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17 聖女の過去について

 アタランテ帝国南の辺境にある港町「グレンツハーフェン」に到着し、アリシアさんの知り合いらしい町の住民「ハンス」さんに案内されて教会まで来た。


 そこは教会だったものとは判別が難しい程に破壊され、瓦礫と黒く焼けこげた木材が散乱しているだけの場所だった。


 ここに来るまでの間も破壊されて焼け跡ばかりの町を見てきたが酷い有様だ。魔族と魔物によって町の半数は殺害されたと聞いていたがここまでとは。




 教会の瓦礫をみて回っていると、アリシアさんが何か気になるものを見つけたのか、手に取って何やら考えこんでいるようだ。


「アリシアさん、それは?」

「…………」


 返事がない――

 もう一度声をかけてみよう。


「――アリシアさん」

「あっ、ごめんなさい。ちょっと色々と思い出していて」


 アリシアさんが手にしていたのは真っ黒に焼け焦げていた小さなペンダントだった。


「これは私の思い出の品……」


「アリシアさん、魔族の襲来があった日、あの時は教会には人はいませんでしたので、ここでは誰も被害にはあっていません。幸い教会の建物だけです。書物は綺麗さっぱり焼けてしまいましたけどね」


 そうハンスさんが言うと、

「それではみんな無事なのですね……」

 アリシアさんは少しほっとした顔をした。


「いや、剣聖モリクボが召喚されてくるまでの間に、およそ半数の住民が迫りくる魔族や魔物にやられてしまいました」


「そうですか……とても残念です」


「ところで、アリシアさん、なぜ髪を染めているのですか? パッと見、誰だか分かりませんでしたよ? 黒髪は勇……もがが!」

 と、言いかけていたところを、アリシアさんが手でハンスさんの口を塞いだ。


「まって! それ以上は言わないで。私から話すから。こちらの魔法使い勇者のシノヤマさんにはまだ何も話してなかったの」

「そうだったんですね。わかりました」


 ハンスは「しばらくあちらに行ってます」と、少し離れたところで腰掛けて休憩をした。




「僕も少し離れていようか?」

 そうベルンハルトが言うと、

「いいの、あなたにも聞いてほしい」と、そこに留まるように促した。


「で、アリシアさん、黒髪って……」

 ボクが少し困惑しながら質問すると、

「勇者シノヤマさん、いえ、篠山さん。実は私も、過去に王国で転移召喚をさせられた日本人なの」

 と、衝撃の事実を語りはじめた。


「な、なんだってえ?」

「前に大聖堂で話したわよね。転移召喚時に性別の反転がない転移者は特別なスキルがないって。そしてそのまま野垂れ死ぬ……と」


「そうですね。そういうケースもある、と」


「それが私だったの。三年前私が日本で中学を卒業し高校入学前のある日、本屋からの帰りに急に光に包まれ、気がついた時にはあの大聖堂で裸で倒れていた」

「やっぱり裸なんだ……」


 転移召喚って服までは転移させられないって事なのかな。


「そして最悪な事に、私は性別反転せず、特別なスキルもないただの十五歳の女の子のままで召喚されてしまった」

「それじゃ……」


「そう、もちろん勇者になれるはずもなく、最初は途方に暮れていた」

「でもアリシアさん、今は金髪で聖女をやっていますよね。それにボクに付き添って勇者を導く仕事をしている」


「それなんだけど、あの王国、事あるごとに勇者召喚をやっていてね、たびたび私のような『なりそこない勇者』が出来てしまうのよ」


「なんだか酷い話ですね。最初にアリシアさんに会ったときに、なりそこないは野垂れ死ぬって言ってたけど……」


「ええ、そうよ。ほんとに何も出来ず何も分からないまま、どれだけの元日本人が死んでしまったことか」

「一体どれほどの日本人が……」


「私の知る限りでは、転移召喚させられた日本人の数は、百人はくだらないと思います。そのうち勇者になれたのは一割程度かと。

 篠山さんと、あと森久保さんも勇者になっているとしたら、この異世界にいる勇者は十二人になります」


「残り九十人は……」


「ええ、死にました。ただ正確には八十人ですね。あとの十人は、私も含めて、転移勇者のサポートをしたり、この異世界でごく普通の市民として生活をしたりしています。

 先程のハンスさんも実は、転移召喚された元日本人で、半沢さんといいます。元銀行員だったそうです」


「そうだったんですね。でもそれならば何もわざわざ髪を染めたりしないで最初から教えてくれればいいのに」


「ご存知のとおり、この世界では黒髪は非常に目立ってしまうんです。特に帝国側の人間に目をつけられると面倒な事になります。

 それに私、金髪が好きなのでこれはこれで気に入っているんですよ」


「そういえば、最初アリシアさんは、剣聖モリクボが帝国に出現しているらしいという話をしたとき、ボクを古代魔法王国の遺跡に連れて行こうとしていましたが、あれは?」


「あれは、ほら、篠山さんが余命半年なんて言うもんだから、それこそその森久保先輩を探している場合じゃないでしょうって思ったからよ。それにね、あの古代遺跡には……」


 ドォン――


 町の中心広場の方から大きな衝撃音が響いてきた。


「どうしたんだろう?」

「ま、まさかまた魔物が? ベルンハルトさん、なにか知ってます?」


「いや、僕はあの連中とはちょっと違う種族というか、世界が違う魔族の使い魔なのでわかりませんね」

「えっ……? そうなんですか?」


「言ってなかったっけ? 僕はこの世界とは別の、どちらかというと君たちが元いた世界の日本と極々近い世界線の魔族なんだよ。魔法少女と魔族少女が戦っている世界」

「ええええ!?」


「するとあの淫魔少女の扮装はもしかして……」

「うん、あれは別の世界線の日本の魔法少女と魔族少女の要素をブレンドしてマイルドにした究極の魔法少女なんだ。

 魔族の攻撃力と、魔法少女の回復力を併せ持った最強の魔法使い、アークウィザードとでも呼ぶべきか」


「ああ、だから魔法を使うときに加減には気をつけるようなことを言っていたんだ」

「そう。君の力はあんな塔くらい一瞬で灰燼に帰すくらい何でもないパワーを持っている。いや、下手したらあの帝都くらいの都市も……」


「ええっ、怖い怖い」


 なんだか誰も彼もが秘密を持っているように思えてきた。そういう事は最初に教えてほしい。



          ―― つづく

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