少し開いた重厚な金属製扉の向こう側に明かりがチラリと見えた。入ってみよう……そう誰かが呟いた。アリシアさんだ。
「ここまで探索隊の皆さんに合流しなかったのですから、きっとこの奥にいるでしょう」
「そうね、行きましょうか――」
レベッカさんが、扉に手をかけるとスウッと簡単に開いた。
「あら、見かけのわりに案外軽いのね、この扉」
皆で中に入ろうとしたその時、ベルンハルトが顎に手をあてて何やら考え事をしている様子。
「うーん」
「どうしたのベルンハルト。なにか気になることでも?」
ボクがそう聞くと彼は、うーんうーんと唸るばかりで要領を得ない。
「んもう、ベルンちゃんったら、どうしたっていうの?」
気になったのかクボちゃんも声をかけた。
「いや、それがね、どうもこの階層の雰囲気……気になるんだよなあ。なんかひっかかるんだけど、思い出せない」
「思い出せないのならどうでもいいことなんじゃないのー?」
クボちゃんなかなか真理をついてる。ボクもそう思った。
「まぁ私たちのこのパーティメンバーなら多少なにかあっても大丈夫でしょう。そうでしょ、アリシアさま?」
「そうそう、行きましょ行きましょ。ね、レベッカさま」
聖女の二人は慎重なんだか、軽いのかよくわからないな。
ボクらは中へ進んだ――
中に入り、振り返って扉の方を見ると、その上に懐かしい文字で書かれた緑色に輝くものがあった。
「非常口……EXIT」
「まって、ちょっとまって! これって?」
クボちゃんが声を張り上げた。
「どうみても日本語……なんでこんなところに」
「不可解ですね。こんなところで日本語を目にすることになるとは。この異世界に来てから初めて見たわ」
こちらに来て三年近くになる聖女の二人が、不思議そうに、だが懐かしそうでもあるその眼差しは、郷愁に満ちている。
「地下鉄の駅のホームじゃないこれ?」
「えっ、そんなバカな?」
「いや、だってあれ……」
クボちゃんが指をさした方向に皆が注目した。
薄暗くて最初は気が付かなったが、間違いない。これは地下鉄の車両だ。
「こ、これは……都営大江戸線12-000型だ。間違いない。ほら、ここに12-999って数字が。いやまて、こんな数字あったかな? 最終形?」
クボちゃん、なんだかめっちゃ詳しいぞ?
「やけに詳しいじゃないですか、クボさま。もしかしてマニアというやつでしょうか」
「いやぁん、レベッカちゃんったら。たまたま知っていただけですよう。通学に使ってていつも前の車両に乗るためにホームの端で待っててね。電車が入ってくるときに見ていたの。12-355とか。そういう数字が書いてあるの。
剣道部の先輩がそういうのに詳しくてよく話してたっけ。
たった二ヶ月ちょっと前のことなのよねえ。この電車で通学していたのは……」
そうだ。剣聖モリクボ改めクボちゃんは、二ヶ月前の転移召喚でこっちの世界に来たばかりだった。ボクもまだ一ヶ月ちょいだけれど、なんだかひどく昔の事にように感じる。
「しかしこれはどういうことなのでしょうか。みたところこの車両、そんなに古くはなさそうですよ。あまり錆もないし、せいぜい放置されて数ヶ月ってところでしょうか」
「これはもしかしたら」
レベッカさんの疑問にベルンハルトが何か思い出したようだ。
「以前、僕はこの異世界魔族の使い魔ではなく、君たちのいた日本と少しずれた世界線にある日本から来たという事は話したよね」
「ええ、そうでしたね。それが?」
「まあ、聞いてよ」
ベルンハルトは話を続けた――
世界線ってのはそれこそ無限にあって、僕が移動してこれるのは極めて近い世界線の異世界までなんだよ。
しかしここの空間を見る限りでは、どうも君たちがいた元いた日本にかなり近い世界なんじゃないかなって思って。もちろん「ミヨイ王国」や「アタランテ帝国」などの表の世界は、ほとんど関連のなさそうな遠い世界線だと思うんだけど、ここだけどうも空間がねじれてつながっているのかもしれない。
そして、割と最近に枝分かれした世界じゃないのかなとも。
その境界があの重い扉の入口かもしれない。入る前に感じた違和感の招待はこれだったのかもしれないな。
僕の想定だと、さっきのあの扉を境界にして、この内側の空間は元の日本があった世界から三ヶ月程前に分かれた世界の一部が、ここに空間転移したとみられる。
「そんなバカな?」
「そんなに可笑しな事かい? だって君たち、別世界からこの世界に転移召喚されてきたんだよ? それと同じことが空間で起きただけの話。それほど不思議ではないんじゃないかな」
「空間が転移するなんて話、聞いたことがありませんわ。ねぇアリシアさま」
「ええ、レベッカさん、聞いたことがないですわ。人ひとり転移させるだけでもたいへんな召喚術式を展開してやっと……それも頻繁に失敗して」
「ちょ! 失敗ってそんなに多いんですか?」
「いや、ほら、転移勇者にいらぬ心配をさせてもあれですし」
―― つづく