森久保先輩かもしれない「剣聖モリクボ」出現の噂話を元にアタランテ帝国南の辺境の港町グレンツハーフェンまで来た。
しかし噂の剣聖は、まったくの別人だった。
ボクと聖女アリシアは、「森久保先輩らしき黒い長髪の女性」が現れた西の古代遺跡ゴンドーラへの旅の準備を整えるため、一旦ミヨイ王国の王都へ戻ることにした。
うわさの剣聖モリクボこと「久保のり子」と、新情報を携えて追いかけてきた聖女レベッカの二人も王都へ同行する。
港町にいた「ハンス=半沢さん」は、既に町での生活基盤が出来ていて結婚もしているとの事で、ボクら元日本人グループに加わることもなくそのまま町に残るという。
「まずはクボさんの旅支度をしないと。流石に布切れ一枚は酷すぎるわね」
と、言いながらアリシアさんはカバンから服を取り出した。
「ちょっと小さいかもしれないけど、私の聖女ローブを着てもらいましょうか」
「わぁ、アリシアさんありがとう」
「ゆったりした余裕のある仕立てなので、身体の大きいクボさんでも大丈夫でしょ」
「嬉しいなあ、聖女服かぁ」
そういえばクボさんは、見た目が背の高い男子だけれど心は女子高生なんだよね。とても喜んでいる。
*
「ここから北西に進んで国境の町に行くと帝国騎士団やら警備兵やらに捕まるかもしれないから、南の海岸沿いに行きましょう」
聖女レベッカは、旅慣れた感じで南ルートを提案をしてきた。
「そうですね、少し遠回りだけど慎重に行動しましょうか」
帝国内の裏街道を通って王国に向かうには徒歩で二週間はかかるらしい。しかし、また牢獄に入れられるよりはいい。
半日ほど西に進んだところで日が暮れたが、グレンツハーフェンの隣村までなんとか辿り着けた。今日はここで宿を探そう。小さな村だが宿くらいはあるだろう。
幸いなことに村の入口近くにそこそこ立派な宿があった。
南に海が見える、少し小高い丘の上の木造の宿だ。玄関のガラス戸を開けて中に入ると右側にある受付におばちゃんがいた。
左側は少し狭いがホールになっていて食事をしている他の冒険者たちがいた。奥の方に廊下と階段が見える。おそらくあそこが客室なのだろう。
「いらっしゃい。泊まりかい? 食事かい? それとも酒かな?」
四十代くらいのおばちゃん。ニコニコと愛想がよい。
「今晩二部屋空いてます?」
「大丈夫だよ。夕食は食べるかい? すぐに準備できるよ」
「じゃあ、お願いできるかしら」
「そこのテーブルで待ってな――」
聖女レベッカは、見た目若いが旅慣れてるのか会話もスムースだ。日本にいたころ一人で旅をしたことなんかなかったボクは、こういうの苦手なんだよなあ。
*
ボクたちは、一つのテーブルに五人で座った。
「ふぅ、やっと落ち着けるわね」
アリシアさんが、おしぼりを顔にあててぷはーってやってる。日本の食堂かよって思ったが、そういえばこの旅館はどことなく日本風な気がする。
「アリシアさんってすっごい日本人っぽいけど、やっぱり元日本人なんですか?」
クボさんがアリシアさんの仕草を見て思ったらしい。おしぼりの扱いが日本だものな。
「えぇ、そうよ。私は高校入学直前にこちらに召喚されてしまったの。名前は『有栖川しおり』現在十九歳。でもここではアリシアって呼んでね」
「そういえば、みんな元日本人ってことらしいけど、聖女レベッカさんもですか?」
「わかります? 名前は『阿部玲香』よ。十八歳。私も『なりそこない勇者』なの」
「なり……そこない?」
クボさんが不思議そうな顔で首をかしげている。
アリシアさんが王国教会で行っている転移召喚の話と、召喚時に「
なりそこない勇者」になるか「正しく勇者」になるかの話をクボさんにした。
「クボさんって、日本では『久保のり子』ちゃんって名前と聞いていたけど、女の子……よね? 背の高い大男だけど」
「うん、そうだよ。日本で剣道をやってたんだ。剣道二段、十七歳高二」
「この世界に転移召喚されるとき、性別が反転する場合としない場合があって、クボさんは、女の子から男の子になってこちらにきた」
「そーなの。股間に違和感があってつらたん……」
「それが勇者の証なのよ。性別が反転。それにより異世界人にはない未知の能力を獲得するの。クボさんの場合は剣道の経験があるからなのか、剣の使い手として圧倒的な力を発揮できるようね」
続けてそのままアリシアさんは、ボクの魔法使いとして男の子から女の子になって召喚されたことをクボさんに説明してくれた。
「ええーっ! 篠山信彦くん十六歳? シノちゃん、男の子だったの? いやぁぁぁぁん。こんなにかわいいのに。ねぇねぇ! 今どんな気持ち? どんな気持ち? 女の子の身体になって自分の身体に興味湧いた?」
「うーん、最初は違和感がすごかったけど、すぐに慣れたかな。元々女子っぽい男子だったので」
「いやいやいや、そういうことじゃなくってね。おっぱいとかあそことか。もぅ、むっつりエッチなんだからぁ」
「……?」
―― つづく