

 「AIが判断した怪しい会話は、これだけですか」

田沢は急いていた。

「まだあるがこれが最後のものだ」

林原は、インターネットカフェのPCでピックアップした会話を日本語に訳したものを再生させた。本人たちの中国語とわずかにズレがある日本語が聞えてきた。

『「例の物を受け取りに来ました」

「パスワードは」

「大三元」

「それでしたら、隣のビルの3階にどうぞ」』。

 「どうだろう、隣のビルに偽造の窓口があるようじゃないか」

林原は、二人の顔を見回す。

「乗り込みましょう」

田沢が血気盛んに立ち上がった。


 そこは富士東亜産業の入っている雑居ビルよりも古い雑居ビルであった。3階に行くと、フロアが細かく仕切られ、テナントが5つ入っていた。どれが偽造窓口なのかわからなかった。一旦、下に降りて雑居ビルを出た。

「どうしたものかな」

「林原さん、こちらに来る女性は中国人っぽくないですか」

田沢は歩道を歩いて来る女性に目が行っていた。女性はビル名をちらちら見て確かめていた。

「試してみよう」

林原は中国語に設定していたスマホを手にして、その女性の前に立った。

「何かお困りですか」

林原の日本語は中国語になっていた。

「ソコ、エクセレントビルか」

女性はたどたどしい日本語で答えていた。

「パスワードは」

「…あぁ、大三元」

「OKです。どうぞ」

林原は軽くハグしていた。


 林原たちは雑居ビルの外階段の踊り場に立っていた。

「さてと、あの女性のコートのポケットに入れた隠しマイクの感度はどうかな」

林原は隠しマイクの音声をスマホに転送させていた。田沢とランゲルも耳を澄ませていた。

「あっ、忘れてた。中国語のままじゃわからないから日本語に訳さないと」

林原はスマホ持ち直して、アプリを起動させていた。

 『「…こちらが日本の保険証で、こちらが日本のパスポートです。合わせて10万元ですが既に入金済みです」

「あのぉ日本の免許証の偽造もお願いしてますけど」

「ああ、それなら中国の免許証を国際免許証に切り替えると言うことで合法的に日本の免許証に簡単になります」

「わかりました」

「これであなたも日本人です。日本や世界で好きなだけ悪いことをして日本人の評判を貶めてください」』。

 林原はスマホに転送されてくる音声をオフにした。

「よく言うよな」

「とんでもない奴らだ。とっちめてやりましょう」

「田沢君、ここで殴りに行っても傷害で捕まって、逃げられてしまう。この音声とともに警察に通報するから、抑えてくれ。それに産廃の劉永哲ではないからな」

「わかりました。でも気に食わないっすよ」

田沢は近くの壁を拳で叩いていた。

「いずれ君に暴れてもらうことはあると思うから」

「林原さん、暴れるだなんて…」

「党の親衛隊でもなってもらうかな」

林原が笑うと、膨れっ面だった田沢も笑い出していた。


 数日後、林原たちの通報で身分証偽造組織が逮捕された。事情聴取よると産業廃棄物処理業者の劉永哲が組織の幹部を兼ねていたことが判明していた。芋づる式に逮捕され、産廃置き場も差し押さえた資産で強制撤去することになった。

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