港町の中央広場の方角から衝撃音が鳴り響いてきた。魔族がまた現れたのかもしれない。
これ以上、住民に被害者が出るのを見過ごせないと、聖女アリシアさんとボク、そしてベルンハルトは、中央広場へと向かうことにした。
「ハンスさん! 町のみんなを避難させて!」
そうアリシアさんが叫ぶと、ハンスさんは、
「わかった! あとは頼む」
とだけ返事をすると、まだ住民が残っている住宅街の方へ走った。
「そういうわけだから、シノヤマさん! 行きましょう!」
「はい、ボクが本気を出せばきっと魔物くらい倒せますッ!」
「えらい威勢がよくなっちゃったなあ。さすが異世界魔法少女シノちゃん!」
ベルンハルトは、相変わらず勝手なことをいう。
少年執事っぽい格好もなんだか我関せずって雰囲気も漂わせていて、より一層身勝手感が増している。
*
三人は走った。衝撃音のした中央広場に向かって。
アリシアさんは何を思うのだろう。
ボクは、もしかしたら剣聖モリクボ……森久保先輩が来るかもしれないという、その気持ちを胸にひたすら走った。
ベルンハルトはなんとも涼しい表情で、すーっと地面を滑るように走っている。地面すれすれの高さで飛行しているのでは……。
広場が見えてきた――
「よし、変身!」
走りながら、頭にイメージを浮かべる。
すると魔法のステッキから白い光のつぶと、なんともいえない清々しい柑橘系の香りただよう黄色い煙が吹き出し、ボクの身体を包みこんだ。
変身完了。この間、わずかコンマ五秒。
「ひゃああああっ!?」
今度の変身では、なんと上半身が真っ白なセーラー服のような襟の服に真っ赤な大きなスカーフ、青いマント。
そして下半身は、ピンクのレオタードぉぉぉぉ? 髪はいつものピンク。
「あれ? 帝都の塔で見た魔法少女シノちゃんと格好が違うのね」
アリシアさん、きょとんとした顔で驚きもせずにジロジロと下半身の方に視線が落ちていた。
「いやぁぁぁぁん、またツノがあるぅぅ」
根元が太く、先端に向かって湾曲した立派な魔族のあかし的な黄色いツノ!
「いやぁ、これぞ魔法少女シノちゃん! って感じだねえ。日本にいた時によく見かけたタイプの正統派魔法少女のコスチュームだよ」
少年執事のような扮装をしているベルンハルトが、淫獣クマのぬいぐるみの時のノリで訳の分からない事を言い出した。
「これは強いよ、シノちゃん! 戦闘タイプの魔法少女だ。パワーの出し方には気をつけるんだよ? こんな小さな港町なんか一瞬で吹き飛んでしまうからね」
「――また、そうやって脅かすぅ」
*
町の中央広場に到着した。そこで見たものは――
「大変だ。広場が魔物で溢れかえっている」
「逃げ遅れた住民がまだいたんだ……、私は避難誘導をするので、シノヤマさんは攻撃を……」
「分かった! アリシアさん、住民を頼みます」
悲鳴を上げながら逃げ惑う町の住民たちと、その周りをうごめくおぞましい魔物の群れだった。
一つは、まるで巨大なゴリラのように発達した上半身を持つ魔物。その肌は岩石のように硬く、鋭い爪が生えた腕を振り回しては、家屋を容赦なく破壊している。しかし、下半身は細く、まるで鳥の足のようだ。
「なんてアンバランスな魔物なんだ」
もう一つは、無数の触手を生やしたイカのような魔物だ。全身からヌルヌルとした粘液を滴らせながら、触手で住民を捕え、その生気を吸い取っている。
「あっ、あの小さいやつは……」
そして、それら知能の低そうな魔物を統率するように、広場の中央の小さな噴水のところで仁王立ちする一人の魔族の男がいた。
黒く癖っ毛の強い肩までの髪。頭部には、ひつじのような曲がりくねった黄色いツノ。背中にはコウモリのような羽がある。そして尻には細い尻尾がある。
背格好は小さく、少年執事に化けているベルンハルトと同じくらいだ。しかし、その見た目に反して、人間への強烈な憎悪と殺意がドス黒い空気を漂わせていた。
「魔族のリーダーか」
いつもニヤニヤしているベルンハルトが真面目な顔で呟いた。
その魔族に対峙するように、一人の男が立っていた。髪は背中まで伸びた黒髪の長髪で風になびいている。
「剣聖クボちゃん、ここに見参!」
上半身は裸で細マッチョといったところか。
下半身は膝上二十センチ上までの短い布を腰から巻いている。
手にはそこらに転がっていそうなただの木の枝。
たしかにこれは噂通りの剣聖かもしれない。流石に素っ裸はやめたのだろう。
「は? クボちゃん? だれ?」
剣聖モリクボじゃないの?
―― つづく