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第12話 新体制

●12.新体制

 南條村の古民家には林原和菓子店、喫茶店、その隣の古民家にはAIラボ・システム開発、郷に従え党本部の看板が掲げられていた。林原は二つの古民家をつないでいる波板屋根の通路を眺めていた。

「東京に党本部が移ったら、AIラボも一緒に移転するべきかな」

「林原さん、村民にしてみれば、せっかくベンチャー企業を誘致したのに、結局東京に行くのかと思われますけど」

傍らに立つ柿沢は否定的であった。

「それじゃ、このままにしておくか。それで柿沢さんは、村長の任期が終わるまでここにいるのか」

「そうなります。遠隔医療を見届けなければなりませんから、経理は春奈さんに任せることになります」

「それはそうとして、任期後は、和菓子店も誰かに任せることになるな」

「はい」

柿沢の返事は語尾が下がっていた。

「またその時に考えるとするか」

林原はスマホにベルガーから着信があったので、党本部の方の古民家に急いだ。


 林原はスマホと連動したPCのビデオチャットを立ち上げ、大画面モニターでベルガーと対話していた。

「ベルガーさん、やりましたね、遂にドイツ連邦議会に1議席獲得ですか」

「これで私もドイツと日本を頻繁に行き来した甲斐がありました」

「我が党としては初の国会議員レベルの党員が誕生したわけですから、日本でも本腰を入れる必要があります」

「明後日には、南條村の党本部に戻ります」

「それでベルガーさん、今まで大変だったでしょうが、来週からは党本部が東京の芝浦になりますので、成田にしても羽田にしてもアクセスが格段に楽になりますよ」

「手頃な物件が見つかったのですか。それは良かった」


 芝浦の5階建てのビルの入口には、『郷に従え』党の看板が掲げられた。今の所、1階と4階が党本部になっていたが、いずれは全棟借りるつもりだった。

 「林原さん、品川駅も近いことだしリニアが開業したら、飯田か中津川辺りの駅から南條村まで30分ちょっとで行けそうじゃないですか」

ベルガーは日本語、ドイツ語、英語で書かれた看板を眺めていた。

「どうでしょう。まぁ開業したら便利ですが」

「私やシュルツたちは南條村に愛着がありますから」

「とにかく、中に入りましよう。まだ荷物は雑然としたままですけど」

林原は1階のドアを開けていた。


段ボール箱に座っている林原とベルガー。

「共産党っていうのは、結局グローバル政党の先駆けのような気がします」

ベルガーはぽつりと言い出した。

「確かに。各国にありますし、なんらかの連携も見られます。ただその成立にあたっては、たいてい血みどろの戦いが伴っています。過去形の感じもありますし、嫌悪する人も多いようです。また日本共産党と中国共産党では内情がかなり違う気がします」

「それは、様々な党がある民主主義国家か共産党一党支配かの違いじゃないですか」

「ん、日本では与党になることはまずないでしょうけど…。翻って我が党は、郷に従えですから、宗教、通貨、文化、歴史、言語など国の形は何一つ変えたり強制はしませんから、静かに浸透し各国が受け入れやすいでしょう。それに保守的で内向きの国が増えていますし」

