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第21話

次の日の朝。


「ティーナとドンパッチが、教室の隅で笑い合ってたってよ……!」


誰かのそんな囁きが、あっという間に校舎全体を駆け巡っている。

一部の生徒は朝食を口から吹き出し、別のクラスでは「え、進展早くない!?」と、謎の祝福ムードすら広がっていた。


そんな噂を聞いたユリウス、セイル、レオンの三人が、無言で顔を見合わせている──そして三秒後、バネ仕掛けのように立ち上がった。


カツン、と椅子の音が鳴り、教室の空気はわずかにピリついていた。


まっすぐに歩み寄ってくる三人。その姿は、まるで「生徒会による職員室送り」の図のように見える。

正面からそれを見たドンパッチは、目を見開いたまま動けなくなっていた。


「……少し、話そうか」


重低音で放たれたユリウスの声に、周囲の温度が三度ほど下がったような気がしてくる。


ティーナは慌てて立ち上がり、小動物のような目で三人を見上げている。

眉を寄せ、声はふるえているものの、その口調には不思議な強さがにじんでいた。


「……そんな怖い顔で囲んだら……ドンパッチくん、こわがってしまいます……」


その場の空気が「ピッ」と止まり、三人は慌てて視線を逸らしていた。


ユリウスが、目を泳がせながらぼそりとこぼしている。


「いや……違うんだ。友達になれたらいいなって……ただ、それだけだよ」


どこか上ずったその声。

セイルもレオンも、口元を引きつらせたまま、ぎこちなくうなずいていた。


……つよい、ティーナ嬢。

クラス内ランキング、ただいま再集計中。


ティーナは、安堵の息をつきながら、少し頬をほころばせて言葉をつないでいる。


「……じゃあ、今日のお昼……みんなで、ご一緒しませんか?」


その提案に、場の空気が一気にやわらいでいく。

近くで聞いていたミーナ、クラリス、そしてエレオノーラが、まるで合唱のように頷いている。


「それ、いい考えだと思うわ」

「うん、楽しそう!」


女子組の賛成に、ティーナも安心したのか、ふんわりと笑顔を見せている。

その笑みに、男子三人組の心拍数が同時に跳ね上がっていた。


「じゃあ、あの木陰のベンチなんてどう?」とレオンが言えば、

セイルが空を見上げて、静かにつぶやいている。


「いや……今日は晴れてるし、屋上でいいだろ。風も気持ちいいしな」


そう言いながらも、どこか“ティーナが喜びそうな場所”を意識していたのは、彼だけの秘密として胸にしまっている。


ティーナは少し驚いたように目を見開き、次の瞬間、ふわりと笑ってみせた。


「……はい、それ……とっても素敵です」


彼女は、何かを思い出したように隣を向いている。


「……あの……ドンパッチくんも……ご一緒、していただけますか……?」


ドンパッチは、その場で一瞬フリーズしていた。

視線が左右に揺れた後、ようやく絞り出すように応えている。


「……僕も、参加します」


その声は静かで、それでいて、まるで教室の温度をひとつ下げるような涼しさとやさしさをまとっていた。

本人は、心臓がドラムロールを刻んでいたなどとは、おくびにも出していない。


次の休み時間。

ドンパッチの姿が教室に見当たらないのを確認した、その瞬間――背後から、ドンッ!


「ティーナが、あんなに積極的だなんて、思わなかったわ!」


エレオノーラが背中からダイブするように抱きついてくる。

ティーナの背中に顔をうずめながら、何やらテンション高めにご満悦な様子を見せていた。


「うん、びっくりしたよ。自分から誘うなんて」


クラリスも笑顔でうなずいている。

ティーナはきょとんとした表情で、ふたりを交互に見つめていた。まるで「何か面白いこと言いました?」という顔で。


「……え? そんなに変なこと……しました?」


ミーナが、腕を組みながら首をかしげている。


「ティーナが誰かをお昼に誘うなんて、私、初めて見たよ?」


ティーナは一瞬だけ考え込み、目を伏せると、ぽつりとつぶやいていた。


「……あれ、そうだった……なんでだろう……」


そして、くるりと首をかしげるその仕草が、またひとつ爆弾を投下してしまう。


「かわいい……」


三人の脳内に、揃ってハートマークが飛び散っていく。


──お昼休み。

屋上には、春風が心地よく吹き抜けていた。


ベンチに並んで座るティーナとドンパッチ。

その間にあるのは、わずかなお弁当と、ちょっぴりの緊張と、ふわふわした空気だった。


「……これ、美味しいですよ。ひとつ……どうぞ」


ティーナが差し出したのは、手作りの小さなおかず。

ドンパッチは一瞬、時が止まったように固まり、やがて目を瞬かせて静かにうなずいている。


「ありがとう……」


その声は、風に溶けるようにやわらかく、聴いていた女子組は思わず頬を押さえていた。


「……あれ、これって告白シーンでは?」

「ティーナ、いいなあ……うらやましい……」

「次元が違う恋が始まってる……」


その一方。男子組はというと──


「……」

「……」

「……」


誰ひとり、言葉を発していない。

弁当をつつく手元だけが、妙に速く、そしてぎこちなく動いていた。


ドンパッチに文句を言える空気など、もはや存在していなかった。

彼は現在、王子のように見えないだけの“無双系転校生”として、彼らの中で伝説化しつつある。


──と、そのとき。


「ごきげんよう」


風を切って現れたのは、従者を従えたベルシア嬢。

完璧にプレスされた制服の裾がひらりと揺れ、屋上の空気は一瞬にして凍りついていた。


彼女が歩みを進めるたび、地面の温度が1度ずつ下がっていくように感じられる。


そしてそのまま、ティーナの隣に座るクラリスに、静かに一睨み。


「……どいて」


口調は穏やか。だが、目は完全に“必殺の型”で固定されていた。


クラリスが身を引くより早く、ベルシアはティーナの隣に着席している。

無言の圧。誰も止められない。


けれどティーナは、まるで何も気づいていないように微笑み、自然体でそこにいる。


──しかし、次の瞬間。


「かわいすぎて、むりっ!」


ベルシアがティーナに抱きついてきた。


「それは私だけの役目です!」


と叫んだエレオノーラが飛びかかってくる。


ティーナ、両側から同時ハグ。


ぽかんとしたティーナは、何も言わず、小さく首を傾けていた。


……またしても無意識の爆弾。


男子組はほぼ同時に、心の中で頭を抱えてしまう。


「可愛すぎる……」

「無理……」

「目が……目がぁ……!」


そして、女子組までもがため息をついていた。


「ほんと、なんであんなに可愛いんだろう……」


静かにその様子を見ていたドンパッチは、無表情を保っている。

けれど、胸の内ではある衝動が暴れ回っていた。


──抱きしめたい。


その気持ちは喉までせり上がりながらも、決して口には出していない。

ただひとつ、彼の胸だけが、制御しきれぬ鼓動で高鳴っていた。


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