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第4話『不思議な夢』

ふと気づくと私は真っ赤な橋の上にポツンと立っていた。


 下を流れる川には何やら沢山の花が流れていく。流れていく花はまるで一番美しい時期に無惨にも切り取られたような儚さがある。


 しばらく私はその花を「綺麗だな。でも勿体ない」などと思いながら眺めていたが、どこからともなく澄んだ鈴の音が聞こえてきた。


 この鈴の音は覚えている。そう思った途端、私は本能的にその鈴の音から逃げるように橋を戻ろうとしたけれど、不思議な事にその橋はどこまでもどこまでも続いていて果てがない。


 後ろから追いかけてくるような鈴の音に私はとうとう耳を塞いでその場に蹲ると、鈴の音が私の後ろを通り過ぎて行く。


「……良かった」


 思わず呟き胸を撫で下ろしたのもつかの間、それまで頭上にあった太陽がみるみる間に沈んだかと思うと、そこに月が突然現れる。


 その月は異様な程大きく、紅い。不気味な色だ。そう思いつつ視線を上げると、橋の欄干の上に柱もないのに明かりが灯りだした。


 驚いて思わずその光景を凝視していると、今度は突然色んな場所から何かがぼんやりと浮き出してきて同じ方向に向かって歩き出していく。


 何かが、と表したのは明らかに人間ではなかったからだ。耳が生えていたり角が生えていたり、尻尾が生えていたりと様々だが、そんなのはまだ良い。何かよく分からない動物の形をした者や動物の体をした人も居る。


 中には不気味な姿をしている者もいるのに、不思議と嫌悪感はあまり無い。


 その不気味な一行はそれからも流れるように橋を渡っていくが、誰も私には気づかなかった。


 私は目の前を歩いていく異形の者達を見つめながら、ただただ夢から覚めるのを願っていた……。



 翌朝、私は汗ぐっしょりで目を覚まし、すぐに着替えて近所のお寺に駆け込み事情を説明をしてお祓いをしてもらった。


 不思議なものでちゃんとお祓いをしてもらうと気分は大分すっきりする。


 私は帰り道に買い物をしてマンションに戻ると、いつもの週末を過ごした。


「はぁ、やっぱお祓いって凄いのかも。鈴の音も聞こえなくなったし、明日からまた頑張ろっと」


 昨日はあれほどまでに聞こえていた鈴の音は今日は一度も聞こえてこなかった。それに気を良くして眠りについた私は、気がつけばまたあの橋の上に居る。


「またこの夢……」


 しかも何だか昨日よりも少し進んでいる気がする。そう思ったのは、昨日は見えなかったはずのある建物が見えたからだ。


 橋の先端は今日も見えないが、ぼんやりと遠くに朱色の建物が見える。その佇まいは某アニメ映画の湯屋のようだった。


 少しだけ好奇心に駆られてしまうが、多分あそこは行ってはいけないような気がする。そう思い直した私は、またその建物に背を向けて橋を戻り始めた。


 ところがやっぱりいつまで経っても橋は終わらず、また月がのぼり始める。


「どれだけ歩けば良いの……?」


 泣きそうになりながら流れに背いて歩くけれど、歩いても歩いてもやっぱり先は見えない。


 その時だ。突然目の前に私と同じように途方にくれている女性が目に入った。私は思わず駆け寄ろうとしたのだけれど、すんでの所で足を止める。


「な、なに!?」


 びっくりして思わず足を止めた私の目の前で、女の人の上に大きな半透明の手のような物が現れた。


 あ! と思った瞬間、女の人はその手に掴まれてそのまま真っ直ぐ私の頭上を超えてあの朱色の建物に吸い込まれていく。


「一体何なの……? ここ、どこなの!?」


 そこまで叫んで急いで口を覆うが、幸いな事に誰にも聞こえてはいなかったようだ。


 ホッと胸を撫で下ろして私は走り出した。振り返ると朱色の建物は次の獲物を狙うかのようにずっと同じ大きさで佇んでいる。つまり、私はこれだけ走っているのに一歩も進んでなどいないのだ。


 それに気付いた時、緊張していた糸がぷつりと切れた気がした。全てはあの禁足地に足を踏み入れてからだ。きっと私にもあの学生たちのような罰が下るのだろう。


 私は橋の隅っこに座り込んで抱えた両膝におでこを付けて涙を零した。


 そんな私の頭上にあの透明の手の平が現れる。私は息を飲んで目覚めようと必死になり——。



『残念、逃げられたか』



「はっ!」


 そこで目が覚めた。私は辺りを見渡して今しがた聞こえた声の主を探したが、そこは既に私の部屋だ。どうやら私は今日も目覚める事が出来たらしい。


 けれどこれでは捕まるのも時間の問題だ。あの手に捕まったら絶対にいけない。本能がそう言うが、夜になれば眠くなる。


 私と夢との戦いはそれから半月も続いた。


 出来るだけ眠ってしまわないように最近では睡眠時間を無理やり短くしていたが、そろそろ体が限界だったようだ。


 そんなある日、私はとうとう大学で倒れてしまった。倒れる間際に聞き覚えのある音がする。



 リーン……リーン……リーン……



 鈴の音が聞こえる。あの鈴の音が——。

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