ーー《????の部屋》ーー
息が、詰まる。
目覚めた途端、喉が圧迫され、全身が冷たい石のように硬直していた。いわゆる金縛りというやつだ。
身体が動かない。瞼だけが、かろうじて開いた。
すると――そこに“それ”は浮かんでいた。
まるで重力を忘れたように、ふたつのふくらみが、天井の暗がりにぽわんと浮かんでいる。
見間違いじゃない。くっきり、ふわふわと、丸くて……柔らかそうな、あれだ。
そう。
おっぱいである。
それも豆粒ひとつひとつに、慈しむように配置されたみたいな、ふたつのおっぱいが……俺の真上で揺れていた。
……何度でも言う。言わなきゃやってられない。
おっぱいが、浮かんでいたのだ。
おっぱい。おっぱい。おっぱい。おっぱいおっぱいおっぱいおっぱ――
(※このあたりの呪文のような反復は割愛します)
……気づけば、そのふたつのふくらみは、何も言わずに、何も触れずに、ふっと消えた。
あとに残されたのは、胸の奥にこびりついたような奇妙な感触だけだった。
おっぱいって、あんなふうに消えるんだな……。
――そう思ったのが、俺の“最初の怪異談”だった。
ーー《怪異談同好会・部室》ーー
「……というワケで。俺の怪異談、どうだった?」
披露し終えた俺、鼻木和馬の問いかけに、部室は沈黙した。
誰も喋らない。誰も笑わない。
お通夜のような空気が流れている。まさか、みんな恐怖で震えてるのか……?
――がっ。
「アッガァァァァァァッ!!?」
次の瞬間、俺の頭を激痛が襲う。
部長のアイアンクローである。
いや、マジで頭皮から変な液体出てないかこれ!?
「だから言ったよなぁ鼻木。エロ話、ここで披露すんなって」
「ちょ、ちょっと待って部長!これはエロじゃない、真剣な怪異なんだってば、あががががが!」
――※しばらくお待ちください――
ようやく解放された俺に、ひとりの女子が近寄ってくる。
高波美衣子。俺のクラスメイトで、怪異談同好会の数少ない女子部員だ。
「……ねぇ和馬くん、大丈夫?」
「ああ……さっき、あの世の河岸の花畑が見えたぜ……」
――自己紹介が遅れたな。
俺は鼻木和馬。日々、おっぱいのことばかり考えているが、見た目はわりと普通の男子高校生である。
部長の名は夜尻真夜(よるじり まよ)。クール系女子に見えるが、アイアンクローとフェチズムで人を黙らせる怪異女王。
そして高波美衣子。いつも穏やかで、たまに変な例えをするおっとり系ホラー好き。
最後は野郎である羊洋一。執事のように振る舞う。野郎だがそこそこモテるのだがこの部活に入部したのは謎である。
この四人、他に部員のいない我らが《怪異談同好会》は、一般的なオカルト部とも少し違う。いや、だいぶ違う。
部長の方針により、「ホラーフェチズム」を追求した“怪異談”を日々研究・実演・語り合っているのだ。
俺が入部したきっかけ? エロい部活だと勘違いしてた。それだけさ。
でも、今では完全にこの“ホラーフェチ”の世界に魅了されている。変態と紙一重の世界観ってやつだ。
ただし……俺が披露する怪異談は、なぜか部長に毎回全否定される。理由は「エロいから」。
でもな、部長。これ実話だぜ?
「部長。そろそろ普通の怪異談も許容しません? “フェチズム怪異談”って、ネタも尽きますし」
「ダメだッ!! この部は100パーセント、純粋フェチズム怪異談を目指してるんだからな!」
「オレンジジュースだって、80%でも美味しいですよ?」
「それとこれとは違うッ!!」
「どうぞ、オレンジジュース80%です」
「ああ……て、さりげなく出すな!!」
議論は平行線をたどったが、ついに美衣子が妥協案を出す。
「じゃあ、来週の部活でそれぞれ“普通の怪異談”と“フェチズム怪異談”を披露して、どっちが怖いか勝負しましょう?」
「う……うむ……し、仕方ないな……」
部長が渋々うなずき、対決が決まった。
ーー《夜道》ーー
この話、続きがある。
みんなには黙っているが、俺が語る怪異談は全部“実話”だ。
……まぁ、頭の中が四六時中おっぱいで埋まってるせいで、そういう方向の幽霊やオカルトに遭遇しがちなんだけど。
その夜。コンビニからの帰り道。
誰もいないはずの道に、背筋が凍る気配を感じた。
ゾワゾワと、鳥肌が立つ。視線を感じる。
ふと振り返ると、街灯の影から、何かがこちらへ走ってくる。
――巨乳だった。
待って。まだ帰らないでくれ。最後まで聞いてほしい。
そいつはオークのような肉体、肌はピンクがかっていて、乳は大きく、そして……頭が、なかった。
人間サイズを軽く超えた巨体。だが明らかに“女”を象徴するふくらみだけが、強調されている。
そいつが、俺に向かって一直線に走ってくる!
うわあああああああああッッ!!
俺は反射的に逃げ出した。全速力で物陰に隠れ、なんとか巻いて、自宅へ――。
……そして今夜もまた、“あれ”は現れた。
……おっ……
ーー《部室・再び》ーー
「もういい、それはっ!!」
部長が話を強制終了させる。
……顔、赤いけどな。
「……でも和馬くん。私は、それなりに怖かったよ?」
おお、美衣子さん、やっぱわかってる~。
「わたくしも肩を身震いしました」
野郎のコメントはノーコメントだ。
「……まぁ、いいだろう。来週の怪異談勝負は受けて立つ」
部長がようやく俺の話を“ちょっとだけ”認めたようだった。
その後、部長が語った怪異談――
“トイレの扉を少しだけ開けて用を足していると、誰かがじわりと脚に触れてくる”
……という微妙なもので。
正直言って、怖いというよりフェチ臭がすごかった。
ちなみに、部長のフェチは「扉」らしい。そう、“ちょっとだけ開いた空間”に異常に執着しているのだ。
こうして、《怪異談同好会》の夜は静かに更けていく。
俺たちの語る奇妙で不気味な話は、今日もまた、
――どこかで、野薔薇のように、咲いていく。
巨乳ゥ 完