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第2話「窓カーテン」

 「1」


 203X年、霊和――かつて日本でオカルトや幽霊、怪異が“実在していた”とされる不思議な時代。

 だがある日を境に、それらはまるで嘘のように消え去った。見えなくなり、語られなくなり、やがて“存在していたことさえ”曖昧になっていった。


 石山県ではかつて怪異談という独自の文化が花開いていた。今では一部の愛好家だけが、それを懐かしむように語るのみである。


 私はその一人。高校の怪談同好会に所属している。


 その晩、私たちは“彼女”を呼ぶために、怪談会を開いていた。


「――以上で、私の怪談は終わり」


 私は蝋燭の火を吹き消した。これで最後のひとつだった。


 その火を全て消すと、“彼女”が現れるという。


 彼女とは、白粉を身にまとった女子生徒。かつてこの学校で怪談を披露した直後、死亡したという。

 以後、石山県で「呪われた怪談」を語ると、彼女が現れるという噂が広まった。


 だが、何も起きなかった。


「やっぱり、怪異談じゃないとだめなのかしら」

 海部部長がぽつりと呟いた。

 私は思う。違いはない気がする。でも、時代が変わったのかもしれない。怪談が“通じない”時代になってしまったのかもしれない。


「お開きにしましょう」

 私はそう言い、道具の片付けを始めた。

 カーテンを開けると、窓の外には何もなかった。

 ――いや、あってはいけないのだ。


 だがその時、ふと、脳裏に浮かんだ。


 「でも、本当に何もいないって、誰が証明できる?」


 ⸻


 「2」


「ただいま」


 家に帰った私は、渇いた喉を潤そうと冷蔵庫を開け、スポーツドリンクを一気に飲み干した。

 1階の居間では母が掃除機をかけていた。音を嫌う三毛猫のチコは、洋間で丸くなっているはずだ。


 私は2階の自室に向かう階段の途中、**シャー……シャー……**という音を聞いた。


 カーテンを引く音だった。


 母が入ったのかと思ったが、階段を上る足音はなかった。

 ドアを開けると、部屋にはいつもの光景。アニメグッズやぬいぐるみ、声優ポスターに囲まれた、自分だけの空間。

 ただひとつ、南側の窓のカーテンが開いていた。


「……あれ?」


 私は閉じた。

 その瞬間――シャー……、また音がして、今度は東の窓のカーテンが開いた。


 私は凍りついた。誰もいないはずだった。


 あわてて近づき、ガラス窓を開けて外を見た。

 誰もいない。猫も、鳥すらいない。風も吹いていない。


 だが背後で――シャッと音がした。

 振り返ると、今閉めたばかりの南窓が、また開いていた。


 ……この部屋に、ナニカがいる。


「誰? だれなの……?」


 私は叫んだ。どこかで人であってほしいと祈りながら。

 その時、部屋の灯りがふっと消えた。停電。辺りが暗くなる。


 窓ガラスの向こうから、**ドンドン……ドン……**とノックの音。


 母? でも、なぜ外から?


 私はおそるおそるガラスに近づき、カーテンをそっと開いた。


 ――そこには、誰もいなかった。


 ⸻


 「3」


「どうしたの、理佐? 具合でも悪いの?」


「……なんでもないから」


 停電から復旧したが、私は怖くて2階へ戻れなかった。

 洋間にこもり、チコを抱いた。

 チコは、掃除機が動いていないのに唸っている。


「理佐~、ご飯よ」


 母の声。だが、直後にスマホに通知が届く。母からだ。


 《今晩、仕事遅くなるから、夕飯は済ませておいてね》


 私の心臓が止まりかけた。


「理佐、ご飯よ。早くしなさい」


 洋間の外で、母の声が繰り返された。


「……お母さんは仕事中でしょ?」


「仕事ならもう終わったからね」


 噛み合わない。

 チコは鳴きながら、洋間を飛び出していった。


 私は慌ててドアを閉め、鍵をかける。


「開けなさい、理佐!? 悪ふざけにほどがあるわよ!」


 激しくノックされる。ドアが軋む。

 ――あれは母じゃない。


 しばらくして、静かになった。

 次の瞬間、また停電。


 そして、洋間のカーテンの向こうに、人影が見えた。


 私は震えながらカーテンを開けた。


 そこにいたのは――チコの生首を持ち、にやりと笑う母の顔だった。


 私は声にならない悲鳴をあげた。

 その叫びは、家の外には届かなかった。


 ⸻


 「4」


「……という怪談でした」


 会場は静まり返っていた。


「ひゃあ~、鳥肌たったマンモス~」


 真田部長のいつもの茶化しも、今日はどこか力がない。


 私は部員の顔を見る。誰も笑っていない。みんな、あの話が本物だと感じていたのだ。


「ねえ、麻紀。大丈夫?」


「あ……うん。でも、本当に……彼女、現れるのかな」


「《楓》さん、ですよね」


 私は、ふと視線を感じて窓の方を見た。


 閉めたはずのカーテンが、少しだけ開いていた。


 窓ガラスには、うっすらと白い手の跡がついていた。


 ⸻


 窓カーテン 完

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