浴衣。
「現代じゃ夏限定の仮装衣装扱いだが本来は室内着としての役割を持っている。
日本の様な温帯湿潤気候の下では程よい通気性があり、肌触りが良く、程よく軽い。
つまるところ着心地が良い。確かに洋服よりも機能性は低い。だがデザインの面では洋服に負けず劣らず。
着るのが面倒と言っている奴もいるが帯の締め方さえ覚えれば大したことないし洋服のズボンの様に汗で張り付いて気持ち悪いみたいなことも無い。
どう思うよ」
「…別に部屋着で何を着ようがそいつの勝手じゃないか?」
「あぁ、俺もそう思う。
だが浴衣男子って言うのの母数がいない。
俺が部屋で浴衣を着ていた所で誰も何も見向きもしないから認知度も上がらない。
どうしたら良いよ?」
心底どうでも良かった。
誰が何を着ようがそれは人の勝手だし俺には関係ない。
とは言え友達の話なので真面目に考える。
「そうだな…まずは浴衣部屋着って言うのを皆に経験してもらう事じゃないか?」
「そう言う訳で、これがおまえの分だ」
「…あぁ、俺に着ろって事ね」
言われるがままに俺は着替えた。
下着姿になり、袖を通し、前を揃え、帯を撒く。
帯を後ろで結ぶのは彼に任せたが彼の動きを見ていたら何となくできそうだった。
考えて見れば和服はいつぶりだろうか…。
小学生かそのくらいの時に佩いた袴以来だろうか。
慣れない袖下を掴んでフラフラさせるがなんか不思議だ。
「はい、コレ。
それそのまんまあげるから」
いつの間にか俺の服を折りたたんで紙袋に入れそれを俺に渡してくる。
「このまま帰れって事か?」
「あぁ。
この時期なら夏祭り後だと思われるし大丈夫だろ。
それにちょっと見てみ」
彼は部屋の隅に置かれていた大鏡を指差した。
和服の自分が写ったその姿。
帯で体を止められているせいかいつもの猫背がスラリと伸びていつもより体が大きく見える。
地味なネズミ色だが派手な色じゃないし全体的に落ち着いてる印象だ。
もちろん街中なら目立つだろうが思ったよりも変な気がしない。
それに肩回りや足回りが涼しく軽い。
「どうよ」
「…なるほど」
「浴衣はコーディネートも必要無いし一着で良いからな。
ぜひ使ってくれよ」
「分かったがこの浴衣わざわざ買ったのか?」
「いや、その浴衣は俺が飽きた奴だ。
最初の方に買ったんだけどかなり地味な色を選んじゃって後から後悔した奴だな」
「なるほど、リユーズ品による宣伝って訳ね」
そう言う事であれば使うほかあるまい。
俺は彼の目論見通りそれから何かと浴衣を使うようになっていたのだった。