大学一年の春、私。酒井葵漆(キナ)は許されざる恋をした。
相手は同じ大学の一つ年上の先輩。
初めて会った時は唯のサークルの仲間だったのだが、飲み会終わり河川敷で夜桜を背に歌う彼女の姿に引かれて私は彼女に魅入ってしまった。
神秘的な美しさに引かれ尊敬し、近づく事で彼女の内面の美しさと芯の強さを直に受け、気づいた時には彼女の体に触れ、その体を好きなようにしてしまいたい。自分の物にしてしまいたいと欲するようになった。
結果、彼女は私の気持ちに答え一線を越える事となった。
だがそこで一つだけ蟠りがあった。
女と男であれば愛の形を作ることが出来ただろう。
だが私も彼女も女であり、明確な「愛」の形は作ることが出来なかった。
彼女は私の気持ちを受け入れてくれたが彼女の中にはこれが遊びなのか、本気なのか区別する方法が無いのだという。
出来る事であれば彼女を安心させてあげたい。
だが肉体的にも法律的にも明確な形を作ることが出来ない。
そこで私は一つの賭けに出た。
彼女自身を大切にするという覚悟を見せる為の賭け。
とある夏の日曜の日、父親のいる時間を狙って彼女を呼んだ。
「お父さん。
話があるの」
お父さんは読んでいた本にしおりを挟んで顔を上げる。
「なんだい?」
私は彼女を私の横に連れて来た。
お父さんはふと首を傾げる。
お父さんが何かを言いそうになるより先に私は決めていたセリフを伝えた。
「私。この人と付き合ってるの」
お父さんは彼女を一瞥して本を開きかけて止める。
「話しはそれだけでいいのかい?」
「…それだけじゃなくて私はこの人と結婚したい。
同性だから法律上出来ないけどお父さんにそれを認めてもらいたい」
「あ、そう。
…女同士なら出来ちゃったはないし好きにしてくれ」
「…え?」
お父さんは今度こそ本を開いて読み直し始めたのでお父さんの視界を遮るように本に手を置く。
「ちょっと!私真剣に話してるんだけど!」
「真剣も何も父さんは全く反対しないぞ。
お前がどこの馬の骨と付き合おうがそれはお前の自由だ」
「え…それだけ?」
「それだけだ。
男と付き合ったなら避妊はしっかりしなさいと言っていたがそう言う訳じゃないなら二人でゆっくり人生を楽しめばいい」
お父さんはため息の後、本を閉じて机の上の離れた場所に置くと彼女に視線を向けた。
「えっと、名前はなんていうんだい?」
「初めまして、夜桜古町です」
「そうかい。
ウチの葵漆(キナ)には気品のある美しい女性になって欲しいと思って葵と漆二重に美しいという意味を込めたんだが思った以上にやんちゃで我儘な子になってしまったがこんな子でも愛してくれるかい?」
「…はい、お義父さん」
「うむ。
で、キナ。これで気は済んだかい?」
何というか拍子抜けした。
ルールや決りに煩く何かと厳しくストイックな父の事だから猛反対されるものだと思っていたのに思った以上にサラッと話がまとまって開いた口が塞がらない。
喧嘩とか言い争いとか。最悪勘当される事も織り込み済みでいつでも家を出れるよう荷物もまとめていたし、バイト先や一人暮らしの拠点探しなど進めていたのに肩透かしを食らってしまったのだ。
「あ、うん…」
「なんか納得して無さそうな顔だね」
私の考えを見透かしてか父さんは聞きなおしてくれる。
私は自分の内に出来た疑問をそのまま聞いてみる事にした。
「あのさ、父さん。
自分で聞いておいて何だけどどうして大丈夫だって言うの?」
「別に馬と恋をしたわけじゃないんだ。特別咎める事でもないと思うんだがね」
「…馬?なんで馬??」
「お父さんの住んでたところにはお白様って伝承があって、人間の少女が馬に恋をした話があるんだよ。
それに相手が人間なら別に何の問題も無いだろ」
「法律とか子供とかもっと色々難癖付けられると思ってたんだけどそこの部分はどう思の?」
「法律とかの結婚はあくまで『特典』なんだよ。
と言うか正確には国が戸籍を管理する目的の一環で「結婚制度」を作っているだけで誰が誰と一緒になろうがそれは個人の自由なのさ」
父親から聞いたことない結婚の概念を言い渡され私は彼女の方を見たが彼女も驚いた顔をしていた。
「納得いってない顔だね」
「うん。
何かこう…。結婚ってもっとロマンチックな物だと思ってたから」
「結婚に憧れを抱くのは別に良いがそんな一制度に振り回されちゃダメだ。
近親相姦は遺伝子的な理由があるから別だけどそれ以外の理由で誰が誰と一緒にいるかなんて個々人が決める問題なんだよ」
「何でお父さんそんなこと知ってるの?」
それを聞いたお父さんは昔を思い出したのか少しだけ間を置いて、ゆったりと話し始めた。
「実はキナと出会う前、一度母さんの家族から離婚しろって文句を言われたことがあったんだよ」
「え?何それ!?」
「実は父さんと母さんの間にはずっと子供が出来なくて一度病院に行ったんだ。
そしたら実は僕が子供を作れない体だって事が判明したんだよね」
「え…?」
「すみませんお義父さん。
そしたらキナちゃんとお義父さんは…」
「血が繋がってないよ。
20になったら話そうと思っていたけどキナは養子だ」
「「え!?」」
私達が驚くとお父さんは少し笑ってから言う。
「もう20年くらい前になるけど、それが分かった時叔父さんから結婚どうのこうの子供がどうの口酸っぱく言われたよ。
でもさ、家族になるって言うのは結婚して子供を作る事だけじゃないよなって思ったんだ。
誰と一緒にいるか、どう生活するかなんだってね。
とは言え僕も母さんも子供は欲しかったから母さんの友達から子供を譲り受けたんだ」
そこまで言うと話は終わりなのか父さんは遠くに置いていた本を手に取った。
私達はお父さんをリビングに残し自分の部屋へ。
お父さんへ決意表明する事で自分の恋が盤石であることを示そうとしたのに何というかお父さんのせいで更に色々考えさせられることになった。
ふわりふわりとまとまらない思考の中、古町が私の手を握ってくる。
「キナちゃん。
今日はありがとうね」
「…うん。
何かお父さんの方がバグってて私が思っていた様には行かなかったけど…」
「確かにちょっと変な感じだったけど私は嬉しかったよ。
お義父さんにも認めてもらえたみたいだしキナちゃんとこれからどうなりたいのか考えさせられたから」
「…そう?
私は知らない事実が暴露されて驚きしか無かったんだけど」
「確かにそうかもね。
これからもよろしくね、キナちゃん」
嬉しそうな小町の顔。
何はともあれ彼女を満足させられたようで良かった。