「それじゃあ行ってきます」
「いや、待った」
出かける寸前、彼がそう言って私を静止させた。
玄関にやって来た彼は私に向けて掌を差し出す。
「どうしたの?」
「手出して」
「…こう?」
「うん。
そして…」
彼が私の指を優しく折りたたみ自分の小指と絡めて指切りげんまんの形にする。
「え…。昨日の事気にしているのかい?
こんな古風な方法使わなくても大丈夫だよ」
「そう言って断るのが下手な君は泣くまでずーーーと問題を隠しっぱなしにしていたんだろう?
説得力ないよ」
「…」
言われた言葉に私は思わず返す言葉が無くなった。
繰り返されるパワハラ、押し付けられる大量の仕事。
断るのが下手な私は昨日にメンタルが逝かれて出社を拒否し彼氏を困らせたばっかりだった。
「この指切りは君自身の約束じゃなくて『僕』に誓って無茶しないでって言う約束なんだ。
もし本当にダメなら会社に行かない。絶対に無理はしないで」
無理。
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「馬鹿な事言わないでよ。
仕事しなきゃお金無くなっちゃうよ」
「君のそう言う責任感が強い所とっても素敵だと思う。
だからこそこの理由をしっかり考えて。
ゆびきりげんまん、嘘ついたら、はりせんぼん僕が飲む」
「君が飲むの!?」
驚き彼の顔を見れば彼が口角を上げ笑う。
目は笑っていない。
「もちろん。
君じゃなくて僕が飲むんだ。
指切った」
彼は指を切ると私の肩を持って反転させた。
私は家を出た。
通勤までの道を歩く。
電車に乗って、丁度一席開いていたからその場所に座ると自分の小指を見た。
社会人は会社に行くものだ。
誰に何を言われようと、天変地異が起きようと。
それが大人で大切な『守らなくちゃいけない事』
…でも。
でも彼の指切りも『守らなくちゃいけない事』だ。
…でも…でも…。
私の頭は動かなくなってしまい、降りるべき駅を素通りしていった。