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第11話 瓢箪から駒

●11.瓢箪から駒

 南條村の村長室には秋の柔らかい日差しが差し込んでいた。

「先日の急病人の搬送に2時間がかかったことに心を痛めています。村に医師を常駐させる妙案はありませんかね」

村長二期目に入った柿沢は、すっかり村長が板についていた。

「高畑医院はどうなりましたか」

林原は村役場の近くにある医院を思い浮かべていた。

「あそこは医師の高齢化で再開は難しいようです」

「高齢化に少子化で人手不足か…」

「林原さん、医師不足は背に腹は代えられないので、外国人の医師でも良いから、何とかなりませんか」

「医師となると日本語が話せないとダメだし『郷に従え』党の村ですから、郷に従う外国人でないと洒落になりませんよ」

林原は腕組をしていた。開けている窓から、村役場の近くで路面補修工事をしている重機の音がしていた。

「ぁぁ、お考え中、うるさいですよね」

柿沢は窓を閉めようとした。林原は窓の外の工事現場が視界に入っていた。

「ちょっと待ってください。あの重機は運転手がいないようですが」

林原は窓を閉めようとする柿沢の手を止めていた。

「あれでしたら、AIと本社から遠隔操作でやっているそうです」

「なるほど、人手不足に対応しているわけだ」

「重労働ですから、人手よりも効率が良いようです」

「医療行為もできるはずです。高畑医院には、ある程度の医療施設がありますから、遠隔医療ロボットで何とかしましょう」


 林原は、高尾山口商店街から車で20分程の安藤電機工業に来ていた。

「手術ができる遠隔医療ロボットは価格が3億円で維持費2000万円というところが相場と言えます」

社長の安藤忠明は顎髭をさすっていた。

「えっ、そんなにするのですか。私としては3000万円程度でなんとか遠隔医療を考えていたのですが」

「それはいくらなんでも…無理です。うちみたいな所では、どんなに努力しても作れませんよ」

「御社はロボットの開発力と価格に定評があると八王子工業会から聞いたものですが、無理でしたか」

林原は、うつむいたままであった。

「同じ市内のよしみですが、残念です」

安藤も心苦しそうにしていた。

「あのぉ、本格的な医療行為や手術は無理でも、注射や点滴などの簡単な処置ができる繊細なマニュピレーターと診断AIのようなものを備えたロボットで遠隔診療はできないですか」

「ん…ロボットが自律して医療行為をすることは法律に反しますが、医師が遠隔地で立ち会っての行為なら問題ないかと。ただし限られたものになります」

「御社として技術的には可能ですか」

「可能ですが、開発費やロボットの価格はかなり高額になりますけど」

「ロボットが完成したら、それは他に売り込んで、生産数を増やせば、コストダウンできますよね」

「もちろんそうでが、販路はあるのですか」

「私がなんとかしましょう。開発費はこちらが持ちますから」

「本当ですか」

「外国企業にこの手の医療ロボットの市場を奪われるよりは、日本が先行した方が優位に立てます。国際的な規制やルールも日本で作ることができます。結局これが『郷に従え』にも寄与するわけです。それに私は党首をしている関係上、欧米にツテがありますから」

林原は勢いで言っていたが、言葉を撤回することは潔しとは思わなかった。


 「ここで億の借金ですか、ゲームが売れていますが、それがいつまで続くかわからないし、講演会をいくらやっても知れてます」

村長室の空気が一気に険悪となった。

「遠隔医療をやるには、どうしても必要なのだ」

林原はここ数年頼むと断り難い柿沢に甘えている感があった。

「私は、村長をやって、店長をやって党の経理もやっているんですよ。もう無理」

柿沢はかなりムッとしていた。

「そこをなんとかやってくれないかな」

「党員の更新は今年で終わりにします」

「柿沢さん、村の遠隔医療を諦めるのか」

「…そうは言ってませんけど、でもそんなにお金がかかるなら、手術ができるロボットを買うのと同じじゃないですか」

「いや違う。開発したロボットは世界中に売ることができる。利益が得られる。それに早期診断ができれば、手術は急がず計画的に県南病院でやれば良い」

「…わかりました。でも新たな稼ぎ作って下さい。それとミュラーの奥さんを経理に加えてください」

「春奈さんか。わかった。ミュラーの奴、日本人を妻に向かえたのだから、帰化するつもりかな」

林原は党の体制をしっかりとさせる必要性を感じていた。


 高輪ゲートウェイ駅の周辺は、西側は建築ラッシュの様相を呈しているが、線路を挟んだ東側はほとんど手付かずであった。そのさらに東側の芝浦地区は旧来からの低層の建物が建っていた。林原は将来を見据えて、都心に党本部を持ちたかったが、その候補地を探していた。国会、海外に行くための羽田や成田へのアクセス、リニアが来るはずの品川駅に近いこと考え合わせると、この辺りも候補になっていた。まだ芝浦界隈はテナント料もある程度は抑えられていた。林原は5階建てのビルの空きテナントの張り紙が目に留まった。現状は安いテナント料でも、いずれ開発で追い出されるのでは、手間だと感じていた。オーナーは隣の遠藤工房の主らしかった。

