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23 トゥルバドゥールのラブソング

 海岸沿いの小さな村「ナナツハマ」を後にしたボクら五人は、裏街道をひたすら歩いた。


 今回はずっと野宿だけで歩き続けたので、七日後には王都手前の村「ヨシムラ」に到着した。予定より二日程早い。


 王都まであと一日ちょっとの距離だったのだが、夕方から降り始めた雨が強くなってきたのと、ずっと歩き通しで皆が疲労ぎみなのもあり、ギルド支部の宿泊施設を利用することにした。


「ふぅ、すごい雨ね。明日には止んでくれるとよいのだけれど」

 アリシアさんは雨に濡れた聖女ローブを脱いで、そのままぐいとカバンに押し込んだ。


「今日は久しぶりにベッドで寝られますわね」

 普段あまり不満事を口にしないレベッカさんが、そう言いながらギルド支部の受付嬢に今晩泊まる部屋の確保を依頼していた。


 ボクたちは、おのおの雨に濡れた身体を拭きながら食堂のテーブルについた。


   *


 食事を取りながら明日以降の予定を考えていたところ、ホールの真ん中でギターを弾きながら何かを語っている男がいた。


「あら、珍しい。吟遊詩人トゥルバドゥールじゃない」

 アリシアさんの席からは後ろにあたるので身をそらして見ていた。


「なんですそれは?」

 そう聞くと、レベッカさんが教えてくれた。


「シノヤマさんは初めて? 旅をしながらラブソングを披露して各地を巡る、詩人よ。日本では琵琶法師って言ったら分かるかしら。いや、ちょっと古いわね。吟遊詩人ぎんゆうしじんって言うと分かりやすいかな?」


 旅の吟遊詩人によるラブソング――


 エルフと人間の王子との禁断の恋の逃避行。


 昔むかし、伝説の魔法遺跡を探索していた王族の第三王子が魔物に襲われ瀕死の重症を負って難儀していたところに、エルフの族長の娘が現れ、傷の手当と世話をした縁で恋に落ちたという物語。


「――親や仲間をすてて、エルフの娘と第三王子は北へ旅立った」


 ジャジャン――


「いやぁぁぁん、駆け落ちモノだぁぁぁぁ」


 大男の剣聖クボさま、もとい、元女子高生剣道部の久保ちゃんは、両手で自身の肩を抱きしめて、身体をくねらせながらトゥルバドゥールの話を聞いていた。


「あーん、きゅんきゅんするぅぅ」


「さすが元女子高生クボさんね。気持ちはわからなくもないわね。私だって……」

「えっ、アリシアさんあまりそういう風に見えないけど、恋する乙女?」


「失礼しちゃうわねクボさん。私だって、元……あ、高校入学前にこっちにきちゃったんだったわ」


 クボちゃんはその見た目は大男の剣聖だけれど、中身はまだ女子高生。目がうっとりしている。


 その流れで、日本の高校では憧れの先輩がいたという話をしはじめた。


「あのね、アリシアさん聞いて。剣道部の先輩がすごくかっこいいの」

「ふ、ふーん。そういえばクボさんは剣道部でしたわね」


 二人で女子トークに花を咲かせているが、ボクにも憧れの先輩がいた。それもこの異世界に来ている。


 レベッカさんの話では、どうも一部記憶喪失になっているようで自分が誰なのかが分からないらしい。


「森久保先輩……」

 ボクは先輩を思い出して少し切ない気持ちになった。胸をきゅっと押さえる。


   *


 次の日の朝、国境の町からの商人のキャラバンがギルドの食堂に顔を出していた。

 王都に向かう途中だったが激しい雨をさけて一時ギルドで様子見をしていたらしい。


 雨も止んだので出発。商人たちは商品を納品してきた帰りだったので馬車の荷台には余裕があるとのことで、便乗させてもらうことになった。助かる。


「やっと雨が上がったみたいね」

 ギルドの薄暗かったホール内に日差しが入り込んだ。


 旅支度を終えたボクらは外に出て、空を見上げた。


「んー、気持ちのいい朝! さあ、王都目指して今日もがんばりましょう! あと少しよ」

 アリシアさんも張り切っている。


「商人キャラバンのおかげで今日の夕方には王都に入れそうね」


   *


 夕方。日が暮れる直前に王都の城壁門に到着。

 商人たちにお礼をいい、足早にセンターギルドに向かった。


「アリサさん、戻ってきました」

「アリシアさん、それとシノヤマさん、おかえりなさい。えっと、後ろの方たちは……」

 大男と小柄な少年執事に目がむいたようだ。あ、レベッカさんは無言で他の受付嬢と手続きを開始していた。


「こちらは噂の剣聖クボさんです。そしてこの少年は……途中哀れな奴隷をシノヤマさんが買いまして、旅のお供をさせています」

「そうなんですねー奴隷ですかぁ。シノヤマさんもすっかり冒険者っぽくなりましたねえ」

 アリサさんが「あっそうなんだ!」みたいな軽いノリでアリシアさんの咄嗟とっさの言い訳を鵜呑みにした様子。


 ボクはアリシアさんの耳の側まで寄っていき小声で、

「アリシアさん、なんでそんな嘘を付くんです?」と呟いた。


「あのね……魔族の使い魔だなんて言えるわけないじゃないですか。そして、私とあなたが魔法少女……こ、コホン……言えるわけないじゃない」

「あっ、はい……そうですね」


「……まだ、奴隷少年を買ったほうが世間体がいい」

「ふーん、そんなもんなんですね?」



         ―― つづく

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