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過去編 野薔薇怪異談本編

第1話「巨乳ゥ」

 ーー《????の部屋》ーー



 息が、詰まる。


 目覚めた途端、喉が圧迫され、全身が冷たい石のように硬直していた。いわゆる金縛りというやつだ。


 身体が動かない。瞼だけが、かろうじて開いた。


 すると――そこに“それ”は浮かんでいた。



 まるで重力を忘れたように、ふたつのふくらみが、天井の暗がりにぽわんと浮かんでいる。


 見間違いじゃない。くっきり、ふわふわと、丸くて……柔らかそうな、あれだ。


 そう。


 おっぱいである。


 それも豆粒ひとつひとつに、慈しむように配置されたみたいな、ふたつのおっぱいが……俺の真上で揺れていた。


 ……何度でも言う。言わなきゃやってられない。



 おっぱいが、浮かんでいたのだ。


 おっぱい。おっぱい。おっぱい。おっぱいおっぱいおっぱいおっぱ――



(※このあたりの呪文のような反復は割愛します)



 ……気づけば、そのふたつのふくらみは、何も言わずに、何も触れずに、ふっと消えた。


 あとに残されたのは、胸の奥にこびりついたような奇妙な感触だけだった。


 おっぱいって、あんなふうに消えるんだな……。


 ――そう思ったのが、俺の“最初の怪異談”だった。




 ーー《怪異談同好会・部室》ーー



「……というワケで。俺の怪異談、どうだった?」



 披露し終えた俺、鼻木和馬の問いかけに、部室は沈黙した。


 誰も喋らない。誰も笑わない。


 お通夜のような空気が流れている。まさか、みんな恐怖で震えてるのか……?



 ――がっ。


「アッガァァァァァァッ!!?」



 次の瞬間、俺の頭を激痛が襲う。


 部長のアイアンクローである。


 いや、マジで頭皮から変な液体出てないかこれ!?



「だから言ったよなぁ鼻木。エロ話、ここで披露すんなって」



「ちょ、ちょっと待って部長!これはエロじゃない、真剣な怪異なんだってば、あががががが!」



 ――※しばらくお待ちください――




 ようやく解放された俺に、ひとりの女子が近寄ってくる。


 高波美衣子。俺のクラスメイトで、怪異談同好会の数少ない女子部員だ。



「……ねぇ和馬くん、大丈夫?」



「ああ……さっき、あの世の河岸の花畑が見えたぜ……」



 ――自己紹介が遅れたな。


 俺は鼻木和馬。日々、おっぱいのことばかり考えているが、見た目はわりと普通の男子高校生である。


 部長の名は夜尻真夜(よるじり まよ)。クール系女子に見えるが、アイアンクローとフェチズムで人を黙らせる怪異女王。


 そして高波美衣子。いつも穏やかで、たまに変な例えをするおっとり系ホラー好き。


 最後は野郎である羊洋一。執事のように振る舞う。野郎だがそこそこモテるのだがこの部活に入部したのは謎である。



 この四人、他に部員のいない我らが《怪異談同好会》は、一般的なオカルト部とも少し違う。いや、だいぶ違う。


 部長の方針により、「ホラーフェチズム」を追求した“怪異談”を日々研究・実演・語り合っているのだ。


 俺が入部したきっかけ? エロい部活だと勘違いしてた。それだけさ。


 でも、今では完全にこの“ホラーフェチ”の世界に魅了されている。変態と紙一重の世界観ってやつだ。



 ただし……俺が披露する怪異談は、なぜか部長に毎回全否定される。理由は「エロいから」。


 でもな、部長。これ実話だぜ?




「部長。そろそろ普通の怪異談も許容しません? “フェチズム怪異談”って、ネタも尽きますし」



「ダメだッ!! この部は100パーセント、純粋フェチズム怪異談を目指してるんだからな!」



「オレンジジュースだって、80%でも美味しいですよ?」



「それとこれとは違うッ!!」


「どうぞ、オレンジジュース80%です」


「ああ……て、さりげなく出すな!!」



 議論は平行線をたどったが、ついに美衣子が妥協案を出す。



「じゃあ、来週の部活でそれぞれ“普通の怪異談”と“フェチズム怪異談”を披露して、どっちが怖いか勝負しましょう?」



「う……うむ……し、仕方ないな……」



 部長が渋々うなずき、対決が決まった。




 ーー《夜道》ーー



 この話、続きがある。


 みんなには黙っているが、俺が語る怪異談は全部“実話”だ。


 ……まぁ、頭の中が四六時中おっぱいで埋まってるせいで、そういう方向の幽霊やオカルトに遭遇しがちなんだけど。



 その夜。コンビニからの帰り道。


 誰もいないはずの道に、背筋が凍る気配を感じた。


 ゾワゾワと、鳥肌が立つ。視線を感じる。


 ふと振り返ると、街灯の影から、何かがこちらへ走ってくる。



 ――巨乳だった。


 待って。まだ帰らないでくれ。最後まで聞いてほしい。



 そいつはオークのような肉体、肌はピンクがかっていて、乳は大きく、そして……頭が、なかった。


 人間サイズを軽く超えた巨体。だが明らかに“女”を象徴するふくらみだけが、強調されている。



 そいつが、俺に向かって一直線に走ってくる!


 うわあああああああああッッ!!



 俺は反射的に逃げ出した。全速力で物陰に隠れ、なんとか巻いて、自宅へ――。



 ……そして今夜もまた、“あれ”は現れた。


 ……おっ……




 ーー《部室・再び》ーー



「もういい、それはっ!!」



 部長が話を強制終了させる。


 ……顔、赤いけどな。



「……でも和馬くん。私は、それなりに怖かったよ?」



 おお、美衣子さん、やっぱわかってる~。


「わたくしも肩を身震いしました」


 野郎のコメントはノーコメントだ。



「……まぁ、いいだろう。来週の怪異談勝負は受けて立つ」



 部長がようやく俺の話を“ちょっとだけ”認めたようだった。


 その後、部長が語った怪異談――



 “トイレの扉を少しだけ開けて用を足していると、誰かがじわりと脚に触れてくる”



 ……という微妙なもので。


 正直言って、怖いというよりフェチ臭がすごかった。


 ちなみに、部長のフェチは「扉」らしい。そう、“ちょっとだけ開いた空間”に異常に執着しているのだ。



 こうして、《怪異談同好会》の夜は静かに更けていく。


 俺たちの語る奇妙で不気味な話は、今日もまた、



 ――どこかで、野薔薇のように、咲いていく。




 巨乳ゥ 完

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