薄れゆく意識の中で「もうどうでもいいか」と投げやりな気持ちになっていた。その時、月明かりに照らされた何者かの姿が目に入った。
「……!」
大きさは、少し大きめのネズミ……いや、なんだろう。これは、クマのぬいぐるみか? わからない。まるでヒツジのようなツノが生えている。
ドス黒いモヤを
そうだあれだ! アニメなんかでよくいる魔法少女に付きものの――
「淫獣!」
「おいおい淫獣とは失敬な! 僕の名はベルンハルト。これでも高位魔族の使い魔なんだぜ?」
「使い魔だって? すると魔法少女じゃなくて、やられ役の……」
「やれやれ、ホント失礼だな君は。いいかい? 僕は君をここから救い出すことが出来る力を持っているんだぜ——」
といいながらベルンハルトは、腕の鎖に噛みつき、そしてペロペロと執拗に舐めまわし始めた。汚ったねぇぇ。
するとどうだろう。鎖がみるみるうちに腐り、あっという間にボロボロに砕け散った。
やっと鎖から解放されたボクは手首をスリスリとさすった。少し痺れている。
「僕と命の契約をしてくれたら、君に素晴らしい力を授けようではないか」
あーこれはダメなヤツじゃない? 契約なんかしたら絶対騙されたって後悔するやつ。
「うーん、でもなあ。魔族と契約だなんて……」
そもそも命の契約って、ボクは余命半年を切っているというのに、そういうの有効なのだろうか。
「そんな事を言ってる場合じゃないだろう。こうしている今も、君の知り合いのあの聖女さんがどんな目に合ってると思ってるんだ」
「どんな目にってどんな?」
「そりゃあ、ここでは言えない『あんなこと』や『こんなこと』を……ああっ、これ以上は僕の口からはとてもとても……」
なんだかベルンハルト、目をとろんとしてウットリしている。やっぱり淫獣じゃないか。
「まさかそんな……」
「彼女、美人だったよねえ。帝国の警備兵のむさ苦しい奴らにいいように……君だって、明日どんな目に合わされるか……拷問で死んでしまうかもよ?」
「いやだぁぁぁぁ! ダメぇぇぇそんなの絶対いやだぁぁぁぁぁ」
こんな所で拷問死する訳にはいかない。そんな感情が叫び声となって溢れ出た。
ボクは「もうどうでもいい」と思いつつも、やはり死ぬ前にせめてもう一度先輩に会いたいと思っていた。
するとベルンハルトが
「魔法使いシノヤマ、君は僕との契約により、日本の正統派魔法少女シノちゃんに変身することが出来るようになった——」
そう言いながらベルンハルトは、先がピンク色のハートの形をしていて両脇に白い天使の羽のようなものが付いている、いかにもな魔法のステッキをボクに手渡した。
「ちょ、まってまって。契約するって言ってないよ?」
「いや僕との契約は魂の契約なんだ。心から現状を打破したいと願う、その『魂の叫び』が僕との契約をした証になる」
「えー」
困り顔でステッキを抱えるボク。
「さあ、思うがままに変身をするがいい。呪文などいらない。『変身するんだ』と強く願うだけでいい」
「んー、変身!」
ステッキを掲げて叫んだ。
「えー、なんだよそれ。地味だなあ」
ボクの身体は宙に浮かび上がり、辺りは眩しい光に包まれた。
身をつつんでいた汚れた魔法使いの服はビリビリに破れて飛び散り、忌まわしい鋼鉄の首輪も砕け散った。
「いやぁぁぁん」
素っ裸になったボクの身体を優しく包み込むピンク色の霧。身体を思い切り反らし腕と足をピンと伸ばした。
ピンク色の暖かい霧はボクの身体に巻きついてきた。
胸、下半身に巻き付いた霧はピンク色のアンダーウェアとなり、ピッタリと身体にフィット。
そして白を基調としたふわふわのブラウス、ピンクのスカートに白のヒラヒラのミニスカート、黄色のラインが綺麗に装飾されていく。
霧は、手袋、ニーソックス、ブーツ、と変化して次々にボクに装着されていく。仕上げに紫のマントがひるがえる!
——この間、わずかゼロコンマ五秒。
そして魔法のステッキを構え、大見得をきる。
「異世界ッ魔法少女! シノちゃん……参上!」
「わー。パチパチパチ。シノちゃん可愛いぃぃ。はい、鏡で自分を見て」
「んなっ? ホントに魔法少女になっちゃった? か、髪がピンク色にッ!? それになにこれ、ツノぉぉぉぉ? 淫獣と同じ黄色いツノォォォ! やだぁぁぁぁぁ」
まるで魔族じゃねーかぁぁぁぁ。
「魔法少女シノちゃん、さあこれで悪い奴らを懲らしめに行くんだ!」
「悪い奴らって……変身しただけでどう戦えっていうのよ」
「その魔法のステッキをかざす時、君はあらゆる物理法則をも凌駕する。異世界人の常識は通用しない」
「また、わけのわからないことを……」
「この異世界では、君の日本における魔法少女の常識は無敵だッ! さあ聖女アリシアちゃんを救出に行こう!」
「やるしかない、この格好……で?」
—— シノヤマの余命は残りあと五ヶ月
—— 第一章 完 ——