 遠藤工房は3階建てで1階が工房のようで、電動のこぎりや旋盤の音がしていた。

「すみません。隣のビルのことについてお聞きしたいのですが」

林原が工房に入り中を見回すと、スケートボードなどが至る所にかけてあった。

「あぁっ、ちと待ってくれ。これを仕上げるから」

奥から年配の人の声が聞えてきた。

 しばらく待つ林原。

「おっ、なんだい」

「隣のビルは開発で壊される予定はあるのですか」

「そのつもりはないね。あんた不動産屋、それとも時代に遅れた地上げ屋かい」

「いえ、こういう者です」

林原は党首の名刺を渡していた。

「ふーん、政治家か。まあ、とにかく入んな」

遠藤工房の主は職人のデカい手で名刺を見ていた。


 「あんたも物好きだね。こんな所に党本部を構えるのか」

主自らが野太い手で林原の湯呑に茶を注いでいた。

「今の時代、ネット環境があれば、どこでも良いのですが、ここなら国会へも近くテナント料も安いですから」

「それじゃ、あんたの所の党員を国会議員にするつもりかい。党名も変わっているけど、東大卒でも弁護士でもない党首が国会議員を束ねるのかい、面白れぇ奴だな」

「既に長野県で村長になった者もいますし、ハンガリーのショプロン市長も党員です」

「そりゃ大したもんだ。でもテナント料はまけたりしないぜ。きっちり払ってもらう」

「それでいつからだ」

「まだ目途がたっていないので、もう少し先になります」

「なんだ、冷やかしか」

「…の写真は世界選手権ですか」

「俺のスケートボードを使って金メダルさ」

「どうした。何か言いたそうじゃないか」

「ちょっと、試してみても良いですか」

「ん、あんたもやるのかい」

主が手近にあったスケートボードを手渡していた。林原は、ボードに乗ると少しだけ、滑走して止まった。自分が乗っていたボードを目線の位置に持って行き、キャスター部をしげしげと見ていた。

「このキャスター部分をボードの真ん中に付けて一輪にしたら、フィギュアスケートのような回転などできるんじゃないですか。でも小さな補助輪をつけないと滑り出しが難しいかな」

林原はぶつぶつと言っていた。

「あんた、何を言ってるんだ」

「こんな形の一輪ボードを作ったら、もっとアクロバティックな技ができるんじゃないですか」

林原は、ボードの中央部に一輪、前方部に小さな補助輪があるボードをメモ帳に描いて、主に見せていた。

「…不安定なボードだな。固定された一輪と360度回る小さな補助輪か。ちと待ってろ、家具のキャスターを付けて試作品を作ってやるよ」

主は林原のメモを持って奥に行った。

 20分ぐらい経つと、主は一輪ボードを持ってきた。

「どうだい、妙なボードができたぞ」

「さっそく試してみましょう」

林原は近くの作業台につかみながら、ボードに乗った。補助輪があるので、進み出ることはできた。だがスピードがある程度出た所で一輪走行となると、ふらついたが、数秒だが一輪で進めた。次はその場で一輪でバランスを取り、反動をつけて回ろうとした。4分の1周程してコケた。

「おう、お帰り」

主は詰襟の制服を着た子に声をかけていた。

「お孫さんですか」

「そうだが、うちの謙太にこのボードを試してもらおう」

主は孫を呼び止め、一輪ボードを見せていた。


 謙太は少し練習をすると、結構上手に乗りこなしていた。ある程度勢いをつけると一輪で一回転することができた。

「じいちゃん、面白いよ。これイケテんじゃねぇ」

「謙太、そうかい。そうかい。林原さん、うちの孫も言ってますぜ」

「この一輪ボードの技を動画サイトにアップしたら、流行りますかね」

林原は、また変な欲が湧いてきた。

「上手く行けば、がっぽがっぽ、儲かるんじゃねぇか」

主は無邪気に喜んでいた。

「その収益は折半で行きましょうか」

「いや、改良したり製作するのは、こっちだし、あんたはアイデア料だから8%じゃないか。特許を申請してな」

「遠藤さん…それは…、まぁアイデア料となるとそんなものか。とにかく瓢箪から駒の新たな稼ぎになるかだが」

「今の所、捕らぬ狸の皮算用だけど、こういったことは最初にハッキリさせねぇとな」

主は職人でも、計算に細かいようだった。

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