「林原さん、今ではすっかり本気で世界を手中に入れたくなってますね」

「世界ですか。まぁその前にグローバル政党として各国に根付かせる必要があります」


 党本部の前を遠藤謙太が一輪ボードに乗って通過し、くるりとターンしてから入口のドアの所で止まった。

「おぉ、謙太君、滑り心地はどうだね」

「林原さん、僕の技をアップした動画はフォロワーが1万人になりました」

謙太は一輪ボードを跳ね上げると小脇に抱えた。

「売れそうかな」

「月末にでも通販限定で売り出すつもりですが、林原さんの方で、特許を出願しないとすぐに真似されますけど」

「わかった。特許か意匠かはわからないが、申請の手続きはしておこう」

「それと、じいちゃんからこれ。テナント契約書の控えを渡すように頼まれてたから」

謙太は書類の入った封筒を渡してきた。

 「林原さん。あれなんですか」

ベルガーは不思議そうに一輪ボードを見ていた。

「新しいスポーツギアってところです。流行れば儲かるはずです」

林原が言っていると、謙太は手を挙げてから、一輪ボードで立ち去って行った。


 この日、林原は安藤電気工業が完成させた遠隔診療ロボット納品に立ち合うため1ヶ月ぶりに南條村に来ていた。

「党本部が東京に移転してから久しぶりに、ここに来たけど、やっぱり何か落ち着くな」

林原は車から出ると、何気なく深呼吸をしていた。

「道路が順調だったとかで、昨日の夕方に安藤社長たちはこちらに来ていますから、今頃は高畑医院でセッティングが終わっていると思います」

柿沢は村役場の駐車場まで出迎えてくれていた。

「そうだったのか。納品予定は今日なのに手際が良いな」

林原は納品立ち会い時刻の午後2時には充分間に合っているのだが、遅刻したような感じであった。


 設置された遠隔診療システムでは、連動している人型ロボットが医師の席に座っていた。デスク上にはモニター画面があり、県南病院の医師が映っていた。

「こちらの人型ロボットは医師の目となり看護師のような役割をし、点滴や注射、触診などをします。データは県南病院の医師に同時送受信されますので、医師がその場にいるような診療ができます」

安藤社長は自慢げであった。

「この手だけで対応できるのですか」

柿沢はメモを取りながら聞いていた。

「必要とあれば、こちらの10種類のマニュピレーター・アームとロボットの腕を交換して、簡単な医療処置もできます。もちろん医師が操作するので、違法ではありません」

「このロボットの力はどの程度なのですか」

「そうですね。150キロぐらいまでの人間を抱き起したり、運ぶことができます」

「かなり力強いようですが、つかまれると跡がついたりしませんか」

「いいえ、ソフトスキン加工した腕でゆっくり丁寧に動作するので、乱暴な扱いはしませんし、跡もつかないです」

「後は実際に稼働させてみるだけですか」

林原はロボット指先を触っていた。

「あの、林原さん、県南病院に急患が入ったので、ちょっと失礼します」

モニターの医師は立ち去り、背後の壁だけを映していた。

「両方に急患が入った場合は、重症度に応じて対応するしかないな」

林原が言っていると、安藤社長は一旦ロボットの電源をオフにした。


 「林原さん、出産が近い佐々木さんに何回も電話しても出ないのですが…、」

柿沢は呼び出し中のスマホを手にしていた。

「佐々木さんの家はどこなんだ」

「歩いて3~4分の所です」

「安藤社長、ロボット共に行きましょう」

「わかりました」

安藤はすぐにロボットを起動させた。

「遠隔医療システムの最初のケースが、出産というのも目出度いな」

林原を先頭に安藤、柿沢、ロボットが医院を出て行った。


 妊婦を抱えたロボットは丁寧に医院のベッドに降ろしていた。医院には分娩台なども用意されていたので、すぐに出産の準備が整った。

 「男性は外で待っていてください」

柿沢が分娩台の周りのカーテンを閉めていた。ロボットと柿沢が見守る中、妊婦は力んでいた。モニター画面には県南病院の看護師、助産師、産婦人科医が3分割画面で映っていた。悲鳴に近い叫び声やうめき声が医院に響いていた。いたたまれなくなった林原は、医院の外に出て、しばらく待つことにした。


 林原は車に入れたままだった一輪ボードを出して、医院の前の道で滑る練習を始めた。緩い坂道だと、バランスを取ればスムーズに滑ることができた。ある程度勢いがついたところで、フィギュアスケートのように回転しようとしたが、半回転で転倒していた。林原がゆっくりと立ち上がろうとした時、元気な赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。

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